第17話 8月29日(火) 熱暴走
朝。
俺は久々に目覚ましの音で目が覚める。
スマホを開くと6時15分。学校があるときに起きていた時間だ。
長いと感じていた夏休みもいよいよ明後日まで。
3日後には学校が始まる。
今日は試運転である。
ベッドから起き上がり、1階に降りていく。
まだ誰も起きてきていない。
学校がある日、俺は7時15分頃には家を出る。
学校までは1時間弱の道のりなので、もう少し遅くても良いのだが、遅い時間はバスが混む。
俺はその混雑を避けて、少し早めに出るようにしている。
普段、その次に家を出るのが父親と
聖羅も今は夏休みなので、塾がある日も家を出るのは8時半頃と、普段に比べると若干遅めだ。
つまり、まだ夏休み中である今日、この時間はまだ誰も起きていなくて当然である。
トイレと洗面を済ませて、俺は自室に戻る。
おそらく、7時15分頃には両親が朝食を摂るはずなので、そのころまた降りるとしよう。
朝食まで1時間弱。
微妙な時間だ。
俺はとりあえず、ネット動画サイトを見ながらのんびりと時間をつぶした。
7時15分を過ぎた。
窓から見る外の景色はよく晴れていた。
すでに気温は30度を超えていそうな雰囲気。今日も暑くなりそうだ。
リビングに降りると、両親が朝食を摂っていた。
「あら、
心配されるのも無理はない。この1か月ちょっと、早坂家で一番の寝坊助だった俺がこんな時間に起きてくるのだから。
「いや、そろそろ学校始まるから、慣らしておこうかと思って」
「お前はそういうところは、母さんに似て妙にまじめだよな」
父親が感心したように言う。
どちらかと言うと俺は母さん似、聖羅は父さん似。世の中のセオリー通りに育った兄妹だ。
「冬真、ご飯食べる?」
「おう、もらうわ」
俺は食卓につく。そう言えば、聖羅がいない。
「聖羅は?」
「昨日で夏期講習終わったんだって」
キッチンから母が答える。
「そっか。もう夏休みも終わりだもんな。じゃ、この3日間は聖羅もゆっくりできるんだね」
「そうもいかないみたいよ」
「なんで?」
「31日は模擬テストなんだって」
「それは、ご苦労なことで」
まぁ、受験生だもんな。
そんな会話をしてるうちに、母親が食事の用意をしてくれた。
「いただきます」
◇ ◇ ◇
■シャワータイム
朝食が終わり、父親が出かける頃、俺はシャワーを浴びる。
さて、今日はとりあえず、学校に行こう。
相変わらず特に目的もないのだが。
とりあえず、学校に行けば「何かをしてる感」があって、安心する。
◇ ◇ ◇
シャワーからあがり、烏龍茶を飲み、自室に上がる。
手際よく身支度をする。
この流れで2学期に入ってからも大丈夫だろう。
聖羅はまだ寝ているようだ。
戦士も休息が必要だからな。
「いってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「おう」
9時前、俺は家を出た。
◇ ◇ ◇
10時前に高校につく。
いつも通り、図書館に向かう。
今日はいつもより若干早く着いたので、図書館の生徒も心なしか少なく感じた。
相変わらず多くは上履きのラインが緑色の3年生。
今日も朝から受験勉強に励んでいる。
そんな先輩方をよそに、俺はタブレット開き、頭の中で作戦を立てる。
作戦と言っても、今日は「異世界の扉」を探すための作戦ではない。
俺自身の今後についての作戦だ。
俺はこれまで、まじめに勉強に取り組んだことがなかった。
特に勉強をしなくても、成績は『中の上』位で、なんとなくここまで来ることができてしまった。
まったく勉強が嫌いなわけではなかった。
授業はどの教科も基本的に、受けていて楽しいと思う。
だから、授業はまじめに受けていた。
きっとこれが良かったのだろう。
俺に言わせれば、授業中寝ていたり、集中しないでいる連中が、放課後こぞって塾に通っている姿が滑稽で仕方なかった。
しかし、高校も2年生になり、さすがにそのやり方に限界を感じてきたのも事実だ。
やはり、授業を受け身で聞いているだけでは学習としては足りないのだろう。
ただ、その自覚はあっても、これまで特に焦りはなかった。
なぜならば、将来の目標が無かったからだ。
だが、いよいよそうも言っていられなくなった。
両親の期待。そして、聖羅の頑張る姿。
俄然、プレッシャーを感じるようになってしまった。
たぶん、今は「まだ間に合う」だろうと思っている。
これが、「もう間に合わない」になったらおしまいだ。
怖いのは、「まだ間に合う」と「もう間に合わない」の境界線が曖昧なことだ。
両者は恐らく、徐々にスライドしていく。
だから、これ以上先延ばしせず、より早く向き合うことが大切だ。
この数日間で俺はそう悟った。
だから、今日は学校に来た。
将来の目標が決まってから準備を始めても遅い。
並行してやっていかなければ。
少しでも前に進むために。
俺はまず、取り組むべき材料をすべてテーブルに乗せて、整理する作業から始めることにした。
◇ ◇ ◇
■熱暴走
どれほどの時間がたっただろうか。
ふと、俺は空腹であることに気付いた。
スマホを開くと、12時45分。
そうか昼を過ぎていたか。
この数時間、俺はかなり集中して自身の現状と課題について考えていた。
傍から見たら、教科書もノートも開かず、自分の世界に没頭する俺はさぞかし奇人に見えただろう。
脳を使えば糖分を消費する。
まずは昼食を。
俺は学食に向かうために席を立った。
が、その瞬間、バランスを崩し、転びそうになった。
おいおい、なんだ?
とっさに机に手をつき、事なきを得たが。
自分が自覚している以上に思考に集中していたということだろうか。
俺は慎重に歩き始めた。
気づけば図書館内の机が随分埋まっている。
夏休みも終盤になり、勉強する生徒が増えたようだ。
◇ ◇ ◇
学食。
今日も大盛りカレーライスを食べる。
糖分と塩分をチャージ。
これで、午後も乗り切れるだろう。
教室のある校舎に入ると、吹奏楽部の演奏の音が聞こえる。
あぁ、今日は練習をしているのか。
俺は例の教室にまた行こうか迷った。
いや、わざとらしいことはやめよう。
俺は素直に図書館に戻った。
しかし、図書館に戻った俺は唖然とした。
先ほどよりもさらに生徒が増え、だいぶ席が埋まってきていた。
空き教室使うか。
無駄足だった。
俺は再び教室のある校舎へ戻る。
空き教室にも生徒が散見されたが、階段を上っていき比較的音楽室に近い教室まで来ると、勉強している生徒はいなくなった。
そりゃそうだろう。単純に上の階まで階段を上がるのが面倒な上に、吹部の音がうるさいからだろう。
俺は、先日陽毬ちゃんと出会った教室に向かった。
教室は使われておらず、空いていた。
相変わらず音楽室からは演奏の音が聞こえる。
図書館は混雑。下の階の教室は、生徒が散在。そして、俺は特に吹奏楽部の音は気にならない。
俺は言い訳がましい打算を基に、例の教室を使うことにした。
再び、暫し自身の思考に没頭。
相変わらず、上からは演奏の音が聞こえる。
今日は音楽室の練習だけで、この教室は使わないのかもな。
俺はそう考えた。
まぁ、焦ることはない。
夏休みが終わっても、校内の出来事なのだからいくらでも機会はある。
それに、長期的に見れば、『オペレーション<陽毬>』の発動も、現実味を増している。
さて、そろそろ帰ろうか。
と、その時、俺はいたずら心に火が付いた。
教室のホワイトボードにメッセージを残しておこう。
俺はマーカを手に取り、ホワイトボードに書き込む。
「ひ ま り ち ゃ ん が す き だ」
これをいったん消し、音符にする。
「♪♪♪♪♪♪♪ ♪♪♪」
まぁ、わからないだろうな。
今回ばかりは自分でも「馬鹿だな~」と思ったけれど。
どうやら今日の俺は、脳が熱暴走しているらしい。
さぁ、帰ろう。
◇ ◇ ◇
■入浴タイム
夕食後のまったりタイム。
今日は学校に行き、将来のことを少し考えた。
結論は何も出ていない。
でも、俺は、十分な満足感を得られた。
2学期以降、どうしていくべきか。しっかり考えていこう。
◇ ◇ ◇
風呂から上がって、烏龍茶を一杯。
それから、いったん自室に寄ってから聖羅の部屋へ。
「あ、おぃに。待ってたよ~」
すでにPCがスタンバイされているちゃぶ台。
いつものように聖羅の横に座る。
「じゃ、始めるね~」
聖羅が再生ボタンをクリックして、アニメが始まる。
洞窟の入り口で薬草を手に入れた主人公と姫は、村の魔法使いの元へ戻った。
「お二方、よくぞ御無事で戻られた。さすがですな」
村の魔法使いはそう言って、主人公から薬草を預かる。
もうこの時点でいくつか突っ込みたい。
なぜ、行きはあれほどモンスターに遭遇して危険な目にあったのに、帰り道は1匹もモンスターが現れなかったのか?
そして、「よくぞ御無事で」とか言ってるが、姫に万が一のことがあったら、この魔法使いのじいさん、どう責任をとるつもりだったのか?
あと、洞窟は姫が壊しちゃったから、この薬草使えるの、もう最後ですよ?
魔法使いはその魔法で薬草を煎じ、主人公に飲ませた。
これで、主人公の魔法の特性は増幅されたらしい。
いやぁ、煎じる前にその貴重な薬草、株分けしたいた方が良かったんじゃね?
やっぱ、このアニメモヤモヤするわ~!
「このアニメ、くだらなすぎて、聖羅クセになったわ~」
「俺も同感だね」
◆ ◆ ◆
8月29日 火曜日
晴
あのメッセージ、陽毬ちゃんに伝わるかな?
※このお話は、著者の拙作「君がため、春の野に出でてラッパ吹く♪ 第39話 穏やかな日々」とリンクしております。そちらも合わせてご笑覧賜れば幸いです。
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