第16話 8月28日(月) スパイ

 朝。


 目が覚めて、スマホを開く。8時30分。


 2学期に向けて、少しずつ朝方の生活に戻していく作戦は順調のようだ。



 もう少し寝てたい誘惑に駆られつつも、俺はベッドから起き上がる。


 リビングに降りると、母親がキッチンで洗い物をしていた。



「あら、おはよう。今日は早いのね」


「おはよ。そろそろ学校始まるからな」

 

「そうね。ごはんは?」


「もらう。顔洗ってくるわ」



 俺はトイレと洗面を済まして再びリビングに戻ると、すでに朝食の準備がされていた。


「いただきます」



 飯を食いながら、テレビをぼーっと見る。


 毎日、俺とは無縁のところで、なんだかんだあるんだな。



 ◇  ◇  ◇


 ■シャワータイム


 さて、今日はどうしようか。


 昨日はなんとなく家に居づらくて学校に避難したが、今日は父親も聖羅せいらも夕方までいない。


 家でのんびりと過ごすか。


 何かやりたいことでも見つかるかもしれない。



 ◇  ◇  ◇


 シャワーからあがる。


 まずはキッチンで烏龍茶を一杯。


 それから自室に上がる。



 さて、どうしようか。


 読みたい漫画は大体読んでしまったし、かといって、今日も外は暑そうだ。出かける気にもなれない。


 いっそのこと、学校が始まってしまえばいいのに。


 

 そんな、世の中の高校生の大多数とは逆のことを考えてたりもする。


 そもそも、大多数の高校2年生は、今頃何やってんだろう?


 部活に精を出す者、趣味に没頭する者、もちろん勉学に励む者もいるだろう。


 俺は中学校から一貫して帰宅部だったし、趣味らしい趣味もないしな。


 

 とりあえず、ネトフリでもみて暇をつぶすか。



 ◇  ◇  ◇


 ■入浴タイム


 結局この日は、昼飯以外は夕方まで、一日中自室にこもっていた。


 かねてから見たいと思っていたスパイアニメを一気に見る。


 それでもまだ半分くらいか?


 いつのまにか聖羅と父親が返ってきていて、夕食。


 そして、それも終わり、いつも通り浴槽に漬かってまったりタイムだ。


 いつも通り、平和な時間が流れていく。



 アニメに没頭したおかげで、俺の中に垂れこめていた暗雲が少しだけ晴れた気がした。


 悩んでいてもしょうがない。


 ただ、これ以上先送りすることはやめよう。


 後悔しそうな気がする。

 


 ◇  ◇  ◇


 風呂からあがって、リビングの両親に声をかける。


 キッチンで烏龍茶を一杯。そして2階へ。


 自室に入り暫くすると、聖羅が来た。



「おにぃ」


 開けっ放しのドアから、聖羅が顔を出す。


「おう、どうした?」


「今日は異世界アニメ見る?」


 そういえば、なんだかんだでここ数日ご無沙汰だったな。


「そうだな。聖羅の部屋行ったらいいか?」


「うん。待ってる!」


 そう言って、聖羅は自室に戻っていった。


 

 中断していたアニメ鑑賞を再開する。


 ただそれだけの事なに、ここ数日イレギュラーなことが続いていた日常が修復される感じがして、なんだか俺は安心した。



 聖羅の部屋に向かう。


「聖羅、入るぞ」


「どうぞー」


 俺は、PCをスタンバイしている聖羅の横に座る。


「じゃ、スタートするね」




 そう言えば、聖獣と姫が相次いで石化されて、それぞれ回復したところだったな。


 その後、主人公と姫は無事、薬草のあるとされる洞窟にたどり着いた。


 しかし、そこは見るからに魔物の出そうな洞窟。


 念のため、あらかじめ聖獣を召喚しておくのは正しい選択だ。


 一行が恐る恐る洞窟へと入っていくと、ついに強そうなモンスターが現れた!


 次々と攻撃を加える姫と聖獣。


 一方で成す術もない主人公。


 ……なんだこの違和感。


 姫、守られてないっすけど。


 モンスターが弱ってきたところで、聖獣と姫が魔法を合わせ、モンスターを攻撃。


 ついにモンスターを倒した!


 ……と、思った瞬間、姫たちの攻撃で何と洞窟自体が崩壊し始める。


 主人公たちは全力で出口に向かって走り、洞窟を出た瞬間、洞窟は崩壊した。


 間一髪助かった!


 が、薬草を手に入れていない!


 がっくりとうなだれる一行。

 

 しかし、よく見ると崩壊した洞窟の入り口に、1株だけ薬草が生えているのを発見する!



 ……じゃ、洞窟入らなくてよかったじゃん!!


 やっぱ、このアニメ、どこか調子狂うんだよな。



 ◇  ◇  ◇

 

 ■スパイ


 アニメを見終わって、俺は大きく伸びをする。


「おにぃ、相変わらずお疲れだね。今日は出かけてたの?」


「いや。家でダラダラ。塾とか部活とか行ってるやつは偉いよな」


舞彩まいちゃんなんて、お盆前は部活やりながら塾も通ってたからね」


「まい? 誰?」


「お盆にうちに勉強しに来た子」


「あぁ。そんな子もいたね。その子部活何やってんの?」


「吹奏楽だよ。いいな~、聖羅も楽器とかできるようになりた~い」


「いやぁ、大変だよ。うちの高校の吹部も、夏休み中も練習してたからね」


「そうだよね~」



 あれ? ちょっと待てよ?


 もし来年、聖羅がうちの高校に入学したとして、吹部に入ったら、陽毬ひまりちゃんの後輩になるんじゃないか?


 そうだ。うちの高校の吹部に聖羅をスパイとして送り込めば、これはもしや、陽毬ちゃんとコネクションを作るチャンスか?



「あ、でもさ、聖羅。帰宅部の俺が言うのもなんだけど、一度きりの青春時代、何かに打ち込むのもいいかもしれないぞ?」


 あ、ちょっと苦しいか?



「まぁ、それはちょっとあるね。私も今、中学校で帰宅部だから、毎日楽だけどさ。でもやっぱり周りの友達が部活の子同士で話したりしてるの見るとさ、たまに『いいな』って思うことあるよ」


「そ、そうだよな。やっぱいいよな!」


「しかもさ、舞彩ちゃんも私と一緒におにぃの高校受けるかもしれないって言ってるからさ。二人で高校は行ったら、ちょっと考えちゃうかも」



 ◆  ◆  ◆


 8月28日 月曜日

 曇のち晴


 オペレーション<陽毬>、発動。

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