第4話 8月16日(水) 自宅で
朝食。
今日も俺が作る。
メニューはご飯とみそ汁に戻った。
パンとご飯、交互でも良いだろう。
もっとも、明日には両親が帰省から帰ってくるので、俺が朝食を作るのは明日の朝食までだが。
目玉焼きを焼いているタイミングで、
「おにぃ、おはよ。今日もごはん、ありがとー」
「そろそろ出来るぞ。顔洗ってこい」
「うん、行ってくる」
聖羅がまだ眠たそうに洗面所へ向かう。
「卵2個でいいか?」
「うん」
廊下から眠そうな聖羅の声が飛んでくる。
毎日ちょっとずつ違う「日常」が流れていく。
調理が終わり、俺は食卓に食事の準備をする。
「いただきます」
二人そろって、手を合わせてから食べ始める。
「今日はご飯に戻ったんだね」
「おう。パンと交互でもいいかと思って」
「そだね」
俺は朝のニュースを見ながらのんびり優雅に食事を摂る。
「台風抜けたのに、西の方はまだ雨が降ってんだな」
対照的に聖羅は、塾の時間を気にしながら手早く食事を進めている。
「大変そうね。あ、今日から聖羅また塾だから、今日はおにぃ、家にいていいよ」
「おう。ってゆうか、聖羅が塾休みの度に、俺家から追い出されんのおかしいだろ?」
「え? 聖羅は、追い出してないよー。お願いしてるだけ」
「いいか、覚えておきな。そう言うのは『屁理屈』って言うんだぞ」
「テストに出なさそうだから忘れるー。ご馳走様~」
そう言って、聖羅は朝食を終え、慌ただしく2階に上がっていった。
俺は引き続きのんびりと食事をし、テレビを見ながらコーヒーを啜る。
そうこうしているうちに、身支度を終えた聖羅が慌ただしく出かけて行った。
◇ ◇ ◇
■シャワータイム
今日は全くのノープランである俺は、いつも通りのんびりとシャワーを浴びる。
聖羅は夕方まで帰らない。両親は明日帰ってくる。
自宅で一人、のんびりできる最後の日だ。
夕方には買い物に出かけなくてはいけない。
しかし、それまではダラダラと過ごそう。
◇ ◇ ◇
シャワーから上がる。
どこにも出かける予定などないので、Tシャツにハーフパンツというラフな服装で過ごすことにする。
さて、何をしようか。
最近、聖羅とみているアニメの続きが気になるが、一人で先に見るのも忍びないので、我慢する。
さて、何をしようか。
早速、やることが無くなってしまった。
とりあえず自室でPCを開き、動画サイトを覗く。
街中の看板や張り紙、テレビのテロップなどに突っ込みを入れていく動画を次々と観ていたら、あっという間に昼過ぎになった。
一人ではわざわざ飯を作るのも面倒くさいので、昼食はカップ焼きそばで済ます。
腹が膨れると眠くなる。
ちょっとだけ、仮眠。
◇ ◇ ◇
ふと目が覚めると、そこはさっきまでと全く同じ風景。
唯一変わったことと言えば、時計の針の位置くらいだろうか。
午後4時50分。
すっかり夕方まで寝てしまった。
もっとも、夏休みのど真ん中。
加えて特に予定もない俺には、「休みを無駄にした」などという罪悪感を覚えるわけもなく。
強いて言えば、ただ夕食の時間が遅くなってしまうことだけが気がかりだった。
とりあえず買い物に行こう。
俺は簡単に身支度を整えて、出かける準備をする。
家を出る直前、スマホが鳴る。
聖羅からのLINEだ。
「これから帰るね」
これから俺が向かおうとしているスーパーは聖羅の帰り道にある。
これ幸いと俺は聖羅にLINEする。
「ちょうど良かった! スーパーで買い物してきて」
即既読。そして、即返信が来る。
「やだ」
やっぱりな。聖羅を甘やかして育てた親を恨む。
更に、返信が来る。
「おにぃがスーパーまで来るなら、買い物付き合ってあげる」
誰だ、聖羅をこんなツンデレに育てた奴は!
俺は急いで返信する。
「わかった。スーパーの入り口で落ち合おう」
ひょっとして、聖羅をツンデレに育てたのは俺か?
自転車でスーパーに向かう。
自転車を止めて店の入り口に向かうが、聖羅はまだ着いていないようだ。
そう思っていると、中から聖羅が出てきた。
「おにぃ! 暑いから中にいた」
それは正解である。
「おまたせ」
「聖羅も今着いたとこ。ねぇ、おにぃ、今日カレーにしない?」
「あぁ、いいね」
夕飯のメニューが決まった。
ジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、肉、カレーのルウ。付け合わせのサラダ用の野菜。
全部買うとそれなりの量になる。
夕方の買い物客で込み合う店内をようやく抜けて、帰路につく。
◇ ◇ ◇
帰宅。
「これからカレーの準備するから、聖羅は先に風呂入っていいぞ」
「いや、いいよ。カレー作る」
意外な返答だ。
「じゃ、あとよろしく」
「おにぃも一緒に作るの!」
「……あ、そう言うことね。俺に手伝いをしろと」
「違うよ。聖羅がおにぃの作るのを手伝うの」
あくまでメインは俺なのね。まぁ、初めから一人で作るつもりだったからいいけど。
結局聖羅が手伝ってくれたおかげで、スピーディーにカレーが完成した。
「いただきます」
例のアニメを見ながらの夕食。
スパイ容疑の晴れた主人公は、姫の付き人として雇われることとなった。
スパイ疑惑で投獄されたものを、なぜ急に信頼する?
食事が終わった後は、交代で入浴することにした。
◇ ◇ ◇
■入浴タイム
俺は湯船の中で伸びをする。
久々にのんびり過ごした一日だった。
昨日まで俺、何してたんだっけ?
あ、そうだ。「異世界の扉」、探してたんだっけ。
そんなことも忘れるって、俺はアホか?
明日もどうせ予定はないんだ。
暇つぶしに「異世界探し」でもするか。
◇ ◇ ◇
風呂から出て洗濯機を回してから、自室に戻る。
部屋に入った瞬間、コードに引っかかり、転びそうになる。
危ない、危ない。
この部屋、どうも配線がうまくいかず、時折引っかかるのである。
さて、寝るにはまだ早いし、またネットで動画でも見るかな。
そう思っていると、聖羅が部屋をノックして来た。
「おにぃ、ちょっといい?」
「あぁ。どうした?」
「お腹空いた」
俺はズッコケそうになった。
「さっき、カレー食ったばっかりだろ?」
そうは言うものの、今日はカレーとサラダだけだったので、俺も物足りない感はあった。
「……なんか、買いに行くか?」
「賛成!」
俺と聖羅は軽く身支度をしてコンビニに行くことにした。
玄関を出ると、生ぬるい空気が体にまとわりつく。
「うわっ。この時間でもまだ暑いね」
「ほんと、うんざりするよな」
高温多湿。加えて曇っているから星の一つも見えない。
おそらく聖羅が期待していたようなさわやかなお散歩とは程遠いシチュエーションだったが、意外と聖羅はご機嫌だった。
「夜のお散歩ってちょっとワクワク!」
普段、生意気言ってるけど、聖羅もまだ14歳なんだよな。
コンビニでアイスとスナック菓子、リンゴジュースを買って帰宅。
両親の留守中に預かっている財布。大分使った気がするけど、大丈夫だろうか?
そんな俺の心配をよそに、聖羅が「二次会」の準備をする。
リンゴジュースで乾杯。
「ねぇ、おにぃ。今日さ、百均寄ったら、もうハロウィンのグッズ売ってたよ。早くない?」
「は? まだお盆だぞ」
「ね~。でも、あっという間に秋になっちゃうんだろうな」
「で、気付けばクリスマスだよ」
「聖羅の誕生日!」
そう、我が妹は12月24日生まれなのだ。
「で、2月22日がおにぃの誕生日で、それ終わったら卒業かぁ」
「それはちょっと、気が早くないか?」
「おにぃはいつ、進路決めたの?」
「あー、いつだったかな? 忘れたけど、中3の今時期はまだ全然考えてなかったと思うな」
聖羅に言われて当時の記憶を手繰ってみたが、本当に何も覚えていない。
「じゃ、まだ焦んなくてもいいか」
「いや、自他ともに認める自堕落な俺を参考にすると後悔するぞ」
そうだ、俺は自信をもって言おう。今でも将来のことを何も考えていないと。
「でも、ちゃんと高校進学できたじゃん。やっぱ、不安だよ、受験って」
「まぁ、そうだよな」
なるほどな。
聖羅のやつ、今日は珍しく俺について来ようとすると思ったら、不安を吐露したいんだな。
頼りない兄でごめんねだけどな。
◇ ◇ ◇
お菓子とアイスを楽しんだ後は、それぞれ自室に戻る。
とりあえず、することもなく、ベッドに横になる。
全く眠気が訪れないのは、長時間昼寝をしたせいか? それとも珍しく聖羅からまじめな話を聞いたせいだろうか?
おそらく、そのどっちもだろうな。
気づけば廊下からゴソゴソと物音が聞こえる。
聖羅のやつ、何やってんだ?
そう思っていると、聖羅が俺の部屋をノックする。
「おにぃ~」
「おぉ。入れよ」
ドアが開くと、聖羅が布団を持って入ってきた。
「今日、おにぃの部屋で寝る」
「は~?」
何考えてるんだ? わざわざ来客用の布団まで引っ張り出して。
「おにぃ、聖羅が居て何か困ることでもあるの?」
「いや、別にないけど……」
「かわいい妹が一緒に寝てあげるって言うんだから、不満なんてないでしょ?」
そう言いながら、聖羅は俺のベッドの横に布団を敷く。
「そういう問題じゃないだろ」
「大丈夫。おにぃが変な気起こしたら、殺すから」
そう言って、聖羅は侮蔑の眼差しで俺を見る。
俺、何かしたか?
そうこうしているうちに、聖羅は布団を敷き終えた。
「おにぃ、ベッドから降りて」
「え? なんで?」
聖羅は床に敷いた布団を指さして言う。
「おぃにがこっち」
「は? なんで俺が床?」
俺は聖羅に引きずり降ろされ、代わりに聖羅が俺のベッドに入る。
「おにぃは聖羅に、床で寝ろと言うの?」
「おぃ。さすがに血の繋がった身内でもなぁ……」
「おにぃ、電気消して」
「……リモコンはベッドの枕元にありますけど」
「あ、これね」
聖羅が電気を常夜灯にする。
はぁ。俺は大きなため息をつきつつ、仕方なく床に敷かれた布団に入る。
「おにぃ」
「何?」
「聖羅に指一本でも触れたら殺すから」
「はいはい」
そんなに警戒するんなら、黙っていつも通り自分の部屋で寝ればいいのに。
「おにぃ、おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
妹とはいえ、やっぱ年頃の女性の気持ちはわからんな。
まぁ、いいや。とりあえず寝よう。
やや暫くして、聖羅がモゾモゾと動く気配がした。
なんだよ、ようやく眠気が訪れ始めたのに。
やっぱ寝るときは一人に限るな。
そんなことを考えていると、いきなり聖羅が俺の布団に入ってきた。
「は~? おい、おまえ、何考えてる!?」
「やっぱ、今日はおにぃと寝る」
「おいおいおいおい!」
俺は慌てて起き上がる。
「うるさい!」
「いや、うるさいじゃなくて。それに指一本触れたら殺すって言ったの聖羅だろ?」
「うるさい!」
そう言って聖羅は背を向ける。
はぁ~。俺は二度目のため息をついた。
まぁ、いいか。
俺はそのまま再び横になる。
「ねぇ、おにぃ」
聖羅が背を向けたまま、言う。
「どうした?」
少し間があって、聖羅が続ける。
「聖羅、おにぃと同じ高校にしようかな」
え?
俺は一瞬の戸惑ったのち、言った。
「いいんじゃない?」
聖羅は顔をそむけたまま、体だけ仰向けになった。
「おにぃ」
「なに?」
「おやすみ」
「あぁ、おやすみ」
「おにぃ」
「今度は何だ?」
聖羅は相変わらず顔をそむけたまま、俺のTシャツの端を握った。
「ありがとう」
「え? 何が?」
しかし、それっきり、聖羅は何も言わず眠りについた。
◆ ◆ ◆
8月16日 水曜日
晴のち曇
俺は少しくらい、兄らしいことが出来たのだろうか?
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