第14話「盗賊、悔恨」

お互いの距離が3mも無いこの状況でリリンサが選択したのは、杖を横に薙ぐ打撃。

 見るからに魔導師であり、そもそも、非力な存在であるはずの幼女が嬉々として近接戦闘を仕掛けてくるなど、経験豊富な盗賊のボスであっても予想外過ぎる暴虐。


 ボスは、隠せているはずのナイフを死角から突き出すという必勝の策を、防御に使うしかなかった。

 そして、そんな間に合わせただけの刺突など、リリンサにとっては児戯に等しい。



「死に晒せぇ!!」

「えい!」



 ガキィィィンという、金属音。

 これはナイフが軋んだ音だ。

 ……いや、正確に表現するのならば、ボスの持つナイフのみが甲高い音を上げて軋み、表面に走った衝撃が火花を散らした音。

 それを理解できてしまったボスは、驚愕のあまり目を見開いた。



「なん!なんだこの重く硬い衝撃はッ!!」

「空気抵抗無視。最適な足場から生み出される完璧な体重移動。高レベルの害獣と戦ってきた戦闘感。これらから繰り出される私の殴打が、危険度Cランクの獣盗賊程度に劣るわけがない」


「言ってる事の全てが理解できねぇ!」

「つまり、あなたは雑魚って事!」


「くそぉ!今度は理解したくねぇ!!」



 ナイフを強く握り直しつつ身体を後退させたボスは、チラリと後方に視線を向けた。

 そこでは側近が魔法の詠唱に入っている。

 あと20秒もあれば援護射撃が来るはずだと、薄い希望に活路を見出した。


 そして、僅かな時間を稼ぐために、盗賊らしい汚い手段を躊躇なく選択したのだ。

 腰にぶら下げていたズダ袋から丸薬を取り出し、手首に巻き付けていたヤスリに擦り合わせて着火させる。

 丸薬はシュウウと鳴り、白い煙を吐き始めた。



「くらえ、煙だ……」

「なにこれ?」


「……ふぇ?」



 丸薬を地面に叩きつけようとした盗賊は、その体勢のまま硬直している。

 左手に持っていた叩きつけるべき丸薬はもう、その手の中に無い。

 そして、ギギギと軋ませながら首を動かしたボスは、あり得ない光景を見る事となった。


 ボスから5m程離れた位置にリリンサは座って、地面に視線を向けている。

 リリンサは、先ほどまで確かにボスが握っていた丸薬を地面に転がして、それを杖の先でつつきながら観察しているのだ。

 その平均的な微笑みは、まるでダンゴムシに興味を示す幼女のような純粋無垢な可愛らしいもの。


 それが、自分と戦っている敵だと気が付いた時、ボスは戦慄した。


 ま、まったく見えなかった……?

 なにが……?何をされたんだ俺は?

 俺は確か、煙玉を地面にぶつけて時間稼ぎをしようとして、それで……奪い取られた……ってのか?



 振りかぶった丸薬を真正面から接近して奪い取る。

 そんな芸当をされたなど、到底信じられるものではない。

 だが現実に、リリンサの前に丸薬が転がっているのだから、そうだと判断するしかないのだ。


 目の前にいるのは理不尽を超えた何かなのだと、ついにボスは理解した。



「あ、煙がいっぱい出てきた。……むぅ、けむったい。《ウォーターボール》」



 そして、本格的に煙を出し始めた丸薬へ水をぶっかけたリリンサは、濡れてグズグズになった丸薬を踏んで完全に消火。

 不完全燃焼の嫌な匂いが充満する中で、胸一杯に空気を吸いこんだボスは、心の底からの叫びを放つ。



「てめぇ何しやがったッッ!!」

「ん、変なの出したから観察していた。そして、煙たいから消火した!」


「奪ったってのかッ!?俺から、煙玉を……奪い取ったのかッ!?」

「うん」


「うん。で済ますんじゃねぇえええええええ!」



 ど、どうなってやがるッ!?

 相手は幼女だぞ!

 こんな年端もいかない幼女に、200kgの鉄塊を持ちあげられる俺がパワー負けして奪い取られた?

 そんな馬鹿な。ありえねぇだろ。


 第一、レベルだっ……。



 そこでボスの思考は打ち切られた。

 目に写ってしまった知られざる真実。

 リリンサと自分に絶対的なレベル差があるのだと知ってしまったからだ。


 リリンサとワルトナは『認識妨害ペンダント』という、レベル確認を無意識的に避けさせる魔道具を装備している。

 このペンダントを持つ人物と対面した場合、その効果範囲内にいる限り、自発的にレベルの確認を行おうと思わなくなるのだ。


 だが、それは絶対的なものではない。

 生物は、命の危険を感じる程の危機に直面した場合、神が定めし生存本能が無意識の内にレベルの確認を行う。

 当然ながら人間にも言えることであり、暴虐を叩き付けられた今、その目にリリンサのレベルを映してしまうのは仕方が無い事なのだ。


 ボスは、目の前の幼女がレベル52106の化物であると理解した。

 そして、その理解は遅すぎたのだ。


 リリンサは、小さい舌でペロリと唇を舐めると、「……お宝発見」と呟いた。



「流石は盗賊のボスだけの事はある。頭から靴まで魔道具だらけ」

「な……。そんな遠くから見ただけで分かるのか……?」


「分かる。第九識天使は伊達にランク7の魔法じゃない。そういう特殊効果もある」

「ら、ランク……なな?」



 サラッと言われた、『ランク7の魔法』という強い言葉パワーワード

 その意味を理解し精神的に殴られたボスは、よろめきながら後ずさる。


 ランク7の魔法。

 大魔導師と呼ばれる人物が5人がかりで唱えるとされる、恐ろしすぎる魔法。

 そんなものを前にして、どう立ち向かえばいいというのか。


 ボスは、その答えが分からなかった。

 だが、盗賊として生き抜いてきた戦闘センスが、もうすぐ20秒が経過する勝機が来ると叫ぶ。

 それに望みを託したボスは、リリンサの注意を惹きつけるために怯える体を前に出した。



「うおらぁぁぁぁぁ!」

「《……加熱する炎、加速する朱の珠、弾ける未来は永劫に語り継がれる逸話となる。さすれば解き放たれん、歴史を刻む。発動せよ、獄炎ーー》」



 無策の突撃こそ、勝利への一手。

 盗賊のボスは走りだし、それに呼応するように側近の詠唱が続く。

 そして、リリンサは瞳を奥へ向けた。



「……ん。後ろでチョロチョロされるとウザったい。《獄炎殺バーニングデス!》」

「え。」

「え。」



 チカッ。っと炎が弾け、側近が爆発した。

 か細い線を辿る様な一縷の希望が絶たれてしまったボスは、爆風に飲まれ空中へ巻き上がって行く側近を眺め、妙な感覚に襲われている。


 ふはは!っと軽快に笑い出し、ガクガクと震える膝で踊る。

 そして、我武者羅にナイフを振り回しながら、「たーまやー」と平均的な表情で掛け声を掛けている幼女へ特攻を繰り出したのだ。


 体重130kgもある筋肉の塊が刃物を振り回すなど、正気の沙汰ではない。

 自尊心や常識など、色々なものが壊れてしまったが故の狂気の特攻。

 その刃が果実のように柔らかいリリンサの肌に触れでもすれば、一生残る傷を付けるだろう。


 だがそれは、当たればの話だ。



「死ねしねシネしねしね死ねシネ死ね死ね!」

「んー。ヘアバンドは視覚強化。ネックレスは毒無効?リストバンドは……着火の魔法陣が書いてあるっぽい」


「死ね死ね死ねシネ死ねしえすえしにぇ死ね死ねぇえええ!!」

「鎧は耐衝撃。ナイフは切れ味向上。靴は防臭?ん、大体価値は分かった。だからそろそろ……追い剥ぐ」



 上段斬り、突き出し、刺突、掻き斬り。

 両手で巧みにナイフを持ちかえ、さらに正刃と逆刃を織り交ぜての連撃。

 その軌跡の一つ一つが、ボスの人生の中で最高峰の一振りだ。

 35年という長き経験から繰り出されるそのナイフが奪った命は、実に38名にも上る。


 だかしかし、当たらなければ意味が無いのだ。


 リリンサはボスが繰り出すナイフを完全に見切り、余裕を持って回避していく。

 これは当たり前の事だ。

 なにせ、第九識天使を纏っているリリンサの瞳には、盗賊が何を見てどこを狙っているのかが映っている。


 攻撃が来る場所があらかじめ分かっており、バッファが多量に掛っているリリンサにとって、攻撃を回避する事など大前提。

 だからこそ、ボスの装備品の値段を考察して「売ったお金で、何を食べようかな?」と考えているほど、余裕が余りまくっているのだ。


 そして値段を考察するのに飽きたリリンサは、ちょっとだけ本気を出した。

 ボソリと小声で、殺傷能力の低いランク1の魔法30発分を省略して詠唱する。



「《三十重奏魔法連(トリゲテットマジック)・ウインドボール 》」

「死ね死ね死ね死ねしにぇしていて痛い痛い痛い痛いッ!!」



 ボグボグボグボグゥ!っと連続して響く、鈍い音。

 これは、リリンサの杖から放たれた凝縮された空気が炸裂する音だ。


 振り回される狂刃の隙間を縫うようにして、リリンサは杖を差し込む。

 まずは目障りなナイフを剥ぎ取ろう。そう思い、堅く握りしめられている拳に向かって空気弾を真正面から叩き付けた。


 人体の構造上、拳骨の間を強く押し込まれると、僅かに筋肉が弛緩する。

 それを知っているリリンサは精密射撃のようにボスの指の間に狙いを定めてウインドボールを打ち出し、それは思惑通りの結果を産んだ。


 ほんのわずかな隙間、1mmにも満たない亀裂が拳に出来れば十分なのだ。

 空気の通り道を作成し、その中を通り過ぎてゆく凝縮していた空気を膨張させれば、あとはもう先ほどと同じ結果となる。


 無理やりこじ開けた手からナイフがこぼれ落ち、それを魔法で弾き飛ばして遠くの地面に突き刺す。

 そんな曲芸じみた技は、幾度となく繰り返された。



「えいえいえいえいえいえいっ!」

「うぐ!うぐ!うぐ!うぐ!うぐ!うぐぅぅぅ!!」



 ナイフの次は、リストバンド。


 リストバンドの次は、皮鎧。

 皮鎧の次は、ネックレス。

 ネックレスの次は、胴当て。

 胴当ての次は、ポシェット。

 ポシェットの次は、靴。

 靴の次は、網シャツ。

 網シャツの次はヘアバンド。


 それら盗賊の装備品が、華麗に空中へ舞っていく。

 破損させて価値が下がってしまわないように、細心の注意を払いながらの追い剥ぎは、容赦なくボスを丸裸にする無慈悲なる行為。


 その後、ズボン、靴下、指輪、イヤリングなどの小物もしっかりと剥かれたボスは、ついに、最後の砦パンツを残すまでに追い詰められた。

 身体は満身創痍。

 ボロボロの体に裂傷などが出来ているのは、装備品が剥ぎ取られて行く度に炸裂する爆風で痛めつけられているからだ。

 だが、真の意味で傷ついているのは……心。


 ボスは、うら若き乙女を数え切れない程に剥いて汚して来た。

 それの意趣返しとばかりに、人生の最期に幼女に剥かれる。


 屈辱を超えし絶望。

 抗えぬ暴力を振るわれるとは、こんなにも……、こんなにも恐ろしい事だったのか……。



「ご、ごめんじゃじゃい……」

「ん?何か言った?えい。」



 ついにボスは力尽きて地面に倒れ伏し、意識が遠のいてゆく。

 たまたま頭がリリンサの方を向いたのは、幸か不幸か。

 虚ろな目を幼女に向けたボスは、これ以上ないと思った絶望に発展の余地がある事を知ってしまった。



「あー。リリンに先を越されちゃったかー。で、どうだい?ボスは良いもん持ってた?」

「魔道具の所持数はそれなりだった。でも、どれもショボイと思う!」



 ふ、二人目の幼女バケモノだと……。

 そんな、馬鹿な……。


 タイミングを見ていたかのように、しれっと現れた二人目の幼女。

 そのレベルは、リリンサよりさらに高い59096。


 ボスは、暗転する意識の中で己の人生を深く悔い改め、次の人生があるのなら、ボランティア活動をしようと心に決めた。

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