第4話

 ガコン、自販機から、さくらはアイスココアを取り出した。そしてそれを、私にくれた。


「ありがとう」


「いーえ」


 自販機の前で、二人で缶飲料のプルトップを開ける。立ち飲みなんて行儀が悪いけど、学生にのみ許された背徳感のような気もするのだ。


「さっきの一射、良かったね。きちんと伸びあえてたし、離れもまっすぐ出てた」


「久しぶりに気持ちよく引けたよ」


 笑顔で言いつつも、後ろめたかった。昨日自分が彼女に言ったセリフが、自分の胸に棘として刺さっていた。


 その棘を、取り除くには。


「ごめん」


 こうするしかない。


「何が?」


「昨日、さくらにひどいこと言っちゃった。さくらが毎日あんなに努力して、葛藤してるなんて、私、全然知らなかった」


 先天的なものだと、思い込んでいた。彼女は天才だと、思い込んでいた。彼女が努力してようやく手に入れた実力を、無視して。


「自分とは違うんだって思ってた。生まれ持った物が違うって思ってた。さくらだって努力してるのに。ちょっと考えれば分かることなのに。でも、さくらの努力を認めたら、自分の努力がちっぽけに思えて、それで」


「大丈夫だよ。もう、大丈夫」


 さくらは私を見て笑った。


「努力を比べる必要なんかないよ。私はちゃんと知ってるから。悠希の努力」


「ごめん……ごめんね……」


 嗚咽を漏らす私の背中を、彼女は優しく包んだ。


「絶対、県大会出場しよう」


 さくらは私の目をまっすぐに見て言った。


「——うん!」


 私の口から漏れ出たその言葉は、いつかの悲痛なクエスチョンじゃない。


 希望に溢れた、エクスクラメーションだった。




 大会当日。みんな、緊張した面持ちでいる。会場に向かう電車がホームに滑り込んで、私たちはそれに乗り込む。


「いよいよだね」


 さくらは隣に座った私にそう言った。


「緊張する……」


 私はごくごく普通のことを言って気を紛らわした。全然、紛れないけど。


「悠希。手、貸して」


 私は言われるがまま、右隣に座る彼女に右手を差し出した。


「ちがう、そっちじゃなくて、左手」


「左?」


 さくらの言うとおり、右手を引っ込めて反対の左手を差し出す。するとさくらは、私の左手の内側を執拗に触りだした。


「ちょっ……さくら?」


「弓手だ」


 さくらは私の左手を見つめながら、静かにつぶやく。


「弓引きの左手。弓をつづけて、努力してきた人間の手」


「さくら……」


「私は、悠希の努力を知ってるよ。ちゃんと、分かってるよ」


 ああ、その言葉だけで。


 私は、前に進めるよ。


 胸が熱い。鼓動がうるさい。この鼓動の高鳴りは、心地よい高鳴り。


 やってやる。この三週間の努力を全て、自分の射に懸ける。怖くない。もう、怖くない。




「入場を開始してください」


 進行の人の声を合図に椅子から立ち上がり、射場に入場する。三年間、この緊張感にはどうしても慣れない。


 でも、もう大丈夫。今まで弓を引いてきた、自分のことだけは信じられるから。


「起立」


 さぁ、始まる。


「始め」


 ——私の弓が、始まる。

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