第8話 8月20日(日) 路地裏
朝。
頬をツンツンされる感覚。
「おにぃ。起きて~。朝だよ~」
俺は目を開ける。
「あ、起きた。おにぃ、ご飯の時間だよ。早く起きて!」
そうか、聖羅は俺を起こしに来たのか。
「おう、わかった」
俺は眠い目をこすりながら、ベッドから起き上がる。
「先降りてるね~」
そう言って、聖羅は部屋から出て行った。
時計を見ると、8時半過ぎ。
「まだ8時半じゃん。早えーよ」
どうせ休みなんだし、早起きしたって何もすることなんか無いのに。
そこまで考えて、ふと思い出した。
……そうか、今日は聖羅と買い物に行く約束してたんだっけ。
しゃーない、起きるか。
俺がリビングに降りていくと、両親と聖羅は既に朝食を摂り始めていた。
「あら、
母親が呆れた顔で言う。
「むしろ、早起きだよ。日曜日だぜ?」
さて、顔でも洗ってくるか。
「おにぃに、曜日とか関係あるの?」
背中に聖羅の声を聴きながら洗面所へ向かう。
顔を洗って、朝食に合流する。
「夏休みだからって、遊んでばかりいたら、父さんみたいになるぞ」
父親が呆れ顔で言う。
「父さんみたいって。むしろ子ども二人養って、一戸建てに住んでたら十分だろ。俺は結婚出来る気すらしない」
「おいおい、それじゃ父さんたちの老後の面倒は誰が見るんだ?」
「聖羅、頼んだ」
「パパ、ママ。今から施設に入るお金貯めといて」
「なんてことだ」
がっくりと肩を落とす父。
朝からおかしな家族だ。
◇ ◇ ◇
■シャワータイム
朝食を終えてシャワータイム。
聖羅から曜日なんて関係あるのか? と言われたが、それが関係あるんですよ。
平日は父親が会社だったり、聖羅が塾だったりするので、朝ごはんの時間が早く、俺は起こされることはない。
しかし、休日は家族みんなが休みだから、俺だけ寝ている理由がない。
いつもより遅めの朝ごはんを皆で摂る。
いつもより遅めと言っても8時半くらい。俺にとっては早朝に等しい。
しかも、今朝は聖羅に起こされる始末。
そういえば、聖羅が起こしに来るなんて、珍しいな。
まぁ、いいや。さて、今日はどこの本屋へ行くのやら?
◇ ◇ ◇
風呂から上がって、まずはキッチンで冷たい烏龍茶を一杯。
それから、2階の自室に戻る。
身支度をしていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「おにぃ、入るよ~」
「どうぞー」
聖羅は既にお出かけ準備バッチリの様だ。
「おにぃ、今日どうする?」
「とりあえず、例のマンガ買うだろ?」
「うん。その後は?」
「いや、特に考えてないが」
「え~? デートのプランは男の人が考えるものだよ?」
「聖羅、男はこうあるべきとか、時代錯誤だぞ」
「聖羅はリードされたいタイプなんだけどな~」
「さすが
「もう~! おにぃったら!」
聖羅はふくれっ面をする。悪かったな、ダメ兄貴で。
結局今日は、聖羅のプランで行くことになった。
◇ ◇ ◇
身支度を整えて、聖羅と共に1階に降りる。
リビングでは両親がまったりくつろいでいた。
「パパ、ママ。おにぃと、ちょっと出かけてくるね」
「え? 二人で? 珍しいわね」
母は驚いた顔をする。
「たまにはヒキニートを連れ出そうと思って」
「誰がヒキニートだ!」
最近はそれなりに出かけてるぞ。
玄関を出ると、早速容赦ない日差しと蒸し暑い空気にさらされる。
「あっちー!」
早速おじけづく俺をよそに、聖羅は慣れた手つきで自転車を出す。
「ほら、おにぃも。自転車出して」
「このくそ暑いのに自転車かよ」
「何言ってんの? 聖羅は毎日自転車で塾行ってるんだよ?」
「あー、はいはい」
俺は自転車を引っ張り出して、またがる。
「それでは出発!」
聖羅が颯爽と走り出す。
俺はそれについて行った。
俺の家から駅までは下り坂が続く。
自転車をほぼ漕がずに、生ぬるい空気の中を駆け下りる。
駅に続く道を聖羅は素通りする。
「あれ? 駅の方行かないの?」
俺は前を走る聖羅に問いかける。
「折角だから、このまま自転車で行っちゃおう」
まじかよ。なんでそんな元気なんだ?
ってゆうか、聖羅はどこに向かってんだ?
今日の予定を聖羅に投げてしまったことを、俺は後悔し始めた。
◇ ◇ ◇
■路地裏
神社を過ぎ、川を越え、どんどん進む聖羅。
後をついて行く俺。
おそらく、この先の大きい駅を目指しているんだろうことは予想がついた。
駅ビルの中に本屋もあるし。
そんなことを考えていると、不意に聖羅が止まった。
まさかここが目的地ではないだろう。
「どうした?」
「駅って、どっちだったっけ?」
おいおい、迷子か?
確かにこのあたりの道は昔からの道で、細く入り組んでいる。
「スマホで調べてみるか?」
「いや、方角的にはこっちのはず」
聖羅は細い路地の方を指す。
道幅は車が1台通れるほど。
民家が連なる曲がりくねった道に、俺は俄然気持ちが高ぶった。
この怪しい感じ、良い!
「おにぃ、とりあえず行ってみる? 違ってたら引き返せばいいし」
「そうだな。行ってみよう」
俺たちはこの狭い道に入ってみた。
聖羅はゆっくりと進んでいく。
大きい通りから離れているせいもあって、風の音以外はほとんど感じなかった。
昼間だというのに、誰も歩いていない。
このまま進めば、異世界に通じるのではないかと思うような雰囲気。
いつもの想像が膨らむ。
そして、ふと重大なことに気付く。
今日は俺一人じゃない。聖羅がいる!
この場合どうなる?
考えられるのは3パターン。
俺だけ召喚される。
二人で召喚される。
聖羅だけ召喚される。
俺だけ召喚されるのは、いつも想定しているのとは変わらない。
もし二人で召喚されたら?
これは考えたことも無かった。
だが、悪くはないストーリーだ。
最近、どういうわけか聖羅も俺に対し、接し方が柔らかくなってきた。
兄妹揃って異世界で活躍するのも、なかなかいいじゃないか。
では、もし聖羅だけ召喚されたら?
前を走る聖羅の背中を見て、急に不安になる。
もし自分の目の前で、聖羅が忽然と姿を消したら?
俺は聖羅を助け出す
想像しただけでも恐ろしい。
途中から道がさらに細くなる。
そして、道が二股に分かれるポイントに差し掛かった。
聖羅は迷わず右に進む。
まるで何かに吸い寄せられるように。
俺が不安に思っていると、道の先に人通りが見えた。
異世界の町か?
いよいよ、路地を抜ける。
あれ?
見覚えのある光景。
駅前通りだ。
ここに出るのか?
「やっぱりこっちで合ってた!」
聖羅が自転車を止めて笑顔で振り返る。
「おう、よかった」
ホントによかった。俺は汗をぬぐう。
ここからは人通りが多いので、自転車を押して進む。
お目当ての駅ビルまでもうすぐだ。
近くの温度計は37度と表示されている。
暑くてたまらん。
◇ ◇ ◇
ビルに入ると涼しくてようやく生き返ったようだ。
書店で目的のマンガを購入。
その後、同じビルの飲食店で食事を摂ることにする。
「おにぃと二人で、外でごはんなんて、久しぶりだよね」
「母さんたち留守の間も自炊だったしな」
「そうだ、あの時どっか外に食べに行けばよかったね」
「あぁ、母さんにも言われた」
「あ、でもおにぃのご飯美味しかったから、聖羅は満足だったけどね」
「そりゃどうも」
冷房の効いた室内から外を眺める分には気持ちがいいが、外は地獄なんだろうな。
昼食の後は聖羅のウインドウショッピングに付き合い、そして猛暑の中再び自転車で帰路に就いた。
◇ ◇ ◇
■入浴タイム
俺はゆっくり湯船に体を沈める。
夕食後のリラックスタイムは欠かせない。
炎天下の中の、まるで中学生のデートような自転車での買い物はきつかった。
まぁ実際、聖羅は中学生だからな。
ってゆうか、中学生にプランを投げたのがそもそもの間違いだったか!
俺は今更ながらに、今日の最大のミスに気付いた。
次に聖羅と出かける機会があったら、俺が率先して計画を立てよう。
「ヒキニート」の汚名を返上しなくてはなるまい。
◇ ◇ ◇
風呂上がりの聖羅とのアニメ鑑賞も日課となった。
今日は俺の部屋で見ることになる。
「おまたせ~」
早速、聖羅が折りたたみの椅子を持って俺の部屋に来た。
昨日の続きから再生。
主人公と姫は、件の洞窟に向けて旅に出た。
お供に預かった聖獣は、姫の持つペンダントの中に入った。
二人にピンチが訪れた時には、自由に呼び出せるらしい。
それ以外は飯も食わせる必要もなく、便利なものだ。
夕食。焚火で何かの肉を焼いて食っている。
そんなに都合よく食料が調達できるものか?
そして、夜。テントを立てて寝る。
姫と男女の関係になったりしないのだろうか?
ダメだ、俺の心は汚れている。
その時は聖獣を呼び出されて終わるだろう。
「ねぇ、こんなテントで二人で寝ててさ。姫とエッチなこととかにならないのかなぁ?」
だめだ、この兄にしてこの妹あり。
「きっと、あれだよ。『この私に指一本でも触れたら殺す』とか言われてんだよ」
「ちょっとー! 聖羅の真似しないでー」
そう言って、聖羅は俺のことをバシバシと叩く。
「痛てぇな! なんだよ、聖羅は俺に触れてんじゃねぇかよ」
「聖羅は良いの!」
「なんでだよー!」
◆ ◆ ◆
8月20日 日曜日
晴
異世界に召喚される可能性は俺だけではないことを知った。
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