第11話「追い剥ぎの理由」


「ユニクルフィンは最強で無敵!!どんな敵でも一撃必殺!!」

「うわー。信頼のし過ぎで、殺意が漲ってますわぁー」



 ワルトナに差し出されたクッキーを頬張りながら、ローズハーヴは和やかなティータイムを楽しんでいる。

 晴れやかな空の下、小汚い盗賊達を背景としたそれは、非常に奇妙な光景だ。


 そんな飛びきりの異常事態を理解しているのは、ワルトナ一人だけ。

 内心で、「うわー神経が図太い。あのまま盗賊に連れてかれても、何だかんだ生き残った気がするなー」と遠い目でローズハーヴを眺めている。


 そうして、三人のティーカップが空になったのを確認した後、ワルトナは話のまとめに入った。



「世界を救う英雄と添い遂げる。これは、世界を救うことと同意義だよね」

「まあ、どんな人であれ心の拠り所は必要ですわ」


「という訳で、僕らは英雄ユルドルードとその息子ユニクルフィンを探している。この広ーい世界を旅してね」

「それは難儀ですわね。……それで、どうしてこんな場所を訪れましたの?ぶっちゃけた話、英雄なんて私の町では聞いたこともありませんわよ?」


「ここに来たのはたまたまの偶然で、英雄を探しての事じゃないよ」

「たまたま?偶然で盗賊を退治して私を救ってくださいましたの?」


「いいや、それも違うけど」

「違うんですの?」


「そうさ。僕らが街でご飯を食べてたら、盗賊がたくさんお宝を蓄えているっていう話を聞いてさ。で、根こそぎ奪……ちょっと分けて貰おうと思ってね!」

「発想が盗賊と同じですわッ!?」



 まったく悪びれずにワルトナとリリンサは、年相応の屈託のない笑顔を浮かべている。

 その、近所のおじさんにお菓子をねだりに行くみたいな無邪気な笑顔に、一瞬だけ騙されそうになったローズハーヴは頬を強く叩くと、気合を入れ直した。



 この目の前の少女達は、盗賊を爆裂させるほどの実力の持ち主ですわ。

 油断していると、食い物にされる事は間違いなし。

 気を引き締めた貴族たる振舞いで対応しなければいけませんわよ、ローズハーヴ!



 ローズハーヴは自分で自分を叱責し、キリリとした視線をリリンサへ向けた。



「ふふ、二人で旅をしているだけあって、ご冗談がお上手ですわね。いくら盗賊と言えど持ち物を奪ったら、あなた達の方が犯罪者になりますわ」

「いや、ならない」


「ですよね、ならな……え?ならない?」

「盗賊を襲っても犯罪者にはならない。そんなの冒険者の常識!」



 話の流れをコントロールしているワルトナよりも、天然ボケをぶちまけているリリンサの方が制御しやすい。

 ローズハーヴがリリンサへ問いかけたのはこんな理由があっての事であり、狙っていたのは、反応に困った時の『沈黙』だった。


「犯罪ですわ」と真正面から言ってしまえば、リリンサ達の立場が弱くなる。

 そして、それを見なかった事にする代わりに、自分を安全に家まで送り届けて欲しいと切り出すつもりだったのだ。


 だがその目論見は、リリンサの根底を揺るがす発言により爆裂。

 結局はお嬢様であり、世間の荒事を知らないローズハーヴは、冒険者のルールを初めて知って逆に目を白黒させている。



「えっと、犯罪にならない……ですの?」

「ならない。ならないよね?ワルトナ?」

「ならないねぇ。盗賊っていうのは、人の常識を理解できない野生動物として、危険生物図鑑に載っているくらいだし」


「……は?図鑑に載ってる?さすがに嘘ですわよね?」

「ううん。確かに図鑑に乗ってる。ワルトナ、本持ってたっけ?」

「持ってるよ。ほら、見てみな。あいうえお順に並んでるからさ」


「えっと。と……と……あ。ありましたわ!?ドラゴンの前に載ってますの!?」



 渡された図鑑を開いて確認したローズハーヴは、1ページ半にも及ぶ盗賊の説明を読んで困惑。

 そこに書かれている文章は、ローズハーヴの想像を遥かに超えていた。



盗賊とうぞく

 *動物界

 *脊椎動物亜門

 *哺乳類網

 *ヒト科

 *ヒト族

 *盗賊種


 ヒトの近隣種であるが、その生態は大いに異なる。

 ヒトとは違い、本能行動・学習行動・知能行動のバランスに異常があり、知能行動に支障をきたし、本能行動を優先する個体を盗賊と呼ぶ。


 危険生物としての脅威度は『B~C』クラス。

 たまに強力な個体が混じっているが、それは『用心棒』や『盗賊団のボス』という特殊個体である。


 基本的に群れで行動し、山深い洞窟や廃墟などに巣を作る。

 オスの個体同士で小さな分隊を作り行動し、獲物を巣に持ち帰り、ボスが均等に分けるという習性を持つ。

 群れの中にメスがいる事は少なく、そのため、人間のメスを求め常に発情している事も特徴的だ。


 食性は雑食性。ただ、高級な食事を嫌う傾向があり、安いビールなどを好んで飲む。

 金銀財宝を収拾する性質があり、これらを身につけていると襲われる事があるので注意が必要。



「何ですのこれはっ!?」

「不安定機構が販売している危険動物図鑑だけど。冒険者なら必ず持っている必需品さ!」


「じゃなくって、盗賊を動物扱いしてますが良いんですの!?」

「良いんだよ。盗賊は人間じゃない。人でなしさ!」


「『人でなし』はそういう意味じゃないと思いますわっ!?」



 思わずページをめくり他の危険生物を確信してみれば、ドラゴンや大怪鳥に混じりタヌキなども載っていた。

 随分とバリエーションがある事を確認したローズハーヴは、ひっそりと図鑑を閉じて愛想笑いを浮かべる。



「流石に騙されませんわ。盗賊と言えど、人は人。略奪をしていいはずがありませんもの」

「それはキミが間違っているねぇ。無知だねぇ、不備だねぇ」


「なんですって!?」

「納得していないみたいだね。無知なる市民を導くのも聖女の仕事、僕が真実を示してあげよう」



 そう言ってワルトナはポケットから紙を取り出し、『盗賊』と書いてリリンサの胸に張り付けた。

 それを見たリリンサは「おかしを寄越してほしいー!」と声を荒げて、ワルトナからクッキー缶を奪い取る。



「大小の差はあれど、盗賊というものは他者から利益を奪い取る力を持っている。簡単にいうと強者なんだよね」

「うわー。すっごく分かりやすいですわー」


「そんな強者は生きるのに困らない。なんでって、持っている奴から奪い取ればいいからさ。屈強な体を使い強引に、それこそ、キミを襲撃したみたいにね」

「それは人として間違ってますわよ」


「いや、間違ってないね。生物という枠組みで見れば食物連鎖という正しい仕組みの中にいる。それにこの世界には魔法がある。簡単に命を奪う事が出来るんだ。だから奪った方が効率が良い」

「……確かに、そうかもしれません……が……」



 言われるまで気が付かないふりをしていたローズハーヴも、キッチリと言葉で突き付けられてしまえば認めるしかない。


 この世界は、究極の弱肉強食。

 野生動物ですら魔法的手段を使うこともあるこの世界では、人類は弱者とされている。

 そしてその中でも、冒険者でもない『ただの人』であるローズハーヴは最下層に位置する弱者だ。


 それでも、同じ人間同士で奪い合ったり殺し合ったりする事を、ローズハーヴは認めたくなかったのだ。



「でも、それは犯罪ですわ。だからこそ盗賊は真っ当に裁かれるべきで、第三者が奪っていい権利ではありません」

「愚かだねぇ、鈍いねぇ。キミの理論は理想論で理想郷だ。頭の中にラベンダーが咲き誇っているんじゃないのかい?」


「咲いてませんわよ!」

「いいかい。盗賊が強者なんじゃない。その逆だ」


「逆……ですの?」

「そう。強者は弱者から奪い取るから盗賊と呼ばれている。……で、誰がその強者を裁くんだい?奪われる側の弱者が、奪う側の強者をどうやって裁くのかな?」


「あ……。」

盗賊強者を裁く事が出来るのは、より強い強者盗賊だけだ。だから、搾取される側のキミらの立場は変わらない。どこまで行っても弱者なキミらは、強者に永遠に搾取されるだけさ」



 ワルトナが語ったそれは、この世界の根底にある真実。

 魔法という神が作りし概念は、他者を害するために開発されたものだ。


 その理由は、増えすぎた生物を減らす自浄装置とも、変化のない世界をかき混ぜる舞台装置とも言われている。

 今となっては神しか知りえない事だが、弱肉強食の世界を加速させたのは言うまでも無い事なのだ。


 遠く離れた場所から、魔法によって簡単に、他者の命を奪う事が出来る。

 そして、その対象が『森の小動物』だろうと『人間』であろうと変わらない手ごたえが、容易に同族殺しという禁忌を行わせるのだ。


 それを知ってしまったローズハーヴは、力なく瞳を地面に落し、うな垂れてしまった。



「そんな……夢も希望もありませんわ……」

「そう。だからこそ不安定機構は盗賊を別の生物として、明確に区別した」


「どういうことですの?」

「強者が弱者から奪うのは本能であり必然で、仕方が無い事だ。だからこそ、強者が力を振りかざす先として『人間以外の何か』を用意する必要があった」


「人間以外の何か、ですの?」

「それこそが盗賊。不安定機構が『盗賊』から奪い取る事を許可する事によって、キミらに振るわれるべき力は全て盗賊に向くということさ」



 そう言ってワルトナは、隠し持っていたクッキーをローズハーヴが持っている空のティーカップに放り込んだ。

 そして目配せをして合図を送ると、リリンサは目にも止まらぬスピードでそれを掻っ攫ってゆく。


 それが略奪の疑似体験だと理解したローズハーヴは、再び空になったティーカップを悲しそうに見つめた。



「君は盗賊に略奪された。で、ここで第三者たる僕の登場だ。僕は何をすると思う?」

「それは……分かりませんわ」


「そう。それは僕の意思によって決まるからね。強者たる僕は何かを得たい。で、リリン盗賊の持つクッキーを狙うか、キミの持つティーカップを狙うかになるわけだ」

「さらに奪い取る気ですの!?」


「だが、ここで僕は思うんだ。『盗賊動物から奪っても、誰からも咎められる事はない』。だが、弱者人間から奪えば『今度は僕が盗賊となって、さらなる強者から狙われる』事になる……てね」

「た、確かに、その通りですわ……」


「盗賊から略奪して良いのは、『弱者から奪うと強者から狙われるというリスクを明確にし、自己抑制させる制御装置』だからだ。という事で、盗賊から奪っても罪にはならない。分かったかな?」



 最後に得意げな表情を浮かべてワルトナは笑った。

 まさに無邪気に笑う子供のような、朗らかな笑顔だ。



「そんなわけで、このまま盗賊のアジトを襲撃するよ、リリン!」

「もふぁっふぁ!さくさくさく……」

「理由は分りますが、そんないい笑顔で言っていい言葉じゃ無いですわよ!?」


「だってそれが目的だしー。リリンの食費を稼がなきゃだしー」

「おいしいごはんは何よりも優先される!盗賊とか食券でしかない!!」

「なんですのこれ……何かがおかしい……あ。」



 ここでローズハーヴは気になる事が出来た。

 盗賊から略取していい事に理由があることは既に理解している。


 で、怪しい人物を、どうやって盗賊だと判断すればいいというのか。

 何やらキナ臭い感じが芽生えたローズハーヴは、「ちょっと待って欲しいのですわ!」と二人を呼び止めた。



「それで、どうやって盗賊を見分けるんですの?さっきみたいに分かりやすい事ばかりじゃないと思うんですが……。間違えたりしませんの?」

「……。勝てば官軍という言葉があってねぇ。つまり……勝者が正義で、敗者は盗賊なのさ!」


「ダメですわこれ!?まさしく盗賊の発想ですもの!!」

「いーのいーの。第一、どこに僕らを裁ける人物がいるって言うんだい?」


「ついに開き直りやがったですわーー!?」



 そうして少女達は歩き出した。

 略奪した物を一つ残らず魔法空間に収納し、身軽になった身体にピクニックに行くかのような空気感を纏わせている。

 

 えっ。く、空間魔法ですの……!?

 どこまでも理不尽すぎますわ……。


 良く考えてみれば、少女たちが盗賊から徴収していた宝石や貴金属類はローズハーヴが運んでいた商品だ。

 それを跡形も無く魔法で消し去り、まったく返してくれる素振りがない二人を見て、心の中で金切り声をあげる。


 そして、この身体だけでも助かって良かったと、ローズハーヴは涙を流しながらリリンサとワルトナの後を付いてゆく。

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