オレンジ色
灯村秋夜(とうむら・しゅうや)
夏になると、肝試しをする人がけっこういますよね。私もサークルの人に付き合わされて、廃病院なんて行っちゃって……すごく怖いものを見たんです。それに、もしかしたらすごく危険なことをしちゃったかもしれなくて。お話をすれば、解決法を教えてもらえるかもって聞いたので、ここで語らせてください。
タイトル? って……あの、現実にあったことなんですけど。不謹慎じゃないですか、そういうことしたら? それは、その。はい……そうですよね。すみません、本当にセンスないんですけど……あの、目に焼き付いてて離れない「オレンジ色」っていうのをタイトルにします。
うちの大学、文芸サークルに対抗して「読書サークル」があるんですよ。みなさんご存知でしたか? けっこうノリが軽くて、ビブリオバトルとかも本気でやる気のあるメンバーしかやらないくらいで……なんというか、オタクの集まりっていうんでしょうか。けっこういろんな人が入ってきて、てきとうにやってます。私はミステリーを主に読んでて、新作の批評なんかもいちおう。寄稿はまだできてないので、載せられるクオリティーにしたいなーって、思ってます。
ひたすら読書人の集まりってわけじゃなくて、そういうのが興味なくても、籍を置いてる人はいます。あの後やめちゃったんですけど、Nくんはちょっと……どう見ても女目当てでしたね。途中から入ってきたのと、今けっこう女子が多いので。肝試ししようって言ってきたのもNくんでした。なんていうか、浅はかですよね。個人で好みがけっこう別れる人たちに、思いっきり型にはまったお誘いをするなんて。
彼に好意があるというよりは、行く場所に興味がある人が何人も集まって、……これはオフレコですけど、男子より女子の数を増やせば声掛けもしづらくなるよねって思って、私含めJちゃんとかK先輩、あとNくんを見張るために男性のR先輩も来てくれました。結果として人数は集まって、免許持ってる人に車を出してもらって、■■■■病院――だった場所に行くことになりました。
本来廃墟に入るのって違法らしいんですけど、けっこう山奥にあるのと、限界集落がついにもうダメになって、近寄ってもバレないみたいだったので……。ここだけの話ってことにしてもらえると助かります。
病院の外観はそこまでボロボロにはなっていなくて、植え込みがぐちゃぐちゃになってたり、ほこりとか黄砂の跡が汚かったり、ってくらいでした。経年劣化って言うより、単に放置されて汚くなっただけで、いろいろ入れ替えたら営業再開できたんじゃないかなって。でも、そう思えたのは一瞬だけで……外から見ても、明らかにおかしいところがあったんです。あ、そのときはまだ夕方で、日が沈み切ってなかったんですよ。
四階の端に、窓が白くなった部屋がありました。あれって何だろう、って感じですぐに話題を持っていかれちゃって、Nくんは不満げでした。でも、少人数ごとに分かれて病院を探索しよう、って話になると、途端に生き生きし始めまして。私がNくんと同じ班になっちゃって、うげーと思ったんですけど、JちゃんとR先輩にFさんも入ってくれたので、とりあえずは心配なさそうでした。Fさんは気がきついし、Jちゃんは合気道やってるので。
それでなんですけど、Nくんが男を見せようとして、私たちの班が四階を担当することになったんです。病院は五階までで、班は六つできたので、中庭と建物の周辺を見回る班も作って、全員で探索を始めました。正門前に集合して、大学に戻ってからおのおの見たものを語ろうって話になって……廊下もきれいだし、階段も滑るほどほこりが積もってるわけじゃなかったので、四階までスムーズに上がれました。
横に開けるタイプのドアで、どこの病室に入るのにも苦労はしませんでした。エレベーターは当然止まってるので、近付きもしなかったんですけど。きちんとした形で撤退したみたいで、どこのベッドも骨組みだけでしたね。お布団とかシーツはなくて、カーテンもありません。名札が残ってるところも、花瓶が置いてるところもなくて、怖さより先にわびしさみたいなものを覚えました。
こんな様子なら、外からどこをのぞいても、天井の白か、光源が少なすぎるので灰色か、どっちかに見えたと思うんです。でも、あの部屋の窓は違いました。窓そのものが真っ白く濁ってて、ガラスじゃないように見えたんです。四階の端っこで、ひとつひとつ見ていっても違和感なんてないので、そこだけカーテンが残ってるのかも、なんて……甘い考えでいました。
取っ手が付いた合板のドアで、縦に細いすりガラスがはめ込まれたドアでした。ほこりか何かが噛んだのか、ちょっと引っかかるドアもありましたけど、だいたい全部そうだったんです。なので、すりガラスのところが真っ白いドアを目の当たりにすると、さすがにぎょっとしました。ガラスじゃないんです。ああいう固いものじゃなくて、プラスチックでもなくて……R先輩はちょっと触ったり叩いたりして「塩だ」って言いましたけど、そんなもの使えるわけないじゃないですか? とにかく、異様だったんです。
私とJちゃんとFさん、誰にアピールしようとしてたのかは分かりませんけど、Nくんは「俺が開けちゃうから!」って大声で言って、取っ手に手をかけました。でも、なんだか妙な引っかかり方をしてて……引っ張られてるというか、目張りしてるというか。結論から言うと目張りがしてあったんですけど、室内はものすごいありさまでした。
四方じゃなくて八方に盛り塩がしてあって、置いてあるベッドの頭上にすぐ神棚があったんです。ベッドの頭のところに盛り塩なんて、どう考えてもぜったいおかしいじゃないですか。しかも、部屋中に新聞紙が張ってあって、それまでの病室のこぎれいな寂しさとは違って、薄汚れた乱雑さみたいなものを強く感じました。窓ガラスの材質も扉のといっしょで、どうやら塩みたいでした。岩塩って石材なんですか? 違いますよね?
何もかもおかしい部屋で、Nくんは新聞紙の文字を見たり、ベッドの下をのぞき込んだり、とにかくあれこれ虚勢を張ってたんですけど……突然「うわあっ!」って言ったので、こっちまでびっくりしました。何があったのかと思ったら、その、……ベッドの頭のところにある盛り塩が、変色してたんです。
へんなオレンジ色のぽつぽつが湧き出るみたいにいくつも出てきて、水分だったんでしょうか、そこを中心にずずぅってへこんでいって……くしゅ、くしゅってオレンジ色の汁みたいなものに変わっていきました。神棚から落ちてきたとかじゃなくて、本当に、内側から湧き出てきたとしか思えないんです。
すっかり怖気づいたNくんが及び腰になって、「もう帰りましょうよ!」って言いだしたので、盛り塩の変化以外は何も起こってないですけど、これをお話として持って帰ることになりました。いちおう女子組はお互いの服をつかんだり、NくんもR先輩にぴったりついていったり、ちゃんと帰れました。窓を開けられてないので物音もしませんし、動物が入り込むほど老朽化もしてませんでしたから。
ほかの面々はとくに何もなかったみたいで、荒れ放題になってた様子を話してくれました。探索にはたっぷり三十分くらいかけたので、早めに戻ってきた班は車で軽食をとったり、スマホ見てたりしたみたいで。私たちが体験したことを話すと、大盛り上がりになりました。それで、「あそこだったよね」ってあの部屋の方を見たら――
窓ガラスが、なくなってました。
壁面につぅーっとオレンジ色の液体が伝ってて、Nくんが絶叫しました。半狂乱になった彼をなんとかなだめて車に押し込んで、後ろも確認せずに車を出して、私たちは大急ぎで逃げ出しました。彼は何日も大学に来なくて、次に来たときはサークルを退会することと、大学をやめることだけ言ってきました。しきりに目をこすってたからか、眠れてないのか、目が真っ赤でした。
あれから、私にはとくに何も起きてません。Nくんが扉を開けたのが一押しだったのか、みんなおかしなことは経験してないそうです。調子に乗ったからってことで、擁護できる余地なんてないんですけど……。
ところで、あれってどうしてオレンジ色に見えたんでしょうか? もう真っ暗だったのに、あんなに濃い色がはっきり見えるなんて。
オレンジ色 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a
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