第13話「盗賊、激震」


 噴煙が晴れ、視界が正常に戻ってゆく。

 そして、警戒を発している盗賊のボスと側近が目にしたのは、異常すぎる者だった。


 目の前に立っているのは、歳が10をようやく超えた程度であろう小さな幼女。

 盗賊のアジトの最深部には絶対に居てはならない存在が、煙にむせて「けほけほ!」と可愛らしい咳をしながら、上目遣いでニヤリと微笑んでいる。



「……ん。あなた達のどっちかがボス?」

「……俺がボスだが?」


「確認するべき事がある。素直に答えて欲しい!」



 可愛らしい顔で、綺麗な瞳を真っ直ぐに向けた、無邪気な問いかけ。

 そんな盗賊とは無縁すぎる天使の微笑みを受けて、棒立ちで硬直している二人の男は一気に思考を動かし始めた。



 こ、こんな所に幼女だと……?

 俺達が待っていたのは、むさくるしい剣士のはずだった。

 だが、出てきたのは幼女。おう、何度見ても幼女だ。


 ……何がどうなって幼女?

 百歩譲って、盗賊の討伐パーティーの中に幼女がいるのは良いとしよう。何か理由があったってことだ。


 で、なんでよりにも寄って、幼女が突撃兵でドアを爆裂?

 意味が分からん。捨て駒って事なのか?こんな可愛い顔してるのに?

 というか、ドアをぶち破って俺達を足止め出来たんだから、もう仕事は十分にしただろ?


 逃げろよ、幼女。

 ……俺に質問なんかしてないで逃げろよ。

 んで、出て来いよ、屈強な剣士。

 ……幼女が頑張ったんだぞ?さっさと出て来いよ。


 いるはずだろ?俺の感ではいるはずなんだ。

 どっかで隠れて見てるんだろ?


 俺が幼女に手をかける前に、さっさと出て来い。



 ななな!?何で幼女!?

 おかしいでしょう!!さっきの爆発は、ランク3の魔法以上なのは確実なのです!

 なにせ、ドアには防御の魔法陣を彫り込んでいる。

 それがたったの一撃?私のフレイムアローを5発も防ぐドアを一撃?

 それをするにはランク3の魔法、いえ、ランク4の魔法でなければ不可能です!!ありえません!


 いや、待って下さい。そもそも、どうやってここに辿り着いたんですか?

 うちの構成員は、ほぼ近接戦闘職です。

 それなりに強かったりもします。

 が、それらが魔導師と戦って、悲鳴を一度しか上げないなんて、おかし過ぎるのです。


 一度しか悲鳴を上げない。それはつまり、回避できないスピードで魔法が着弾し、断末魔の叫びを上げたという事。

 こんな少女が、そんな熟練の技を使う?

 ありえません……ありえません……ありえませんぞ……。



 渦巻く思考に捕らわれた二人は、リリンサの問いかけに返事をする事が出来なかった。

 そして、機嫌の良くないリリンサの我慢は10秒が限界だ。



「聞きたいことがある!答えて!!……でないとブチ転がす!!」

「お、おう……。なにが聞きたいんだ?」



 ハッキリと声に怒気を含ませた、可愛らしい脅迫。

 それはまるで、親戚のおじさんに悪戯されて怒る少女そのものだ。


 ただ、この少女リリンサは、親戚のおじさんを纏めて100人吹き飛ばせる暴力魔法を持っている。

 そんな理不尽が大きく口を開けて威嚇していると知らない二人は、盗賊らしい下品な笑いを作った。



「なんだいお嬢ちゃん?何でも聞いてくれ」

「えぇ、そうです。レディーには優しくしないとですからねぇー」



 二人はそれぞれの武器をゆっくりと構え直し、リリンサが察知しづらい場所へと移動。

 隠れているであろう敵の主力が現れた瞬間にリリンサを人質とし、勝敗を決するつもりでいるのだ。


 そして、万全の状態となった3人・・は、それぞれの目標を見据えて動き出す。

 最初に口火を切ったのはリリンサだ。



「外にいた盗賊が、「ここには新鮮な牛乳がある」と言っていた!どこにある!!」

「「……は?」」


「だから牛乳!!『取れたて新鮮、産地直送の俺達のミルク』はどこにある!?たるで出して欲しい!!」

「「……はぁぁ?」」



 ふんす!と鼻を鳴らすリリンサを見下ろしながら、ボスと側近は考えた。

 子供のような無知と無邪気が欠片も残っていない盗賊らしい下世話な思考で、ひっそりと密談をする。



 ……産地直送の俺達のミルク?

 あるけども、樽は無理だろ。樽は。


 ……えぇ、樽は無理でしょう。樽は。

 というか、問題はそこにないと思いますが?


 だろうな。これは可愛い幼女が求めて来てるという千載一遇のチャンスだが、問題は、俺のナニがすぐにバテちまう事だ。


 死ねよロリコン。……おっと失礼。口が悪かったので言い直します。……くたばりなさい、ロリコン野郎!




「嬢ちゃんよ、そのミルクは貴重品でなぁ、樽じゃないんだ」

「……残り少ない?」


「あぁ、少ないぞ。コップ一杯分も出ないしな」

「……それじゃ無いのと同じ。ワルトナが「良いかいリリン。盗賊のミルクは管理状態が悪いから直ぐ腐る。というか、どうしようもないくらい腐ってて汚いから触っちゃダメだ。病気になるよ」って言ってたし」


「言いたい放題じゃねぇか……」

「残り少ないなら絶対腐ってる。だからいらない!!」



 ワルトナに「牛乳は諦めろ」と散々言われたリリンサだったが、一応の確認として盗賊のボスに聞いた。

 この間、牧場で飲んだ搾りたて牛乳の濃厚な甘味が忘れられないのだ。


 そして、ワルトナの言う通りの返答を貰って不機嫌になったリリンサは、お楽しみが無いのならと、さっさと面倒事を片付ける事にした。

 持っていた杖を構えて、鋭い視線で男たちを見上げる。

 その圧倒的覇気を受け、二人は本能で理解した。


 これは命を掛ける必要がある――と。



「側近!!バッファを掛けろ!!」

「もう準備は出来ています!《戦うものよ、地を踏む者よ、血を噛む者よ、真なる跳躍を見せてみろっ!……地翔足ラピッドステップ!!》」


「来たぜ!体が軽くなる!」

「えぇ、この魔法の効果はすごいの――」

「ん、私も使おう。《地翔足ラピッドステップ》」


「「ふえ?」」



 ボスは屈強な肉体の持ち主だ。

 例え、得意武器が威力の小さいナイフだとしても、それを補って余りある筋肉が全ての弱点を克服させる。

 その厚い肉体にバッファが加われば、常勝無敗の噂となるのだ。


 だが、それを可能としてきた『地翔足』を、盗賊達の自信を嘲笑うかのようにリリンサは使用した。

 それも、詠唱を破棄するという熟練者の方法で。


 目の前で起こった不条理を理解した側近は、髪と心を振り乱して叫ぶ。



「ぬぅぅぅぅうわぁんでですかっ!?なんで、地翔足を、使ったッ!!」

「使いたかったから。同じ魔法を使った方が効果的にへし折れる・・・・・・・・・


「使いたかったから!?こ、子供じみた言い訳をして!」

「実際に子供だし。12歳」


「じゅゅゅゅにぃいい!?私はこの魔法の詠唱をここまで短くするのに10年かかりましたっ!!では、あなたは2歳から地翔足を使ってきたというのですかッ!」

「そんな訳ない。というか、10年もかけて詠唱破棄が出来ないとか、才能ないと思う」

「おい側近、才能ないって言われてるぞ?」


「くそおおおお!!こうなったら、こうなったらぁあああ!!《地を跳ぶ時代は疾駆と共に去った。瞬馬のいななきと聞き間違う俺の鼓動よ脈動せよ!いくっぞぉぉ!……空走足エアロステップ!》」



 平均的な普通の表情の幼女に「才能ない」と言われる。

 それは、屈強な心を持つ盗賊でさえも耐えられない一撃だ。


 そんな無慈悲な暴言は、結果的に側近の限界を超えさせる事に成功。

 密かに練習していた魔法の発動に成功し、その効果を受けたボスの筋肉が目に見て分かる程に肥大化してゆく。

 弾けんばかりに膨らんだ上半身を唸らせ、ボスは一歩、体を前に出した。


 どんな人間をも圧倒する、示威行為。

 身長が2mを超える大男に見降ろされれば、普通の幼女など恐怖のあまりに委縮してしまうだろう。

 もっとも、今回のケースの場合、委縮したのはボスの方だった。



「こいつはすげぇ。力がみなぎっ――」

「ふーん。《空走足エアロステップ》。……で、つぎは?」


「「ふぇえ!?」」

「次のバッファを待っている。早くして欲しい」


「……。どこまでも!どこまでも馬鹿にしてぇえええ!!《力を寄越せ!!純粋なる力だ、力さえあればいい!!……伝道する力マキシムストレンジ!》」

「ん。《伝道する力マキシムストレンジ》。はい、次」


「んなっ!《幸運に愛されし我が体を守るは、見えざる鉄盾!……空盾エアロシール》」

「ん。《空盾エアロシール》っと。で、次は?」


「な、な……」

「次。ないの?」


「「なんなんだよ、お前はぁぁぁよぉぉぉ!?!?」」



 側近は攻撃魔法が得意だ。

 とはいえ、バッファの魔法が不得意という訳ではない。


 戦場を渡り歩く傭兵稼業をする場合、バッファの魔法は必須だ。

 後方から支援する魔導師であっても、戦場にいる以上、絶対安全などという事はない。


 むしろ、接近されると無力な魔導師は、身体能力の低さを誤魔化す為にバッファの魔法を進んで覚えようとする。

 だが、実践で使用できる程に呪文を短くできる事は稀であり、才能あっての事だ。

 防御魔法を含めて4種類も唱えられる側近は、間違いなく優秀な魔導師であり、ベテランと言って差し支えない。


 それは、側近のレベル『20135』が証明している。

 目の前でニヤリと微笑んでいる理不尽と比べる方がおかしいのだ。



「レベル2万超え。ランク持ちなら油断はしない。嘘をついたから慈悲もあげない」

「側近。戦闘を始めるぞ。フォーメーションCで、速攻で殺す」

「分かりました」



 既に闘気を高ぶらせているボスは、すぐにでも戦いを始められるようにナイフを構えている。

 これはリリンサが如何に理不尽な事をしているのかを理解していないからであり、愚策。


 それでも、側近が最も能力を発揮できるポジションへ移動する時間を稼ぐために、目の前のリリンサへ語り掛けた。



「バッファの魔法が一つあれば、能力は2倍になる。そんな言葉を知っているか?」

「知ってる。バッファを使うのと使わないのでは、2倍くらい差があるという事」


「そうだ。身体能力はバッファ魔法1回でになるんだ。だがよ、俺と嬢ちゃんでは、倍する前の力が違いすぎる。同じ魔法を使ったんじゃ差は埋まらねぇぞ」

「ちょこちょこ間違ってるけど、まぁ、言いたい事は分かる。だからこうする。《多層魔法連たそうまほうれん瞬界加速スピーディー飛行脚フライトステップ第九識天使ケルヴィム》」


「…………えぇ?」

「これで私が使ったバッファは合計6回。あなたの理論では、最初と比べて6倍になったという事!」


「な、なんじゃそりゃああああ!?」



 バッファの魔法の仕組みは、大きく分けて2種類に分けられる。


 ひとつ目は、人間が無意識のうちに抑えている潜在能力を解き放ち、一時的に能力を向上させる方法。

 もともと人間の体は常に3割程度の力で生活しており、魔法を使用する事で、最大3倍の力を出す事が出来るようになるのだ。


 だから、ボスが言った『バッファ一つで2倍』というのは、間違っている情報だった。

 複数の魔法を併用しても、無尽蔵に身体能力が倍加していく事はない。

 ただ、3種類以上バッファを使える人物が少ないために、間違った知識として広まっているのである。


 そして、もう一つのバッファは、神が定めし真理に従い、身体に特殊効果を付与するというものだ。

 こちらは、神の真理を肉体に適応させ、魔法による常識外の力を発揮させる方法。

 リリンサが後から使用したバッファはこれに当たり、今は3つの特殊効果が掛っているということになる。


『瞬界加速』……ランク4の魔法であり、移動時における空気抵抗を無効化するという特殊効果を持つ。

 これにより人知を超えた加速をする事ができるようになり、音速を超える事も可能とする。


『飛行脚』………こちらもランク4の魔法であり、空気中に見えない足場を作ることができる。

 瞬界加速と併用する事で、ランクの高いバッファに匹敵する能力を発揮する。


『第九識天使』……この魔法はランク7であり、対象者の見ている光景をリリンサにも見えるようにする魔法だ。

 つまり、ボスと側近の目線をリリンサは常に把握できるようになっている。

 これにより、不意打ちを完全に無効化出来るのだ。



 リリンサお気に入りの、連続バッファ魔法。

 この3つを使用したリリンサに対応できる者など、ひと握りの最高位冒険者とランク8以上の危険生物化け物だけだ。


 そして、蹂躙が始まった。



「まずは、ボスの方からブチ転がす!」



 ボスの突き出したナイフと、リリンサの星丈―ルナが交差した。

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