第15話 十四章 都市ではない場所の伝説を、「都市伝説」と呼ぶのは、少し恥ずかしい気がする 

 加藤ならずとも、よほど恐竜に詳しい人でなければ、「ディモルフォドン」を知らないであろう。


 ちなみにディモルフォドンとは、全長一メートル四十センチほどの、空を飛べる恐竜である。


 土曜日の遅い午後、加藤は音竹家近くの公園で、氷沼と待ち合わせた。

 今日はいつもの、高齢者軍団が見当たらない。


 加藤は、公園の奥の方にある、広い場所に氷沼を誘う。


「この辺りに、立ててくれ」


 氷沼が持ってきたものは、踏み台というより折り畳み式の脚立であった。

 脚立を開くと、ご丁寧に恐竜の下手くそな絵が、貼り付けてある。


「これは、いらないだろ」


 加藤が恐竜の絵を指で弾くと、氷沼は反論した。


「何を言ってる、せいさく。この公園は、かつて都内でも有数の、恐竜型遊具があったところだぞ。この脚立は、良き時代へのオマージュなんだ」


 相変わらず、言っていることが分からない。

 加藤は相手にせず、脚立に足をかけた。


「わあ! 恐竜だ! 恐竜だ!」


 どこからか、就学前と思われる子どもが、脚立に寄って来た。

 ほら見ろ、といった表情の氷沼が、加藤をちらりと見上げた。


「恐竜好きかい? ぼく」

「うん! この絵の恐竜、スピノフォロサウルスでしょ? おじさん」


 スピノフォロサウルスは、首の長い草食恐竜である。


「よく知ってるね、ぼく。だけど、俺はおじさんではないぞ。天才科学者様と呼びなさい」

「ぼくは、彪流たける。今野彪流だよ、おじさん!」


 タケルと名乗った少年も、氷沼の言うことを、全く気にしていない。


 加藤は脚立の一番高い処に腰かけて、氷沼とタケルの会話を、聞くともなく聞いていた。


 さすがに、地上から一メートル五十センチ以上の場所は、いつもの視線では見えなかったものが見えてくる。


 はて……。



「こんの」って、どっかで聞いた苗字だ。


「でね、おじさん。この公園、昔、翼竜よくりゅうが出たって噂があるんだよ!」

「マジ? スゲエ!」


 いちいち説明するのも何だが、翼竜は、空を飛ぶ恐竜のことである。


「それでね、翼竜が誰かを食べちゃったんだって! ぼく、ケツァルコアトルスだったらいいなって思ってるんだ」

 

 ケツァルコアトルスとは、アステカ神話で神とされる、ケツァルコアトルの名をつけられた翼竜である。


 氷沼とタケルは、マニアックな話で盛り上がっている。

 つまりは、氷沼の精神年齢が、五歳児くらいということだろう。


 加藤の居る場所からは、公園が一望できる。

 公園の敷地の右端には、音竹の自宅の屋根が見え、左には、古い集合住宅の二階部分が見える。


 加藤が以前、この公園周辺に起こった事件を検索した時に、一つだけ引っかかったものがある。

 それは事件ではなく、都市伝説のような話であった。


『窓に浮かぶ、首なし女の怪』


 首よりも上がなくて、なんで女と分かったのかは、不明である。


 その話に出てきた、古いアパートとは、今加藤の目にうつる、あの集合住宅のことではないだろうか。建物全体を包む空気は、いかにも怪談話の舞台になりそうである。


 徐々に暮れていく公園に、ギャアギャアと鳴きながら鳥がやって来る。

 鳥を目で追いながら、加藤は気付く。


 集合住宅の二階と、音竹の屋敷の屋根は、公園を挟んで一直線で繫がる高さである。


 都市伝説の首なし女。

 翼竜が出て、人を喰ったという噂。


 そんな公園で、ケツを打った音竹……。


 加藤の頭の中が、急激な回転を始めた、その時である。


「タケちゃーん、もうお家に入ろう!」


 公園の入り口の方から、聞いたことのある声がした。


「あっ! じいじ!」


 タケル少年は、声の主に駆けていく。


「阿吽像の、阿像の方の爺さん!」


 聞いたことのある苗字だと思ったら、高齢者筋肉体操集団を率いる、見守り隊の爺さんだった。


 加藤は脚立の上から、彪流の祖父、今野に会釈した。

 今野は、加藤と、側にいる氷沼に、一瞬怪訝な表情を浮かべたが、すぐに、にっこりと笑って孫の手を取った。

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