第2話 8月14日(月) 美術室

 朝。俺が朝食を作っていると、ようやく聖羅せいらが2階から降りてきた。


「おにぃ、おはよ。ごはん、ありがとー」


「こら聖羅、遅いぞ」


「顔洗ってくる」


 眠そうな目をこすりながら聖羅が洗面所へ向かう。


「あ、目玉焼きの卵何個にする?」


「2個ー」


 廊下から眠そうな聖羅の声が飛んできた。

 

 俺は食卓に食事の準備をする。


 両親が帰省してから、朝のメニューは毎日同じ。ごはん、みそ汁、目玉焼き、ウインナー。それにコーヒーと牛乳だ。


 それらを食卓に並び終える頃、聖羅が戻って来た。




「いただきます」


 二人揃って手を合わせてから食べ始める。


「おにぃの作ってくれるごはん、おいしいんだけど、そろそろ同じメニュー飽きた」


「じゃぁ、明日から聖羅が作れ」


「えー、聖羅はおにぃの作るごはんが食べたいんだよぉ~」


 出た、殺し文句。その手には乗るか。


「勝手なことを言うんじゃねぇ」


「嘘じゃないよ。それにね、聖羅最近思うんだ。いつか、おにぃにも彼女が出来たらどうしようって」


「……なんで彼女いないこと前提で話してんだよ」


「え? おにぃ、彼女いるの?」


「いねぇーよ」


 悪かったな、まったく。まぁ、気にもしてないが。


「よかった! じゃぁ、明日の朝は聖羅のために新しいメニュー考えてね」


「どういう文脈だよ。それにな、母さん達が出発した日に、ウインナーの『お買い得パック』買っちゃったから変更はムリ」


「えー。そしたらさ、せめてパンにしない? ウインナーあるんならホットドッグとか!」


「そんなの、その辺の犬を捕まえて、温めて食えばいいだろ?」


「……そんな料理は無い。ってゆうか、まさか、おにぃ、ホットドッグ知らないとか?」


「んなわけあるかい! あれだろ? 細長いウインナーに、パンを挟むやつだろ?」


「……おにぃ、逆だよ、それ」

 



 朝食が終わると、いつもの謎ルールで聖羅が食器を洗ってくれる。


「聖羅、塾の時間大丈夫か? 洗い物代わるか?」


「塾今日休みだから、大丈夫」


「あ、そうなんだ」


 どうりで。いつもの聖羅は朝も朝食前にシャワーを浴びているが、今日はのんびりしていると思った。


「今日、家で友達と勉強するから、おにぃ、どっかお出かけしてきて」


「は? 俺にこの猛暑の中、家から出て行けと?」


「そんな人聞きの悪いことは言ってないよ」


 いや、ほぼ同義で言ってるって。


「もしかして男か?」


「バカ。女の子よ。舞彩まいちゃん」


「可愛い?」


「うん、可愛いよ」


「芸能人で言うと、だれ似?」


「うーん、橋本●奈ちゃんに似てるかな」


「マジ!?」


「声が」


「え? 声が?」


「うん。声が似てる」


 声だけかー。


「いや、目を瞑ってれば声だけでもイケる!」


「変態! とにかく変態の兄を舞彩ちゃんに会わせる訳にいかないから出て行って」


「このクソ暑いのに、どこで時間を潰せと?」


「いつだか、フリー切符で一日中ユーカリが丘線の電車乗ってた人いたよ」


「ユーカリが丘線は冷房が無いことで有名なんだよ!」


 俺はそんな猛者じゃねぇ。とりあえずシャワーを浴びることにした。


 

 ◇  ◇  ◇


 ■シャワータイム


 それにしてもどこで時間を潰そうか?


 夕方までだろ? どこに行くにも金がかかるし。


 一日中いられる場所。


 イオンのフードコート…… じゃ、怪しまれるよな。


 普通に迷惑だし。


 金もかからず、且つ怪しまれず、迷惑もかけず、快適に時間を潰せる場所。

 

 そうか、学校に行けばいいのでは?


 学校までは定期もあるから交通費掛からないし。


 生徒だから怪しまれないし、迷惑も掛からない。冷房もある。

 

 完璧!


 ◇  ◇  ◇


 7月21日以来の制服に袖を通し、家を出た。昨日に引き続き今にも雨が降り出しそうな曇天ではあったが、気温が高く湿気が酷い。


 不快指数MAXの中、自転車で最寄り駅へ。そこから電車・バスを乗り継いで高校に向かう。


 夏休みの校舎はひっそりとしていた。とりあえずあてどなく、俺は図書館に辿り着いた。


 

 図書館の入り口に立った俺は、愕然とした。

 

 『ゾーショテンケン』って何やねん!


 そんなの、休みの日にやれや!


 ……今日がその『休みの日』か。


 自習したい生徒は空き教室を利用するよう案内が張ってあった。



 仕方なく、教室のある棟へ向かう。


 空き教室ではチラホラ勉強をしている生徒が見受けられた。


 どうやら冷房も使えるらしい。まさに捨てる神あれば拾う神ありだ。


 俺はいくつかある教室のうち、一番生徒の少なそうな部屋を選んだ。


 多くの生徒は緑色のラインの上履き。3年生だ。


 大学進学のための受験勉強だろう。


 俺と同じ青色のラインの上履きは少数派。


 2年生でこの時期に学校にいるなんて、俺ってちょっと意識高い系に見られる?


 ……まぁ、どうでもいいけど。


 そもそも、教科書もノートも持ってきていない俺は、むしろ完全に浮いてる。


 とりあえず、タブレットを開いて勉強するフリでもするか。




 そう言えば、校内で異世界につながりそうな所ってどこかあるか?


 うーん、怪しげな場所……


 理科室、音楽室、美術室……


 イメージ的に美術室が一番怪しそうだな。中世の異世界とも親和性ありそうだし。


 よし、美術室にでも行ってみるか。


 

 ちょっと待てよ? 腹減ったな。


 時計を見ると13時30分。そりゃ腹も減るわな。


 腹が減っては戦が出来ぬ。まずは腹ごしらえだ。


 というわけで、俺は学食に向かった。


 

 なぜだ。


 なぜ、16日まで休むんだよ、学食さんよ。


 俺がこの世界でチート級の能力を身につけたら、まずはこの国の『盆システム』の改革から行うこととしよう。


 ともあれ、この学校内ダンジョンで、食料を探さねばならぬ。


 望み薄だと分かっていながらも向かった購買は、予想通りやっていなかったが、自販機でカロリーメイトを発見!


 何とか食べ物と飲み物はゲットできた。


 ひとまず空き教室に戻って昼食を摂ろう。



 ◇  ◇  ◇


 ■美術室


 空腹が満たされたところで、いよいよ美術室へ出発。


 美術室の正確な位置は定かではないが、いつも授業を受けている教室のある建物ではないことは確かだ。


 渡り廊下を通って別の棟へ向かう。


 こちら側の建物は普段利用することが無いので、なじみがない。とりあえずワンフロアーずつ探索してみることにした。


 が、一向に美術室が見つからない。


 それどころか、人っ子一人歩いていない。


 もちろん誰かに合ったところで『美術室どこですか?』と聞けば怪しまれるだろう。

 

 ってゆうか、この棟をこうしてひとりで歩いていること自体、十分怪しくないか?


 気づけば、なぜ俺は校舎で『一人RPG』をやってるんだ?


 とりあえず、元の教室に帰ろう。



 ◇  ◇  ◇


 元の教室に戻って来た。


 今日はロスが多すぎる。


 やはり行き当たりばったりではダメだ。綿密な計画を立てよう。


 『死なずに異世界に行けるスポット』


 これを何としても見つけ出したい。俺は手元のタブレットであれこれと検索を始めた。


 鏡、エレベーター、図書館……


 図書館の禁書庫。


 おお! これは異世界のにおいがプンプンするな。


 学校の図書館は明日もやっていない。


 市立図書館はどうか? よし、やってる!


 明日、決行だな。


 さて、そろそろ16時近くになってきた。


「もう帰っていいか?」


 聖羅にLINEする。


「いいよ! ありがとう。 今日の晩御飯は聖羅が作るから、おにぃは材料買ってきて」


「りょーかい」


 聖羅からはナポリタンの材料リストが送られてきた。ついでだからもう一品、何かつけるか。


 俺は軽い足取りで帰路に着いた。



 ◇  ◇  ◇


 買い物を終えて帰宅すると、聖羅はリビングでうたた寝をしていた。


 テーブルの上にはノートと参考書を広げたままである。


 ちゃんと勉強してたんだな。


 俺は聖羅を起こさぬよう、買ってきた食材を静かに冷蔵庫にしまっていると、聖羅が起きた。


「あ、おにぃ。帰ってきてたんだ」


「今帰ってきたところ。ゴメン、起こした」


「いや、そろそろ起きようと思ってたから。ご飯作る前に先にお風呂入っていい?」


「あぁ。たまには一緒に入るか?」


「は? マジ、キモイ。最低」


 聖羅が心底軽蔑する眼差しで俺を睨んできた。


「冗談だよ、冗談」


「冗談でもキモイ。無理」


「あー、分かった、分かった。早く風呂に入って来い。その間に俺が飯作るから」


「え? おにぃがごはん作ってくれるの?」


 聖羅が突然態度を反転させて笑顔になる。


「おにぃの彼女になる人は、ホント幸せ者だね。まぁ、彼女が出来ればの話だけど」


「うるせぇ。俺だっていい人が現れればすぐに彼女できるさ」

 

「どーだか。おにぃって威勢よく言ってても、いざその場になるとへこたれるからね」


「そんなことねぇよ!」


「それよりさ。ねぇ、おにぃ」


「なんだよ!」


「ご飯作ってくれるんなら、今日特別に、一緒にお風呂入ってあげてもいいよ」


「え? お、お前、何言ってんだよ、急に……」


「……ほらね。そう言うところだよ、おにぃ」


 そう言って聖羅は2階に上がって行った。


 あいつ~!!




 聖羅が風呂に入っている間、俺は夕飯の支度をした。聖羅のリクエストであるナポリタンに加え、タラのムニエル、サラダ、コンソメスープをササっと作る。


 スープは市販の即席スープ。サラダも買ってきたカット野菜。相変わらずの手抜き料理だ。


 聖羅が風呂から出て身支度を整えるタイミングにギリギリ間に合った。


 「めっちゃ美味しそう! おにぃ、大好き~!」


 やめろよ。ニヤけるだろ。


 俺は聖羅を無視して、カトラリーの準備を進めた。



「いただきます」


 二人そろって手を合わせて、夕食スタート。


 今夜も昨日の続きの異世界アニメを見る。


 町の路地裏で盗賊に絡まれる主人公。そこを通りかかった美少女によって助けられる。


 彼を助けてくれた美少女こそが、この国の姫だった。


 んなことあるか~い!!


 解せない。



 ◇  ◇  ◇


 ■入浴タイム


 湯船につかりながら、俺は考える。

 

 今日は何もかもうまくいかなかった。


 図書館は蔵書点検で休館。


 学食も購買もお盆休み。


 挙句の果てにお目当ての美術室は見つからない。


 しかし、どれも事前に調べておけば分かることだったのではないか?


 やはり、行き当たりばったりじゃだめだ。周到に準備をしないと。


 それが分かったことが今日の唯一の収穫か。



 ◆  ◆  ◆


 8月14日 月曜日

 曇時々晴


 何事も周到な準備が必要であることが自覚できて良かった。

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