第3話 8月15日(火) 禁書庫
今朝も朝食は俺が作る。
両親が帰省してからこれまで3日間、毎日同じメニューの朝食を作ったところ、
メインはホットドッグ。
もちろん単に犬を温めたものではない。
昨日買ってきたコッペパンを軽く焼き、レタス、ウインナーを挟み、ケチャップと粒マスタードも用意した自信作だ。
それにスクランブルエッグ、サラダ、コーンスープ。
コーンスープは粉末タイプの即席だが、そこは目を瞑ってほしい。
調理の過程を人に見られたくないので、聖羅がリビングに降りてくる前に準備を終わらせられるよう、急いだ。
ちょうど食卓に並べ終えたころ、聖羅が降りてきた。
「おにぃ、おはよー」
「おはよ。飯出来てるぞ」
俺はそっけなく言う。
「えっ! すごーい、ホットドックだ! おにぃ、すごーい!」
聖羅が満面の笑みで喜ぶ。
よっしゃー! 周到に準備した甲斐があったぜ。
という気持ちは飲み込む。
「まぁ、大したことはねーよ。聖羅が食いたいって言ったから」
「ありがとう~、おにぃ!」
「さぁ、食うぞ。早く顔洗ってこいよ」
「はーい!」
「いただきます」
二人そろったところで食べ始める。
聖羅は俺の期待以上に喜んでくれて、俺も気分が良い。
「おにぃ、聖羅感動したよ! ママたち帰ってくるまで、おにぃがご飯作って! 聖羅、毎日後片付けやるからさ!」
「なんか、割合おかしくない?」
「だって、おにぃの料理、天才的だし、聖羅、受験生だし」
「受験生って言ったらなんでも許されると思うなよ」
「その分、ちゃんと勉強するからさ!」
まぁ、勉強して当たり前なんですけど。
「あ、今日も舞彩ちゃんくるから、おにぃ、お出かけしてきてくれる?」
「あぁ、言われなくても今日は出かける用事があるんだよ」
「おにぃが用事って、珍しくない? 何なら夏休み初じゃない?」
「ほっとけ」
◇ ◇ ◇
■シャワータイム
食後の片づけを聖羅に任せて、俺はシャワーに入る。
夏場は朝のシャワーと夜の風呂がすっかりルーティーンだ。
今日の俺の予定は既に決まっている。
朝起きてからホットドッグを作り、ここまでほぼ完璧に予定通りだ。
今日この後、俺は市立図書館の禁書庫に出向く。
そこで古くから伝わる書物に出会う。
その書物を開くと、そのストーリーへ召喚されるという寸法だ。
問題はどうやって禁書庫に入るのか。
当然鍵はかかっているだろう。
鍵を入手するのは至難の業だ。
……まさか、針金で開く?
望み薄だが、そもそも向こうから俺を召喚したいのなら、案外それもあり得るのかもしれない。
◇ ◇ ◇
身支度を整えて、家を出る。
小雨がぱらつく中、雨合羽を着て自転車に乗る。
まずは針金を調達するため、ホームセンターへ。
自転車で坂道を登っていく。
雨合羽も相まって、蒸し暑さは地獄レベルだ。
ホームセンターへ到着。早速針金コーナーへ。
色々種類があって迷う。
鍵代わりに使えそうな針金はどんな種類なのだろうか?
まさか店員に相談するわけにもいかず、独断で選ぶ。
一応、ラジオペンチとニッパーは自宅から持ってきた。
針金は柔らかいと鍵の役には立たないだろうし、硬すぎると加工が難しそうだ。
程よく扱いやすいと思われるものを選んだ。
◇ ◇ ◇
再び自転車に乗り、いよいよ市立図書館へ向かう。
先ほどの雨とは一転、青空が見えてきた。
今度は容赦なく照り付ける日差しの中を、進んでいく。
途中、コンビニで昼食を調達してから図書館へ。
今日は食事に関しても抜かりない。
図書館に入ると、まずは休憩コーナーで昼食を摂りながら段取りの確認だ。
昨日の失敗を踏まえて、今日は予め図書館のWebサイトで平面図を確認した。
平面図に禁書庫の記載はなかったが、不自然にグレーで塗りつぶされた広いスペースがある。
そこが恐らく書庫だろう。
禁書庫への導線の確認も完璧だ。
あとは実際に実行あるのみ。
はやる気持ちを抑えて、まずはしっかりと腹ごしらえをしておく。
◇ ◇ ◇
■禁書庫
昼食も摂り終わり、いよいよ異世界の扉へ挑む時が来た。
かつてこれほどまでに用意周到、綿密に計画を立てたことがあっただろうか。
自分の中で自信が確信に変わっていくのが分かった。
あぁ、召喚される前ってこんな感じなのか?
一瞬、聖羅の顔が脳裏に浮かぶ。
今朝、聖羅の喜ぶ笑顔が見られて本当に良かった。
さぁ、いよいよ出発だ。
俺は計画通りのルートで図書館内を進む。
怪しまれないよう、ルート上にある推薦図書の特集コーナーに立ち寄る。
時期的に、先の大戦に関する書籍が並べられている。
俺は近くにあった本をさりげなく手に取り、先へ進む。
ついに、目の前に禁書庫と思われるエリアが現れた。
そのまま壁沿いに進む。
ズボンのポケットに手を入れると、予め仕込んでおいた工具と針金が指にあたる。
今日は抜かりない。ここまで完璧だ。
目的の場所に着くと、俺の予想通り、「書庫」と書かれたプレートのついたドアを発見した。
ビンゴだ!
俺は偵察のため、さりげなく一度ドアの前を通り過ぎることにした。
周囲には誰もいないが、監視カメラなどがあるかもしれない。
突入決行の瞬間まで、必要以上に不審な行動は避けたい。
ドアの前を通る。
ドアノブがついているが、カギ穴が見当たらない。
まさか無施錠?
一旦通り過ぎて、近くの書棚の前に立ち、本を選ぶフリをする。
ちょうどそこに、図書館の司書さんと思われる女性が書庫にやってきた。
チャーンス!!
彼女はドアの前に立つと、おもむろに自身のネームプレートをドア横のリーダーにかざした。
次の瞬間、ピッという短い電子音がする。
そして女性はドアノブを回しドアを開け、中へと入っていった。
ICカードキー!!
……ですよねー。
時代は令和。
針金でドアが開くなんて、ルパンの時代じゃあるまいし。
俺はポケットに手を突っ込み、もはや無用と化した針金を握りしめた。
自分の愚かさと浅はかさに意気消沈し、とりあえず閲覧スペースに戻った。
午後1時半。
帰るにはまだ早すぎる。
先ほど手に取った書籍を読むことにしよう。
◇ ◇ ◇
ポケットの中でスマホが静かに振動する。
画面を開くと聖羅からのLINEだ。
「おにぃ、何時に帰ってくる?」
気づけば午後5時を過ぎていた。
俺は急いで本を返却し、帰路に就く。
途中買い物をして帰宅。
「おにぃ、おかえり! 今日は遅かったね」
「まぁな。これから急いで飯作るから、聖羅は先に風呂入ってこい」
「りょーかい。お先にー」
聖羅を風呂に促し、早速調理。
今日は時間が無いので、簡単に作れるものを選んだ。
麻婆豆腐に棒棒鶏。どちらも市販の「中華の素」を使って簡単にできるレシピだ。
◇ ◇ ◇
「いただきます」
夕食。
「おにぃ、毎日すごいね!」
「いや、今日は『中華の素』使った簡単料理だよ」
「それでもすごいよ! 今日も昨日のアニメの続き見ていい?」
「あぁ、良いよ」
ってゆうか、続き気になるし。
盗賊に絡まれているところを姫に助けられた主人公。
しかし、その世界の人から見れば奇異な服装をしていることから、スパイ容疑をかけられ、牢獄へ。
渡りに船かと思えば、むしろ泣きっ面にハチ。
やはり異世界生活も楽ではないな。
◇ ◇ ◇
■入浴タイム
昨日の反省を生かして、綿密な計画を立てて挑んだ禁書庫。
まさかICカードという「オチ」が待っているとは。
もちろん、アナログの鍵だったとしても、本当に針金で開くかと言われると、それも馬鹿げた話か。
折しも終戦の日。
大戦にまつわる書籍に出会えたことが今日の収穫か。
◆ ◆ ◆
8月18日 火曜日
雨のち曇
ICT化の進む令和の世で、先の大戦の愚かさを知った。
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