第12話 8月24日(木) 後遺症
朝。
目が覚めて時計を見る。10時15分。
昨日はなぜか早く目覚めたが、今日は概ねいつもの時間だ。
部屋のカーテンを開ける。
いい天気だ。
きっと外は既に大分気温が上がっているんだろうな。
俺は1階に降りる。
リビングでは母親がアイスコーヒーを飲みながらくつろいでいた。
朝の一連の家事を終えて一息ついていたところだろうか。
「おはよ」
「あら、冬真。今日は寝坊助に逆戻りなの?」
「まぁね。せめてあと一週間、この生活を楽しませてくれ」
そう言って俺はトイレに向かおうとした。
「ご飯食べる?」
「もらうわ」
俺はトイレを済ませ、洗面所で顔を洗う。
リビングに戻ってくると、朝食の用意がなされていた。
「いただきます」
俺はありがたく朝食を摂る。
なんだかんだ言って、飯を食っている時間が至福のひと時だ。
◇ ◇ ◇
■シャワータイム
朝食の後、いつものようにシャワーを浴びる。
さて、今日は何をするかな?
俺は昨日学校で会った、
かわいかったなー。
でも、どうせ彼氏とかいるんだろうし、まぁ、いなくても俺には無縁だよな。
俺は今まで女の子と付き合ったことなんて一度も無いし、これからも恐らくないだろう。
自分でも、男としての魅力は全くないと自覚してるし。
まぁ、来世に期待するしかないな。
それか、異世界かな。
◇ ◇ ◇
シャワーから上がって、キッチンで烏龍茶を一杯。
そう思って、冷蔵庫を開けると、いつものポットが見当たらない。
「母さん、烏龍茶は?」
リビングの母親に声をかける。
「ごめん、ティーパック切らしてて、作れなかったの。アイスコーヒーでも飲んで」
「りょーかい」
なるほど、それで母親もアイスコーヒーを飲んでいたのか。
毎日同じことをしていても、どこかちょっとずつ違う日常。
むしろ、毎日同じことをしているからこそ気付く些細なこと。
そのどうでもいい変化が、最近の俺は面白いと思うようになった。
◇ ◇ ◇
■後遺症
大きめのグラスにアイスコーヒーを注ぎ、そのまま自室に持ってきた。
さーて、何しようかねぇ。
なにか適当に
そう思い、俺は自室を出る。
廊下に出て気付いた。
聖羅の部屋のドアが閉まっている。
ここ数日、聖羅の部屋のドアは開けっぱなしだった。
それは、聖羅の「おにぃが入りやすいように」という心遣いだった。
しかし、今日は閉まっている。
おそらく、特段の理由は無いのだろう。
開け忘れた、とか。
昨日の夜も普通に聖羅の部屋で一緒にアニメを観たし、その時も何一つ変わった様子は無かった。
だから、きっと、夕方聖羅が帰ってきても、
「あ、ごめん、今日は開け忘れちゃった」とか、
「そろそろおにぃも気兼ねなく聖羅の部屋に入れると思って」などと聖羅が笑ってそう言う光景が目に浮かぶ。
しかし、何だろう。
今の俺には、聖羅の部屋のドアを開ける気にはなれなかった。
聖羅が俺のことを拒んでいる。
そんな気がしてならなかった。
俺は自室に戻って、ベッドに仰向けになる。
白い天井を見つめる。
俺は先日、押入れから眺めた光景を思い出した。
まるで異世界から現実世界を眺めているような、不思議な光景。
自分を客観視できるような錯覚。
それをただ眺めているのは心地よかったが、一方でその光景には「今」しかなかった。
そう、「未来」が見えなかった。
今、聖羅は高校受験のために、一生懸命勉強している。
学校に行けば、3年生は進学のためにお盆休み中も勉強している生徒がたくさんいた。
1・2年生も、昨日出会った陽毬ちゃんみたいに、部活動などに励んでいる生徒もいっぱいいた。
みんな、将来を見据え、今を一生懸命生きている。
俺はどうだろうか?
未来が見えない。
きっと、そのうち高校を卒業し、どこか適当なところに就職するくらいはできるだろう。
しかし、恐らく女性には縁が無いので、生涯独り身で過ごしていくのだろう。
それでも全く構わないと思っていたが、やっぱり情けないよな。そんな人生。
でも、俺にはどうすることもできない。
現実を受け入れるしかない。
◇ ◇ ◇
結局俺は、先日押入れから発掘した古い漫画を読みながら、ダラダラ過ごした。
夕方、聖羅が塾から帰ってきた。
俺は部屋のドアを開けっぱなしにしていたので、聖羅が俺の部屋を通るときに声をかけてきた。
「おにぃ、ただいま~」
俺はベッドに寝転がったまま、返事をする。
「おぉ。おかえり」
聖羅はそのまま自分の部屋に向かっていった。
しかし、すぐに戻ってきて俺の部屋のドアのところからひょっこり顔を出す。
「おにぃ、ごめん。今日部屋のドア、閉めて行っちゃった。まぁ、おにぃもいい加減、私の部屋入るのに、いちいち気使わないか~」
そう言って、笑って聖羅は戻っていった。
聖羅、今すぐ俺を力いっぱい殴ってくれ。俺は一度だけ聖羅を裏切った。だから、殴ってくれ。
……なんて、「走れメロス」じゃあるまいしな。
◇ ◇ ◇
■入浴タイム
夕食後、いつものように浴槽に浸かり、体を延ばす。
今日はいつになく、心が落ち着かない一日だった。
原因は分かっている。
淡い恋心と、それに不釣り合いな、圧倒的に大きい自己肯定感の低さからくる、アンビバレンス。
簡単に言えば、昨日陽毬ちゃんに出会ってしまった後遺症だ。
いつもそうだ。
俺は素敵な女性に会うたび、自分との不釣り合いさを思い、勝手に凹む。
俺もなにか打ち込めるものがあったら、少しは自信が持てるようになるのだろうか?
しかし、高2の夏から何ができる?
あーあ、ため息しか出ないや。
◇ ◇ ◇
風呂から上がって、自室に戻る。
いつもならタイミングよく聖羅が声をかけてくるが、今日は来ない。
些細なことがいちいち気になる日だ。
俺は自分から、聖羅の部屋に向かう。
聖羅の部屋のドアは開いていた。
「聖羅~」
声をかけて部屋を覗くと、どうやら聖羅はベッドで寝ていたようだ。
「あ、おにぃ。お風呂あがった?」
「ごめん、起こした」
「ううん、いいの。アニメ見よう!」
聖羅はベッドからすっと起き上がった。
「疲れてるんなら、今日は良いよ?」
「大丈夫! それに明日塾休みだから、早く寝ちゃったらもったいない!」
まぁ、聖羅がそう言うんなら、いいか。
聖羅がPCを準備する傍らで、俺はいつもの位置に座った。
アニメの続きを再生する。
姫を石化したモンスターは倒したが、24時間は石化が解けない。
聖獣が石化した時は姫のペンダントの中に収容して移動できたが、そのペンダントはもはや姫と共に石化している。
かといって、石化した姫を連れてこの先を進むのは現実的ではない。
よって主人公は、今夜はその場にテントを張ることにしたようだ。
テントの外では聖獣が夜通し見張りを行う。
主人公は石化した姫にもご丁寧に布団をかけて、眠りについた。
翌日、姫の石化魔法が解けると、姫は主人公に感謝した。
どうやら、石化中も意識はあるらしい。
だから、主人公が石化した姫を丁寧に扱っている様子をずっと見ていたらしい。
俺ならどうせわからないからと、ぞんざいに扱って姫の反感を買っていたかもしれない。
アニメを観終わって、俺は自室に戻ろうとすると、聖羅に呼び止められる。
「ねぇ、おにぃ」
「なんだ?」
「明日、聖羅休みだから、どっか連れて行って?」
「どっかって、どこ?」
「どっか、遠く。東京とか」
俺たちの住む街から東京までは電車で30分ほどだ。これを「遠く」というのか?
まぁ、中学生の感覚ではそうだろうな。
「いいけど、勉強は良いのか?」
「一日くらいお休みしたって罰は当たらないでしょ?」
「まぁ、それもそうか。いいよ、連れて行ってやる」
「やったー!」
聖羅は満面の笑みで喜んだ。
「じゃ、明日な」
「うん! おやすみ、おにぃ」
「おやすみ」
俺は聖羅の部屋を出て、自室に戻った。
聖羅が俺を誘って出かけたいなんて、それこそ明日、雨降るんじゃないか?
まぁ、いいや。行先考えなきゃな。
そう考えながら、俺も床に就いた。
◆ ◆ ◆
8月24日 木曜日
晴
陽毬ちゃんに出会った後遺症を聖羅に癒してもらうとか、口が裂けても言えない。
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