開け! 異世界への扉

まさじろ('ぅ')P

第1話 8月13日(日) 墓参り

 ――蒸し暑いなー。


 俺は、今にも雨が降り出しそうな分厚い雲を睨み付けた。


「おにぃ、このバケツと花、持って」


 妹の聖羅せいらが花屋から出てくる。


 花屋と言っても、決してお洒落なもんじゃない。ここは霊園の一角にある、仏花を扱う茶屋だ。


 俺は言われるがままに、聖羅から手桶に入った仏花を受け取る。


「しっかし、蒸し暑いな。札幌の母さんたちが羨ましいぜ」


 2月に北海道に住む母方の伯父が亡くなり、今年は初盆ういぼんと言うことで、両親は札幌に帰省中である。


「でも今日は、札幌も最高気温30度って朝の天気予報で言ってたから、千葉こっちとそんなに変わんないんじゃないの?」


 俺と聖羅は茶屋を出て、霊園内を歩いて墓所へ向かう。


「でもいいよね、夏の北海道。聖羅も行きたかったな~」


「そうだよ、聖羅も行けばよかったじゃん」


「仕方ないでしょ。塾の夏期講習あるんだから」


 聖羅は中学3年生。今年は受験生なので、レジャーはお預けだ。


「おにぃこそ、高2でヒマしてるんなら、パパとママと一緒に行けばよかったじゃん」


「いや、いいよ。母さんの実家、エアコンもネットも無いし。それに、兄としては聖羅を一人にしていくのは心配だ」


「きもっ! このシスコン」


 聖羅は露骨に嫌な顔をする。


「うるせぇ」



 霊園はそこそこ広く、茶屋から墓所までは歩いて10分ほどかかる。あいにくの曇天で日が差していないだけマシだが、湿度が高く蒸し暑い。


「しかし何で急に墓参りなんて言い出すんだよ」


「聖羅の合格祈願よ」


「は? 合格祈願? 神社じゃねぇんだぞ?」

 

「いいじゃない。お盆なんだから。ご先祖様も帰ってくるし。見ず知らずの神様よりも、ご先祖様の方が可愛い孫の為なら、願い事かなえてくれるんじゃない?」


「お前なぁ。ご先祖さんが帰ってくるんだったら、わざわざ墓まで行かなくても家に居りゃいいじゃん」


「ダメよ。ちゃんとお墓にお迎えに行かなくちゃいけないのよ」


「あーそうでっか」


 俺は『盆』のシステムをよく理解していないが、聖羅の話によると、この期間、先祖は『この世』と『あの世』を行き来できるらしい。


 ってことは、『こっち』からも何処か違う世界に行けたりするのか?

 

 だとしたらこれは面白いな。


 俺は別に、今の生活に何の不満もあるわけじゃない。毎日平穏に暮らしていて、特に退屈だとも思わない。


 むしろ、新しい刺激なんて全く求めていない。新しいことを始めるなんてなんだか面倒くさそうだし。


 でも、仮に。仮にだ。


 突然、どこか異世界に召喚されたら?


 そして、チート級の能力を身につけていたら?


 それはそれで、楽しい日々を暮らせるんじゃないか?


  ◇  ◇  ◇

 

 ■墓所


「おにぃ、行き過ぎ! ここだよ、うちの墓は」


 聖羅に声をかけられ、はっと我に返った。


「わりぃ。墓なんてどれも一緒に見えて見過ごしたわ」


「大丈夫? ぼーっとしてたけど。 まさか熱中症じゃないよね?」


 聖羅が心配そうに俺の顔を覗きこむ。


「いや、大丈夫。考え事してただけだから」


 まずは墓の掃除からだ。周りの雑草を抜く。


 聖羅が雑巾で墓石を拭いている間に、俺は線香を包んでいた新聞紙を丸め、マッチで着火。


 そして線香に火をつける。


「おにぃ、こっちはOKだよ」


「おう」


 火のついた線香を仏花の間に供えて準備完了だ。



 俺と聖羅は墓石に向かって手を合わせ、目を瞑り、こうべを垂れる。


 視界を遮ると聴覚が過敏になる。


 カラスの声がうるさい。


 もし、目を開けて、そこが異世界だったら?


 気持ちを集中させると、だんだんとカラスの声もフェードアウトしていく。


 意識を集中して、そう、今だ!



 俺はパッと目を開いた。

 

 目の前には大きな御影石。そこには文字が彫られている。


 

 ――早坂家先祖累代の墓


 

 そう。それは、先ほどと全く同じ風景だった。


 そりゃそうだよな。


「おにぃ、お祈り長かったね。 何お願いしたの?」


「願い事なんてしてねぇよ。神社じゃないんだから」



 ◇  ◇  ◇


 帰り道。


 両親がいない間は自分たちで食事の支度をしなくてはいけない。


「聖羅、晩飯どうする?」


「おにぃ、作ってー」


 あぁ、いつもの『甘えん坊モード』発動か。


「昨日も俺、作ったじゃん」


「だって、おにぃのご飯、おいしいんだもん!」


 聖羅の魂胆は分かってはいるんだが、そう言われると、俺だって悪い気はしない。


「何かリクエストある?」


 この一言で食事係から解放された聖羅の笑顔は、さらに明るくなった。


「聖羅ね、冷やし中華が食べたい! あと、唐揚げ!」


「揚げ物は怖いからな。普通に肉焼くだけでいい?」


「いいよ~」



 ◇  ◇  ◇


 夕方。聖羅が先に風呂に入っている間、俺は夕飯の準備をした。


 最も冷やし中華は具材を切り、麺を茹で、市販のタレをかけるだけ。肉は塩コショウで焼くだけのシンプルな調理だ。


 ちょうど盛り付けを終えて食卓に運ぶ頃、聖羅が風呂から上がって出てきた。


「わ~! 美味しそう!」


「まぁ、簡単レシピだけどな」

 

 カトラリーを揃えて準備完了。


「おにぃ、テレビ見たいのある?」


「いや、特にないから聖羅が好きなの見ていいよ」


 聖羅はテレビのチャンネルを次々に変えていくが、どうもお気に召すものがないらしい。


「聖羅、テレビつまんない! ネトフリ見ていい?」


「あぁ。どうぞ」


 早くしてくれ。俺は腹が減ってるんだ。冷やし中華も麺伸びるし、肉も冷める。


「このアニメ見てみようかな。 おにぃ、異世界モノって興味ある?」


 めっちゃ興味あります! めちゃくちゃ観たいです! さすが我が妹よ!

 

「まぁ、聖羅の見たいので良いよ」

 

 と、冷静に兄貴面してみたり。


 結局、聖羅の選んだ『異世界ものアニメ』を観つつ、夕食をとる。


 


 聖羅の選んだアニメの主人公は、俺と似たような冴えない男子高校生。


 物語の序盤でトラックに轢かれるという王道パターンで異世界に転生。


 しかも、異世界に転生しても大した能力も武器も与えられないというお粗末さ。


 こいつ、どうするんだ? この先。


 続きが妙に気になる。



「ごちそうさま~! 美味しかった」


 聖羅はご満悦の様子だった。

 

「それはどうも」


「おにぃがご飯作ってくれたから、聖羅が後片付けするね」


 という謎ルールで、俺は家事から解放された。


「おう。じゃ、あと頼むわ」

 

「おにぃ、お風呂入ってきていいよ。上がったら洗濯機まわしてきて」


 ――まだ家事から解放されてなかったらしい。


「洗濯? 面倒くせぇな。聖羅も年頃なんだから『お兄ちゃんの洗濯物と一緒に洗わないで!』とか無いのか?」


「え? 別にいいよ、おにぃだから。それに自分で洗濯する方が面倒くさいし」

 

 ……とりあえず、風呂にするか。



 ◇  ◇  ◇


 ■入浴タイム


 湯船につかり、ぼんやりと考える。

 

 やっぱり、異世界に転生するには、トラックに轢かれるのが鉄板なのか?

 それじゃ、死んじゃうじゃないか。


 あ、『転生』ってそう言うことか。


 もっとも、今死んで何か困ることあるか?

 やり残したことも無いし、彼女とかいないし。

 

 この世に未練があるとするならば、聖羅と別れなきゃいけないことくらいか。

 それは困るな。


 できれば、死なずに異世界から召喚されたいんだけど。


 結局、今日はご先祖さんに願っても召喚されなかったしな。


 まぁ、そう簡単に異世界なんか行けるわけないよな。


 盆に先祖の墓参りが出来たから良しとするか。



 ◆  ◆  ◆


 8月13日 日曜日

 雨のち曇

 

 今日は久々に先祖の墓参りができて良かった。

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