この世界にも普通の牛がいました。


 魔王が去った今では、頭に禍々しい角が生えております。

 フルスピードで頭突きされたら、そんじょそこらの中級冒険者なら体に穴空くよ♡


 この世界の牛は中級冒険者がパーティーを組んでやっとこさ倒せる相手だ。

「こんなトロそうな奴、チョロいだろ」とか言って野生の牛にちょっかい出して、泣きながら敗走する駆け出しもざらにいる。


 ま、そんな人たちは死んで当然だけどね。世の中厳しんだよ。


 ではでは、今日は牧場の代名詞、牛を紹介しよう。



——— 牧舎 ———


 目の前にいるのは、雌の成体。敷地内の牧草地でもっちゃもっちゃと草を食べてます。草って言っても食人花の一種なんだけどね。


 そんな牛の家となる牧舎について説明しようじゃないか。


 まず、骨組みにアダマンタイト=ミスリル合金を使います。

 牛が突進してもびくともしない強度だからね。しかも幼体はそれが面白いらしく、遊びになってるし。

 背景でドカンドゴン言ってるけど無視していいよ。


 ところでこの牛たち、生まれたばかりでもかなり危険。弱っちそうだから大丈夫、とか思って逝っちまったやつらを何人見てきたことか。


 確かに幼体はちまっとして可愛いけどね、遊ぶときに加減をしらないんだ。

 民家くらいなら余裕で破壊できるからね。油断してる時にそんな突進食らったら、全身の骨バッキバキ。


 ああちなみに、幼体は勝手に現れる。生むんじゃなくって、分裂する感じ。

 まぁ、この間までモンスターだったんだし。


 牧舎の骨組みもそうだけど、給仕トラフとかもアダマンタイト=ミスリル合金を使わないと噛み砕かれてしまう。

 なんだかんだでかなり金かかるんだよね。


 アダマンタイトって、ラスダン辺りでしか採掘できないし、加工しようとしたら世界に一人しかいないマスタースミスの職人さんに頼まないとできないし、加工費だけで一グラム一万ゴールドなんて法外な値段がする金属なんだ。

 しかも実は不安定な素材だから、純度100%じゃないと酸化してすぐに脆くなる。

 

 でも牛の突進はアダマンタイトすら破壊するから、アダマンタイトオンリーでは不十分。

 だからミスリルと合わせて合金にする必要があるんだけどね、ブルーミスリルっていう特殊なミスリルが必須なのだ。 


 このブルーミスリルも曲者。

 普通のミスリルに魔力を通して色付きカラードに加工するんだけど、ベースとなるミスリルの純度によって結果が異なる。


 最低純度から順番に、レッド、オレンジ、イエロー、グリーン、ブルー、ヴァイオレットとなる。虹色だから分かりやすい。


 グリーンミスリル以下だと合金はまだ不安定。そのうちに脆くなる。でもヴァイオレットミスリルだと、ミスリルがアダマンタイトを侵食して、合金がまるまるヴァイオレットミスリルになってしまう。


 ちょうどいいバランスで両方を安定させるには、ブリーミスリルが必要不可欠なのだ。マスタースミスさん曰く、この魔力を通す過程の匙加減が無理ゲーなんだとか。

 こっちは金払ってるお客様だから知ったこっちゃないけど。 


 そうやってできたアダマンタイト=ミスリル合金には、一グラム百万ゴールドのお値段が。目安として食パン一斤百ゴールドだからね。

 

 しかも牛ってデカいじゃん?だから牧舎もそれなりに大きくなるわけで。小さな牧舎を建てるだけで百トン単位のアダマンタイト=ミスリル合金が必要になる。


 スゲータケーナー。

 小国買えんじゃね?って額だね。


 え、なんでそんな金かけてまで飼育するのかって?


 そりゃあ旦那、決まってるじゃない。

 儲けが失費を上回るからだよ。


 それもかなり。


 グフフ。



——— ミルク ———


 牛を飼育する理由。


 それはミルクと肉。


 そう、美味なんだよ、こいつら。


 肉も美味いし、ミルクも美味い。こんな贅沢な食料、飼育しないほうが罪だってんだ。

 まぁ、高すぎるし危険すぎるから牛を飼育してる牧場は少ないんだけどね。


 その分俺っちとしては、牛なんて簡単に調教できるし、魔王倒したから金も履いて捨てるほどあるし、問題ない。

 で、ミルクと肉を納品しまくりでウハウハなんだよ。


 まず、トレビアンに美味なミルク。実はこれがとんでもない高級品なんだ。


 この世界は日本と比べてデザートが圧倒的に少ない。砂糖があまり採れないのと、冷蔵庫がないから新鮮な卵やミルクが手に入りにくいからっていうのが理由だ。


 だから生卵と生ミルクは激レア。上流貴族しか見たことないんじゃないかな。


 そんな生ミルクを納品すると、リットルで一万ゴールドもらえる。

 すごくね?


 牛一頭だけで一日に百リットルは搾取できるから、一日で百万ゴールド。 普通の村人なら年収十万ゴールドとかだからね?


 さて、搾取の方法だけど、日本みたいなマッシーンはありません。


 え、だって剣と魔法とモンスターの世界だよ?機械があったらロマンも何もないじゃない。搾取は全て手作業だよ。


 バケツ持って、中腰になって、昔の農家の人たちみたいにえっちらおっちら絞っていく。アジリティ上げてないとかなり時間がかかる作業。


 実はこの乳しぼり、かなり危険。

 牛の弱点であるお腹にくっついてる、乳房を両手で触るわけだからね。テイムされてる牛でも普通に触らせてくれないわな。上級モンスターテイマーじゃないと、中腰になった時点で後ろ蹴りを食らってしまう。


 まぁ俺の場合、世界救った隠し職業のモンスターマスターだし。問題ナッシング。


 中腰で、バケツ片手に牛のお腹を指でツンツン。

 ほーら、こんな危ないことしても俺様は大丈———


 げぼぁっ!?


 テメエ、油断した俺様のみぞおちに後ろ蹴りとは……


 ぐふっ。



——— 肉 ———


 危なかった。


 即死耐性と瀕死オート物理防御アップと自動HP回復のスキルがなかったらマジで危なかった。

 即死効果のある蹴りとか怖いな。


 牛さん、恐るべし。


 気を取り直して、肉いこう、肉。


 この世界の牛肉は美味い。育成方法と餌によって質も劇的に変わる。愛情を注いで良いもの食べさせてあげると、この世のものとは思えない、霜降り以上の極上肉。A5和牛?なんですかそれ。


 クズ餌あげても美味いからね、その点では飼育は楽。餌に気を使わなくっても、モンスターだった名残からか、生体能力高いし。


 実際、毒入りの餌とかでもぴんぴんしてる。給仕トラフに適当に餌ぶちまけてても普通に育ってくれるんだ。


 で、この牛肉。


 いろいろな食べ方があるけど、俺の一番好きなのはやっぱりステーキだね。分厚い霜降り肉を熟成させて、パーフェクトなミディアムレアに焼き上げて。


 まぁ料理は王宮の料理長に任せてあるんだけどね。勇者パーティーの賢者さんに教えてもらった空間移動魔法ゲートを使えば、一度行ったことのある場所へは簡単に行くことができるからね。ステーキ食べたくなったら王宮に行って料理長かっさらって、ゴホン、招待して、料理を作ってもらってる。


 最高級の肉だと、普通の人たちは一生食べることができない。ていうか牛肉ってだけで高級品扱い。市場に出回ってる肉は、大抵牛肉じゃないからね、ミルクの出なくなった廃牛の肉は市場に出回ってるけど、これすら高級品なんだ。


 なぜかって?


 そりゃ大変だからだよ。


 肉のハーベストには牛の解体が必要。解体が必要ってことは、まず牛を倒さないといけない。それだけでも大変なのに、その後の解体にも苦労する。


 皮が固いから、筋肉マッチョのストレングスガン上げしてる冒険者を手配しなきゃならない。でも肉の区分けにデックス高くないとぐちゃぐちゃになってしまうから、デックスもそれなりに高くないといけない。


 ストレングスとデックスを両方上げてるような奇特な冒険者っていないじゃん?

 それだけでも大変なのに、防腐加工用に毒無効、腐敗無効のスキルをかけないと出荷できない。これも結構高ランクのスキルだからね、習得してる人は限られてくる。


 つまりレアな人達を探して雇わなきゃいけない。派遣会社側もそれを分かっているのか、高い給料を払わないと他所の牧場に行ってしまう。

 だから材料費、加工費、人件費、その他諸々で費用が重なるから、こっちとしても精肉加工済みの牛肉は高くせざるを得なくなるってわけ。

 

 うーむ。村人たちにこのインボイスみせたら卒倒するだろうね。 



——— 最後に ———


 なにはともあれ、牛を一頭でも飼育してれば収入には困らなくなる。


 ミルクは高く売れるし、廃牛も高く売れるし。

 幼体も勝手に現れるから、面倒な人工授精とかもしなくていいし。


 上級モンスターテイマーなら引退後に気軽にできるから、お試しあれ。

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