第7話 8月19日(土) 隠し扉

 朝。


 目が覚めて時計を見ると、9時55分。


 目覚まし時計をかけなくても、おおよそ昨日と同じ時刻に目覚める。


 

 1階に降りると、リビングで両親がお茶を飲みながらテレビを見ていた。


「おはよ。あれ、父さん何でいるの?」


「おいおい、今日は土曜日だぞ」


「そっか。聖羅せいらは?」


「とっくに塾に行ったぞ。寝坊助はお前だけだ」


「いいんだよ。夏休みは休むためにあるんだ」


「まぁ、違いないな」


 そういって、父親は笑った。



 トイレに行った後、顔を洗い、リビングに戻ると母親が朝食を用意してくれた。


「いただきます」



 俺はテレビを見ている両親の横で、のんびり朝食を摂る。


「このあと、お母さんたち出かけるけど、冬真とうまも行く?」


 母親が言う。


「どこ行くの?」


「ららぽーと」


「うーん、いいや。暑いし。二人で行っといで」


 

 今日なんかショッピングモールに行ってもなぁ。


 車で行けば駐車場入るまで時間かかるだろうし、バスか自転車で行くにしても暑いし。


 家でのんびりしてるのが一番。



 朝食を終えて、のんびりしている間に、両親は身支度を整えて出かけて行った。


 さて、シャワーでも浴びますかね。



 ◇  ◇  ◇


 ■シャワータイム


 さて、今日は何しましょ。


 先ほどチェックした天気予報は、最高気温36度予報。


 冗談じゃない。


 家にいよう。


 いつもはシャワーを浴びていると、ふとやりたいことが浮かんだりするが、今日は全くアイディアが出てこない。


 まぁ、こんな日があってもよかろう。


 

 ◇  ◇  ◇


 風呂から出て、キッチンで烏龍茶を一杯。


 その後、自室に上がる。



 さて、どうするかね。


 ベッドに転がって天井を仰ぐ。



 そうだ、聖羅から漫画を借りてこよう。


 俺は再び起き上がり、聖羅の部屋に向かう。


 聖羅の部屋はドアが開きっぱなしだった。


 今朝は急いで出て行ったのだろうか?


 

 昨日とは違い、今日は堂々と入る。


 漫画を借りるという大義名分があるし、何よりも本人の了解済みである。


 了解済みというよりは、そもそも気にもしていない様子だったが。



 早速、お目当ての漫画を何冊か拝借する。


 そして改めて、聖羅の部屋を見渡す。


 

 全体的にきれいに整えられている。


 机の周りに貼られている何枚かの写真。


 男の気配はないのか?


 いたずら心にそう思ったが、写真も全て家族や女友達のものだった。


 もっとも、本当に彼氏でもいたら、俺に対して自由に部屋に入っていいとは言わないか。


 それにしても、家族写真も飾っているのは意外だな。


 やっぱ、女子の気持ちはわからん。



 俺は自室に戻って、漫画を読み始めた。


 

 ◇  ◇  ◇


 ■隠し扉


 4冊ほど読んで、小腹が空いてきた。


 何か食料は無いかと、1階に降りてキッチンを漁る。


 まるで里山の熊だ。



「やっぱこれかな」


 俺はいつも食ってるカップ焼きそばを手に取った。



 焼きそばを作って、自室に持って帰る。


 食べながらだと漫画は読みにくいし、本を汚しても悪いので、PCでアニメを見ながら食べることにする。


 お盆前に観ていたアニメの続きから。


 

 敵に追われた主人公たちは、古い建物に追い込まれる。


 とりあえず、小部屋に身をひそめるが、敵の足音はどんどん近づいてくる。


 絶体絶命。 そう思った瞬間、主人公と一緒にいた少女が寄りかかった棚が動き、中から階段が現れる。


 隠し扉だ。


 主人公たちはその階段に入り、中から扉を閉める。これでひとまずは逃げられそうだ。



 

 なるほど。隠し扉ね。


 これは面白そうだ。


 この部屋にもあるんだろうか?


 なんて、相変わらず馬鹿なことを思いつく。



 とりあえず、本棚を押してみる。


 びくともしない。


 そもそも本棚の後ろの壁の向こうは廊下だ。


 隠し階段など、存在するスペースは無い。



 いや、待てよ。


 それはあくまでも、隠し階段などの場合だ


 その入り口が異世界に続いているとするならば、物理的なスペースなど無用だ。


 やはり確かめたくなる。



 俺は、さっき押した本棚を、ゆっくり引いてみた。


 床に傷つけないように、注意をしながら。


 かなり重いが、動かないことも無い。


 はたして、本棚と壁との間に俺が入れるくらいの隙間が出来た。



 外から覗く限り、何の変哲もない壁だ。


 とりあえず、スマホのライトで照らしながら、その隙間に入ってみた。



 

 すると、そこには!


 異世界の扉が……



 無かったが、下の方にコンセントを発見した!


 今まで本棚の裏にコンセントがあるとは思ってもいなかったので、仕方なく反対側の壁からコードを延ばしていた。


 おかげで俺自身も時折引っかかってしまう「予防線」が張られていたのだが、こちらのコンセントに回せば、ドア前にコードを通す必要がなくなる。


 これはありがたい発見だった。



 俺は早速、本棚の裏にコードを回し、綺麗に配線を整えた。



 そして、最後にまたゆっくりと本棚を壁際に戻す。


 何だろうか、このおかしな充実感。


 自分でも、ちょっと笑ってしまった。



 ◇  ◇  ◇


 ■入浴タイム


 夕食後、いつものようにのんびりと風呂に浸かる。


 異世界の召喚は今日も無かったが、コンセントの発見は大きい功績だ。


 これで部屋の入り口で躓くこともなく、見た目もスッキリする。


 さて、風呂上りに今日も聖羅とアニメタイムだな。



 ◇  ◇  ◇


 風呂から上がって、両親に声をかける。


 そして、冷たい烏龍茶を一杯。


 それから、2階の自室に上がる。



 聖羅から借りていた漫画を持って、聖羅の部屋をノックする。


「聖羅~」


「入っていいよ」


 ドアを開けると、聖羅はベッドの上に寝転がって、本を見ていたようだ。


 漫画か? と思えば、英単語の参考書だった。


 俺と違って、ちゃんと勉強してるんだな。


「風呂から上がって出てきた」

 

「昨日の続き、観る?」


 聖羅はベッドからひょいっと起き上がると、PCの準備をし始める。


「おう。あと、今日、借りた漫画返しに来た」


「あ、本棚に戻しておいて~」


「そうだ、今日、ドア開いてたぞ。朝急いでたのか?」


「いや。ドア開けといた方が、おにぃ、入り易いかと思って」


 え? そうだったの?


「あ、そりゃ、どうも」


 なんか、おにぃ、ちょっとウルっと来たぞ。




 昨日の続き。


 姫を守るはずの主人公が、姫に守られながらようやく村の魔法使いの元にたどり着く。


 魔法の特性を増幅するのは非常に難しい技らしい。


 そして、それには山奥の洞窟にある薬草が必要とのこと。


 で、案の定、そこに行くには魔物がウジャウジャいて、危険だという。


 そこで、主人公たちには特別に、聖獣をお供につけてくれるという。


 

 そんな強い聖獣がいるんだったら、主人公いらなくない?

 

 

 だめだ、このアニメ、妙な中毒性がある。


 明日が楽しみだ。

 


「聖羅、また漫画借りて行っていいか?」


「いいよ~。最後まで無いけど」


「え? 無いの?」


 続き、めっちゃ気になるじゃん! 

 

「うん。ラスト2巻くらい買ってない。明日、買いに行く?」


「聖羅、塾は?」


「明日休み。どうする? 行く?」


「そうだな。続き気になるし」


「おっけー」


 とりあえず俺はある分だけ漫画を抱えて聖羅の部屋を出た。


「それじゃ、おやすみ」


「おやすみ、おにぃ」



 ◆  ◆  ◆


 8月19日 土曜日

 晴


 予防線、撤去。

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