第13話 8月25日(金) タワー
朝。
「おにぃ。朝だよ~。起きて~」
うーむ、もう少し寝ていたい。
目を開けずにいると、今後は俺の体を揺すぶり始めた。
「おにぃ。起きて~。今日は聖羅とデートの約束でしょ~?」
俺は目を開ける。
「デート? 誰が」
「おにぃが」
「誰と?」
「聖羅と!」
ダメだ、目が開けていられない。
「寝るなー!」
俺はさっきよりも激しく体を揺さぶられ、仕方なく起きることにした。
「わかった、わかった」
俺はやっとの思いで起き上がる。
「やっと起きた。もう、おにぃったら、こんなかわいい妹とデートだっていうのに、お寝坊なんてひどい!」
「わりぃ、わりぃ。ところで今何時?」
「もう8時半だよ」
「まだ8時半じゃん」
「……」
聖羅はふくれっ面で俺を見下ろす。
「わかったよ。起きる、起きる」
「分かればよろしい!」
俺はベッドから出て、1階に降りる。
「ねぇ、おにぃ。今日はどこ連れて行ってくれるの? 服は何着たらいいかな~」
階段を下りる俺の後ろを、聖羅がピーチクパーチク言いながらついてくる。
「どこ行くかは考え中」
トイレ、洗面、朝食。
朝のルーティーンを淡々とこなす俺の横で、聖羅は上機嫌だった。
朝食の後、聖羅が先にシャワーを浴びに行っている間、俺はリビングでゆっくりとコーヒーを飲んでいた。
母親も朝の諸々の仕事を終えてリビングのテーブルについた。
「あー、疲れた~」
「お疲れ。ねぇ、母さん」
「なに?」
「最近、聖羅、変じゃない?」
母親は俺から聖羅の話題を出したのが意外だったらしく、少し驚いた表情で言った。
「まぁ、少し丸くなった気がするわね。お母さんたちが札幌に行ってる間、聖羅と何かあったの?」
さすがに『一緒に寝た』とは言えないが、俺は心当たりを話した。
「母さんたちが返ってくる前の晩、進路の話された」
「へぇ~。なんだって?」
「『おにぃはいつ、高校決めたの?』とか。でも、俺なんか参考にするなって言って。そん時はそれで終わったんだけど、その後寝る前くらいに、『聖羅、おにぃと同じ高校にする』って」
「あら、そんなこと言ってたの」
「あ、俺から聞いたって言わないでよ?」
「そうね、まだ知らないふりをしておきましょ」
「その話して、翌日からかな。なんかやけに素直になったっていうか」
「なるほどね。進路を決めて、少しストレスが軽くなったのかね」
「そうかもな。あいつは俺と違ってまじめだしな」
そんな話をしていると、聖羅がシャワーから戻ってきたので、俺はシャワーの準備をした。
◇ ◇ ◇
■シャワータイム
シャワーを浴びながら、俺はさっきの母親との会話を振り返る。
俺自身、聖羅の変化には気づいていたもの、その理由が漠然としていた。
こうして母親と話すことによって、俺の中でも整理ができたようだ。
確かに進路というのはストレスだよな。
それにしても、聖羅は俺よりも勉強はできるはずで、だとしたらもっと上の公立高校とか狙えるんじゃないだろうか?
わざわざ俺と同じ高校にしなくてもよいと思うのだが……。
まぁ、あまり詮索するのはよそう。
さて、今日はどこに行こうか?
まずは聖羅の希望を聞かないとな。
◇ ◇ ◇
シャワーから上がって、まずはキッチンで冷たい烏龍茶を一杯。
そうか、昨日母さんが烏龍茶を買ってきてくれたのか。ありがたい。
それから、俺は2階に上がる。
自室に寄らず、まっすぐ聖羅の部屋に向かう。
ドアをノックする。
「聖羅~。入っていいか?」
「あ、おにぃ。いいよ~」
ドアを開けると、聖羅は下着姿でうろうろしていた。
「おいおいおいおいっ!」
俺は急いで聖羅の部屋を出てドアを閉める。
「いいよ、じゃねぇだろ!」
俺はとりあえず、自室に戻った。
なんで下着姿でうろうろしてるんだ! まったく、無頓着にもほどがある。
お盆前まではこんなことなかったはずだ。
受験のストレスがすこし軽減されたくらいで、人はこんなに変わるものなのか?
そんなことを考えてくると、聖羅が俺の部屋にやってきた。
「お待たせ~」
「お前なぁ。着替え中なら着替え中と、ちゃんと言えよ」
「別にいいじゃない。血のつながった兄妹なんだから。それに、今日どこ行くか聞いてなかったら、服選べなくて」
「行先と服装、関係ないだろ?」
「ある! 大あり! 行く場所によって似合う服も全然違うんだから」
「あーそうですか」
「まったく、おにぃは乙女心が分かってないのよ!」
兄に平気で下着姿をさらす奴が乙女心を語るな! そう俺は言いたかったが、また言い争いになるのは面倒なので飲み込む。
「で、聖羅は行きたいところ、希望ある?」
「どこでもいいよ。おにぃが決めて」
「でも、せっかくだから聖羅が行きたいところの方がいいんじゃないのか?」
「おにぃは、本っ当に、わかってない! 場所なんてどこでもいいのよ。相手が自分のためにデートコースを考えてくれる。それが乙女心には響くの!」
「そういうの俺に求めんなよ。センスないんだって、俺」
「おいぃが彼女できたときの練習にもなるでしょ?」
そんな練習、たぶん必要ないんですけど。
「さぁ。おにぃ、決めて!」
「東京だろ?」
「そう、都内で」
「……じゃぁ、東京タワー」
「え? 東京タワー? スカイツリーじゃなくて、今時、東京タワー? 令和のこのご時世に?」
「ほらー! やっぱそうなるじゃん!!」
どうせ俺は乙女心も何も理解できませんよ。
いいんだよ、俺は。
「よし、おにぃ。行こう、東京タワー!」
「え? いいのか、スカイツリーじゃなくて。令和のこのご時世だぞ」
「うん! なんか、一周回って新しいかも!」
やっぱこいつ、俺のこと馬鹿にしてんな。
「おにぃ、早く支度して、出かけよう!」
◇ ◇ ◇
■タワー
今日はよく晴れていた。
自宅から最寄り駅までは自転車。そこから京成線に乗る。
うまく地下鉄直通の快速に乗れたので、東京タワーの最寄り大門駅まで乗り換えなしだ。
皮肉にもスカイツリー直下の押上駅を通過して。
自宅を出て、1時間ちょっとで目的地、東京タワーに着いた。
「お~! やっぱ、デカいね~」
俺も聖羅も、実は東京タワーに来るのは初めてだった。
完全に「お上りさん」である。
「よし。とりあえず、チケットを買って展望台に上ろう」
「あ、おにぃ、見て! 聖羅の好きなアニメのコラボイベントやってる! 帰り寄っていい?」
「おう。まずは展望台だ。高校生は……千円だな」
「聖羅、中学生だよ?」
「あ、じゃ、聖羅はこども料金で700円か」
「『こども』って言うな!」
「めんどくせぇ~なぁ」
無事、チケットを購入。いざ、展望台へ。
「おにぃ! 展望台まで階段でも行けるよ!」
「却下! なんで金払ってエレベーター使わせてもらえないんだよ」
「まぁ、そういうと思ったけどね」
……こういう時には階段を選ぶべきなんだろうか?
俺たちはおとなしく、エレベーターで展望台へ上がった。
「すご~い! やっぱ高いね~」
展望台に着いて早速、聖羅は窓際に駆け寄っていく。
今日は天気も良く、涼しい展望台内から眺める夏の東京の景色は確かに素晴らしいものだった。
「あれって、レインボーブリッジだよね?」
「あぁ、そうだと思うよ」
「すご~い! スカイツリーは見えないの?」
「スカイツリーはこっち側じゃないだろ」
こんなに笑顔で、はしゃいでいる聖羅を見るのはいつぶりだろうか。
俺は朝の母親との会話を再び思い出す。
毎日受験勉強頑張ってるんだもんな。たまにはこうして聖羅を連れ出してあげるのも良いかもしれないな。
「聖羅、お腹すいた~」
360度一通りの景色を堪能したころには昼も過ぎ、そろそろ腹もすいてきた。
「そうだな。あ、そこの店で聖羅の好きなホットドッグ売ってるぞ」
「あ、おいしそう! でも、タワーの下にあったクレープ屋さんも気になってたんだよね」
「よく見てるな。で、どーすんの?」
「うん、決めた! どっちも!」
タワーから見る都心の景色を楽しみながら、ホットドッグを頬張る。
聖羅の笑顔を見ていると、先日まで探していた異世界なんてどうでもよくなる。
この世界でも、まだ俺の知らない楽しいことがありそうだな。
その後、俺たちは展望台から降りて、タワー下のお店も散策。
地下に降りて、聖羅の好きなアニメのコラボイベントにも足を運ぶ。
輪投げのゲームで俺の運動音痴ぶりをしっかり披露。
そして最後に、クレープを食べて帰路に就く。
なんだかんだ、聖羅にとっても、充実した一日だったじゃないかな。
◇ ◇ ◇
■入浴タイム
夕食後のまったり入浴タイム。
今日の夕食は聖羅のお土産話で花が咲いた。
今日は兄として、聖羅の喜んでくれるようなことができたのだろうか。
俺は、デートのセンスがないことが、痛いほど身に染みたけどな。
◇ ◇ ◇
風呂からあがって、いつもどおり烏龍茶を一杯。
そして、自室に戻る。
さて、今日もアニメタイムだ。
聖羅の部屋に向かう。
ドアは開いていた。
「聖羅、入るぞ」
返事がない。
中に入ると、聖羅がベッドの上で小さな寝息を立てていた。
昼間、はしゃいでたもんな。
聖羅のあどけない寝顔は、まるで小学生の頃のようだった。
俺は聖羅に静かに布団を掛け、電気を消して自室に戻った。
◆ ◆ ◆
8月25日 金曜日
晴
大人と子どもを行き来する聖羅を見ていると、何とも言えない気持ちになった。
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