第5話
一本目。矢をつがえる手が震えた。落ち着け。落ち着け、私。
「ふううぅ──」
深呼吸して、ゆっくり、丁寧に打ち起こす。大丈夫。頭の中で、そう何度も念じながら。
会につく。その、数瞬後。カアン────。
「っ──」
嘘。あんなに、練習してきたのに。私の弽は、勢いよく弦を離していた。
何で。あれから毎日、朝練行って、さくらと一緒に、努力してきた。それなのに、私は……。あぁ、もう、泣きそう──。
『弓引きの左手。弓をつづけて、努力してきた人間の手』
『私は、悠希の努力を知ってるよ。ちゃんと、分かってるよ』
また、さくらの言葉。私、助けられてばっかりだ。
二本目をつがえる。集中しよう。自分を信じる。今まで弓を引いてきた自分を、信じる。
私は再び、弓を打ち起こした。ゆっくり引いて、そっと会につく。
まだ。
まだ。
まだ。
「────!」
「今だ」って、腕の筋肉が叫んだ。私は弽をほどいて、弦を離した。矢はまっすぐ飛んでいく。的めがけて飛んでいく。
スパァン──!
中った。いける。このまま、私は県大会に行くんだ。
***
帰りの電車の中で、私は座席に座りながら向かい側の窓に映る自分の顔をぼんやりと眺めていた。
──私、ちょっとは成長できたのかなぁ?
窓に映るもう一人の自分に問いかけた。少なくとも、自分や他の誰かの努力を認めることができるくらいには、成長できたんだろう。そう、思うことにした。
「どうしたの? 自分の顔まじまじ見ちゃったりして」
隣に座るさくらが話しかけてきた。
「ううん、何でもないよ」
「にしても悠希、すごいね。八射五中」
「さくらも八射四中したじゃん」
そうなのだった。今日の大会、私は八射五中して、さくらは八射四中したのだ。いつもの彼女なら八射七中してもおかしくないけど、今日の射形はどことなく、いつもより崩れていた気がする。
「その一本は……全然違うんだよ」
彼女は何か、小さくつぶやいた。だけど電車がレールに揺られる音で、うまく聞き取れない。
「え? ごめん、なんて言った?」
「何でもないよ。悠希の方がすごいねって言っただけだよ」
彼女の表情が、一瞬翳ったように見えた。気のせい、だろうけど。
「県大会、行けるね。一緒に頑張ろうね」
先ほどとは表情をころっと変えて、さくらは私に笑いかけた。
「うん、頑張ろう」
私は今、胸を張って言える。
あぁ、弓道が大好きだ、って。
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