第12話「少女、追撃」


「そういえば、盗賊をあのままにして良かったんですの?また盗賊に戻ったら大変ですわよ」



 盗賊を放置してしばらく歩いた後、ローズハーヴは思い出したようにワルトナへ訪ねた。


 それは、ある意味で当たり前の疑問だ。

 いくら気絶していると言えど、盗賊を拘束もせずにその場に放置するなど、一般人のローズハーヴには考えられない暴挙。


 だが、ワルトナはニヤリと笑うと、問題ないと声を返す。



「あんだけ痛めつけたんだし大丈夫だと思うよ」

「ですが見た感じ、みんな軽傷でしたわよ?」


「遠目で見たんじゃ分から無いだろうけど、リリンが放ったのは生身の人間が受けたら『ウェルダンこんがり』になるくらいの魔法だよ。で、僕は上空500mからの空中ダイビングをプレゼントをした」

「……牛か鳥かの違いですわね」


「ということで、奴らは全員、瀕死の重傷を負っているよ……心に」

「へー。あの暴行にはちゃんと意味がありましたのねー」


「そうそう。あんだけやっときゃ、もう二度と盗賊なんてしたいと思わないさ。あぁ、僕は聖女を目指していてね、人道から外れた間違いを正すのも仕事の内だよ!」

「……ところで、聖女は追い剥ぎをしないと思いますが?」


「この世は所詮、弱肉強食さ。あ、僕は聖女見習いだけど、お肉は普通に食べるよ」

「お肉は美味しい!進んで食べたい!!」

「……この子たち、完全に肉食ですわ!」




 **********



「……アレがそうですの?」

「うん、間違いなく盗賊のアジトだねぇ」



 ワルトナに指差された場所を岩陰から覗き見て、ローズハーヴは頷いた。


 視線が捉えた先には、巨大な二枚岩に挟まれて出来た洞窟がある。

 入り口の大きさは縦横共に3mもあり、十分に人が通行できる大きさだ。



「何でアジトだと分かりますの?確かに人が入れる大きさではありますが……」

「入口の地面、色が変わっているだろう?」


「そう言えば少し、色が黒いような気がしますわ」

「土が新しいのさ。人が出入りする場所は自然と地面が削れて色が変わる。特に盗賊のアジトの入口では素人目に見ても分かるくらいになる事が多い」


「なんでですの?」

「逆に聞くけど、キミが盗賊に連れて来られた場合、どうする?」


「そうですわね、アジトに入る前に最後の抵抗を……って、なるほど」

「そうそう。連れ込まれた人が暴れるから土が削れる訳だね。ふむ、だいぶ減ってるし、これは相当やってるねぇ。ちょっと強めのお仕置きが必要かなー」



 強めのお仕置きと聞いて、ローズハーヴは震え上がった。


 ワルトナの言っていることは単純なことだ。

 要は、さっきの盗賊のよりも強いお仕置き酷い蹂躙をすると言っているのである。

 あれ以上とはどんなですの!?とローズハーヴは困惑しながらも、良く考えてみれば、自分を汚そうとした存在に掛ける慈悲などないと思い直して微笑む。



「確かに、お仕置きは必要ですわね!」

「さて、どうしようかねぇ。中に人質がいるかもしれないから、大規模殲滅魔法は使えないし……」


「だ、大規模殲滅魔法……?い、今のはきっと、聞き間違いですわ……」

「うーん。いっそのこと、毒煙でも流し込んでみる?」


「ど、毒煙……?子供の発想とは思えないですわ……」

「煙はダメだと思う!」



 ローズハーヴが毒煙攻めの妄想を膨らませていると、今まで大人しく話を聞いていたリリンサがダメだと言いだした。

 普段はあまり否定的な事を言わないリリンサのダメ出しに、ワルトナは首をかしげながら振り向く。



「キミが否定とは珍しいね。何がダメなんだい?」

「さっきの盗賊が、産地直送のおいしい牛乳があるって言ってた。だけど、煙を使うと飲めなくなってしまう!」


「……。」

「取れたての牛乳は美味しい。ぜひ飲んでみたい!」



 リリンサが言っているのは、盗賊がローズハーヴを追い詰める為にしていた嫌がらせの内容の事だ。

 一定レベルの性知識があれば意味が違って聞こえる内容も、穢れをしらぬ少女が聞いたのでは、そのまんまの意味となる。


 リリンサは盗賊が言った『取れたて新鮮、産地直送の俺達のミルク』を素直に牛乳だと思っている。

 最近になって、牛乳にもいろんな味があると覚えたリリンサは、このミルクに興味を持っているのだ。


 そして、ミルクの正体を知っているワルトナとローズハーヴは、やるせなさそうに首を振った。



「ワルトナ。お宝も大事だけど、牛乳も大事!新鮮な牛乳は甘味が違うと思う!!」

「……リリン、盗賊が言ってたそのミルクは、僕らみたいな子供は飲んじゃいけない奴なんだ」


「そうなの?」

「そうなの。あんなもん飲んだら、お腹が痛くなってしまうよ。……10ヶ月後くらいに」


「むぅ。良く分からない。……あ、私達が飲んではダメって、もしかしてお酒なの?」

「……。ふっ、お酒か。言われてみればそうかもしれないねぇ。まぁ、発酵してるんじゃなくて、腐ってるんだけど」



 **********



「ボス、副頭さん達、帰って来ませんね」

「何してるんだろうな?」


「……ナニしてるんじゃないですかね?」

「外でか?もしそうなら、俺はアイツらの勇気を褒めてやるぜ」


「ボスに差し出す前に味見とか、だいぶ勇気がありますもんね」

「いやいや、俺が言いたいのはそういう事じゃねぇ。……外にはな、虫がいるだろ?」


「いますね」

「そうだろ。で、中には毒虫と言って恐ろしい奴がいてだな。それにアレを噛まれたらどうなると思う?」


「……う。」

「身体のデカイ俺のが、なんであんなにも細くて短いのか。それはな……若気の至りって奴だよ」



 それなりに広い洞窟の一室。

 和やかに雑談しているのは、盗賊のボスとその側近だ。

 前衛職でありナイフの扱いが得意なボスと、遠距離系の魔法が得意な側近は、こうして一緒にいる事が多い。


 その理由は単純に、性格の相性が良いからだ。

 この二人は生涯を共に過ごして来た……という訳ではない。

 ただ、たまたま街で意気投合し、流れで話が盛り上がり、偶然にお互いが悪事を重ねている悪人だと気が付いただけ。


 それから先は早かった。

 瞬く間にゴロツキ共を掻き集めたボスは、盗賊団を結成。

 もともと傭兵稼業の経験がある二人は、その戦闘センスを武器に、無敗の盗賊として名声を高めていく。


『あの山には、金銀財宝を溜めこんだ盗賊が潜んでいる。だからこそ、絶対に近づくな。金銀財宝の数は流れた命の数と同じなんだからな』


 街で囁かれている噂は決して『盗賊がお宝を持っているから、狙い目ですよ』というものではない。

 むしろその逆で、注意喚起を目的としたものだ。


 ではなぜ、盗賊という略奪してもいいと許可されている存在が、居場所がバレているのにも関わらず、未だにこの場所にいるのか。

 その理由も居たってシンプルなものだ。


 盗賊討伐に出た全ての冒険者は、全員、暗い谷底へ旅立っている。

 全ての装備品を奪われた後で殺され、場合によっては、しばらく生かされた後で殺され、谷底へ捨てられたのだ。


 悪人は、それを押し通す力があるからこそ、悪人として生きていられるのだ。



「ん?帰ってきたのか?妙に騒がしいが」



 盗賊のボスは遠くの騒音を聞きとり、側近に尋ねた。

 だが、口にした言葉と心の中で下した判断は違う。


 ボスがあえて、任務に出ている副頭の帰還じゃないのか?と尋ねたのには理由がある。

 聞こえてくる騒音が妙なのだ。


 確実に何らかの異常事態が起こっているが、剣がぶつかる等の戦闘音がまったく聞こえない。

 悲鳴にも聞こえる不気味な音が、繰り返し響いているだけだ。



「いえ。ちらほら『襲撃だ!』とか、『逃げろっ!』とか聞こえますので襲撃されてますね。あ、地響きも聞こえましたね。結構大きい音でしたし、魔導師がいるのも確定です」

「そうか。それにしても、逃げろなんて言いやがったアホは誰だ?」


「コモノーですね」

「アイツは『捨て駒リスト』の一番下に設定だな。臆病は感染する。そういう奴は俺の部下にはいらねぇ……。行くか」



 そう言いながら、盗賊のボスは椅子から立ち上がった。

 その身長は優に2mを超えた、2m8cmもある。


 見上げる程の大男とはまさにこの事であり、純粋に戦闘力の高さに直結している。

 身長が高い場合、当然、腕は長く脚も長い。

 それは、体の中に運動エネルギーを多く蓄えられるという事であり、一撃の重さがまるで違うという結果になるのだ。


 浅黒く日焼けした剛腕に血管を浮かび上がらせながら、ボスはゆっくりと歩き出す。



「音を聞く限り、かなり強いみたいだな」

「でしょうね。悲鳴の数があまりにも少ない。つまり、一撃で仕留められているという事です」



 その横には、身長180cm程の細身の男が続いた。


 手に持っているのはクリスタルが付いた杖であり、丈の長いローブを着込んでいる。

 そんなあからさまな見た目の通り、この側近は魔法を扱う魔導師だ。


 盗賊のボスが優れた肉体を持つのに対し、この男は優れた魔法の才を持ち、ボスと対等に渡り合える。

 そもそも、世間の常識では魔導師であるというだけで、一般人10人分の戦力に相当する。

 それが熟練の魔導師ともなれば、一般人30人と同時に戦っても、優勢となるのだ。



「側近、どんな奴が来ると思う?」

「あなたと同じような大男でしょうね。うちの下っ端は、それなりに戦闘力が高いんですよ。それが一撃でやられたとなると、攻撃力の高さが必要になって来ます」


「いやいや、凄腕の剣士5人って所だと思うぜ。戦闘音が静かすぎるからな」



 ボスの鋭い視線が入口のドアを見据え、取っ手に指を掛ける。

 だが、妙な胸騒ぎがして、取っ手を掴まずに後ずさった。



「「むっ!」」



 そして、二人は後方に飛びのいて、ドアから距離を取ったのだ。

 盗賊達は、ミシリ……。とドアが僅かに軋んだ瞬間、未来を察知した。

 だからこそ、爆裂し飛来した扉の破片をもろともせず、詰問の声を上げることができたのだ。



「おい、随分な挨拶じゃねえか。誰だ?出てこい」



 モウモウと沸き立つ土煙に阻まれた盗賊達には、そこにいる人物の姿が視認できなかった。

 それでも気配を感じ取れば、何者かが立っているのは明確だ。


 ボスは油断なく腰からナイフを引き抜き、構える。

 その横では側近も同様に杖を構えた。


 やがて、煙は晴れ――。



「あ、ボスっぽいの発見。索敵勝負は私の勝ち。けほ!」

「………………………………………………。幼女だと?」



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