第10話 8月22日(火) 押入れ

 朝。


 目が覚めて時計を見る。10時ちょうど。


 今日もほぼ、いつも通りの時間に目覚める。


 健康な証拠だ。



 ベッドから起き上がり、リビングに降りると、母親が洗濯物をたたんでいた。


「おはよ」

 

「あら、起きてきたわね。ご飯食べる?」


「ああ。食うわ」


 

 俺はトイレを済ませ、その後洗面所で顔を洗う。


 再びリビングに戻ると、母親が既に朝食の用意をしていてくれた。


「いただきます」


 俺はテレビを見ながらのんびりと朝食を摂る。


 外は久々の雨。しかも本降りだ。


 いっそこの猛暑を冷却するまで、激しく降ってくれればいいのに。


 中途半端に降られると、湿度が上がって不快度が増すだけだ。


 こんな天気じゃ、今日も引きこもり確定だな。



 ◇  ◇  ◇


 ■シャワータイム


 さて、今日はどうしようか。

 

 雨の中、外には出たくないしな。


 とりあえず、昨日借り損ねた聖羅せいらの部屋のマンガでも読むか。


 よし。今日の予定が決まった。



 ◇  ◇  ◇


 シャワーから上がって、キッチンで烏龍茶を一杯。


 それから自室に戻る。


 外は雨。


 俺はエアコンの効いた快適な部屋から、高温多湿の外の世界を眺める。



 さて、今日は読書にいそしみましょうか。


 早速、漫画を借りに聖羅の部屋へ向かう。

 

 聖羅の部屋のドアは今日も開けっぱなしだった。

 

 聖羅の部屋に入る前に、念のため、周囲を確認する。


 何もやましいことをしていないが、やはり聖羅の部屋に出入りするところを親には見られたくない。



 聖羅の部屋に入ると、素早く本棚より目的の本を手に取る。


 余計なものは見ない。余計なこともしない。


 早くこの居心地の悪い部屋を出たかった。



 部屋を出るときも一応周囲を確認する。

 

 母親はまだ1階のリビングにいるはずだから、何も心配はないのに。



 音をたてぬよう、自室に戻って、ほっと息をつく。


 まるでコソ泥である。



 とにもかくにも、目的の物は手に入った。


 これで今日一日楽しもう。


 俺は早速、漫画を読み始めた。


 

 昼近くになり、母親が俺の部屋に来た。


「そろそろ昼ご飯の準備するけど、冬真はまだいらないでしょ?」


「そうだね。朝食ったばっかりだからもう少しいいや」


「じゃ、お腹空いたら降りてきなさい」


 そう言って、母親はリビングに戻っていった。



 夏休み中、俺がこんなに自堕落な生活をしていても、特に両親は何も言ってこない。


 たまに冗談半分で「ロクな大人にならないぞ」とか「聖羅を見習え」とか言ってくるくらいだ。


 ありがたい。


 まぁ、まだ高校2年生だしな。



 そんなことを考えていると、突然窓にたたきつける雨音が強くなる。


 ひどい雨だ。


 聖羅は今日も自転車で塾に行ったのだろうか?


 大丈夫か? ちょっと心配だ。


 夕方までに雨が止めばよいのだが。



 

 午後2時。


 借りた漫画を全て読み終わってしまった。


 ふと外を見ると、先ほどの豪雨が嘘のように晴れている。


 暑そう……


 やはり、外に出る気にはなれない。


 とりあえず、リビング降りて昼飯でも食おうか。




 ◇  ◇  ◇


 ■押入れ

 

 母親の用意してくれたパスタを食べて、自室に戻ってきた。


 さて、どうしようか?


 俺の部屋にある漫画はどれもこの夏休みで読みつくしてしまったし、聖羅の部屋の漫画はあと、俺が興味なさそうな少女漫画だけである。


 そうだ、押入れの中に古い漫画が入っていたはずだ。


 久しぶりにそれを読もう。


 

 俺は押入れの扉を開ける。


 段ボールやプラスチックケースが所狭しと詰め込まれている。


 

 ……どの箱だ?


 

 プラスチックの衣装ケースは恐らく冬物の衣類だろう。


 その奥の段ボールとなると、一旦手前のケースを出さなくてはいけない。


 おおごとだ。


 だが、他にとくにすることもなく、時間だけはたっぷりあるのだから、のんびり作業をしよう。


 ついでにいらないものもを処分すれば一石二鳥だ。



 まず、手前のケースを一度すべて出す。


 さらに、その奥の段ボールを引っ張り出す。


 中身は旅先で買った土産物など、ガラクタだ。


 さらにその先の段ボールを取り出すために、俺は体を縮めて押入れの中に入る。


 押入れの中は、狭くて暗い。


 しかし、妙に落ち着く。



 押入れの中から見る自室は、見慣れた風景なはずなのに、どこか違って見えた。


 まるで異世界から、自分の生きている世界の一部を切り取って見ているような、そんな錯覚に陥った。


 俺は暫し、そこからの景色を楽しんだ。


 こうしていると、自分のことを客観視できる気がした。



 しばらく俺はその不思議な感覚を楽しんだ後、目の前にあった段ボールを引っ張りながら、自らも押入れから出た。


 現実世界に戻ってきた感覚だ。


 段ボールを開けてみると、果たしてそれはお目当ての箱だった。


 中から古い漫画が出てきた。


 俺はいったん、手前の衣装ケースなどを押入れに戻した後、夕方まで懐かしい漫画を楽しんだ。



 ◇  ◇  ◇


 ■入浴タイム


 夕食後、風呂に入る。


 湯船につかって今日一日を振り返るのが俺の日課だ。


 今日は押入れで不思議な体験をした。


 決して異世界に行ったわけではないが、現実世界を客観視できる不思議な空間がそこにはあった。


 そこはとても居心地の良い空間であったが、唯一気に食わない点があった。


 だがそれは、今は気付かないふりをしておこう。


 さぁ、早く風呂を上がって、聖羅とアニメタイムだ。



 ◇  ◇  ◇


 風呂から上がると、まずいつも通り、両親に上がった旨を伝える。


 俺が声をかけたところで、両親はいつもテレビに夢中の時間帯で、すぐには風呂に入らないのだが。


 そんな両親の横で、俺は烏龍茶で風呂上がりの喉の渇きを潤す。


 すべていつも通り。


 俺は2階に上がっていくと、聖羅が自分の部屋のドアからひょっこり顔を出して、手招きする。


「ちょっと俺の部屋寄ってから行くわ」

 

「うん、待ってる」


 俺は自室に立ち寄り、スマホと聖羅の部屋から借りてきた漫画を持って、聖羅の部屋に向かう。


 ドアをノックする。


「聖羅~」


「どうぞ~」


 俺がドアを開けて入ると、聖羅は既にPCを用意していた。


「漫画、ありがとう」


 まずは借りた漫画を本棚に戻す。


「新しいのも、もう読んだの?」


「うん。ごめん、先読んじゃって」


「それは良いんだけど、中身言わないでね」


「えっと、主人公が最後ねぇ」


「おにぃ!!」


「嘘、嘘! 言わないよ」


 俺は笑いながら、怒った顔をした聖羅の隣に座る。


 俺の部屋で動画を見るときは机の上にPCを置いて観るので、聖羅が折りたたみの椅子を持参で来るが、


 聖羅の部屋はちゃぶ台があり、その上にPCを置いて観るので、床に座る形だ。


 うしろのベッドを背もたれにすると丁度いい。


 昼間、主のいない聖羅の部屋は居心地が悪いが、夜はここ数日で俺もリラックスできるようになった。



 聖羅が昨日の続きを再生する。


 折角借りてきた援軍である聖獣が石化されてしまい、この後どうなるのか?


 どうやら、石化魔法をかけた本人を倒せば、その後24時間で石化は解けるらしい。


 どうなんだ、そのシステム?


 24時間は自分たちの身は自分で守らねばならないということだ。


 厄介な聖獣だ。


 しかし、不幸にも更なる敵が現れた。


 きっと大丈夫だよ。姫、主人公より強いし。


 そう思って見ていたらなんと、姫がモンスターに石化魔法をかけられてしまった!


 間一髪で逃げた主人公。


 あれ、石にされたお姫様、置いてきちゃったんですけど?


 しかも、今回は相手のモンスター倒してないから、姫の石化は永遠に解けないし。


 どーするんだ、主人公!?


 めっちゃ、続きが気になる!



 ◆  ◆  ◆


 8月22日 火曜日

 雨のち曇、時々晴


 居心地の良い空間からみえた現実は、すこしだけ曇っていた。

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