擬態

不気味な生き物の事が頭から離れない。

鱗の有る体・・

林と同じ顔・・

ぴくぴくと震える足・・

生気のない目・・


林君は悪くないのだが・・

彼の顔を見るとゾクッとしてしまう。

どうしてもあの怪物と被ってしまうのだ。


食事の後、食堂でぼんやりと考えていた。

あれは確実に殺せたのだろうか?


渡辺君が前に座った。

「あの事が気になってしょうがないんです。あれは死にましたかね・・」


「私もそれを考えていたんだ。確実に殺しとけば良かった。それにあの魚、見ている間に変身が進んでいただろう?クネクネピクピク・・不気味だったよな。」


「林に会うと・・つい、こいつ本物?って思っちゃうんです。気が付きました?あの怪物は手袋をしていましたよ。林の手袋まで真似ていたんですよ。」


「着ている物まで真似るのか?どうして?」

「真似たいのでしょうね。とにかく同じに成りたいのでしょう。」


「どうして渡辺君じゃあないの?君だって良いんじゃあないか?何でいつも林なんだ?」


「僕ですか?僕は弱そうですからね。」


「弱そうな者には変身しないのか?昆虫かよ。」


「あ!それですよ! 強いものに似せて自分を守るんです。 あああ!! 林は魚を取りまくっていましたよね! 奴から見れば林は強いんですよ!だから林に変身しようとしたんですよ!これは擬態ですよ。」


「擬態だとしたら・・俺たちを襲ったりしないのかなあ?」


「どうでしょうねえ、相手を油断させてパクってやる奴もいますからね・・」


「それは昆虫だろ?」


そして、それから暫くすると別荘の前の川で異変が起きた。パンツを履いた沢山の林が泳いでいるのが目撃されたのだ。それらは、まるで本物の林のように、その潜り方まで真似をしている。時々顔を出して息継ぎをする所まで、林そっくりに似せているのだ。20センチぐらいの小さな物から1メートルを超えるものまでサイズは様々だった。


その様子は、不気味と言えば不気味なのだが、何かバカバカしくて笑えた。彼らは水から上がることもなくただ泳ぎ回るだけなので、陸上でバッタリ別の林に出会う心配は無さそうだ。もしも出会ったとしても30センチのミニチュアだったらどうすれば良いのか、モグラ部隊では暫くこの話題で盛り上がったのだった。


確かに此処では林君が最強だ。

だから奴らは林に擬態すれば安全だと思っているのだろう。だとすると、何に対して安全なのだろうか。彼らを捕食する生き物が居るのだろうか・・


    ◇  ◇



林はあれ以来すっかりメンタルをやられてしまい部屋でゴロゴロしているのだそうだ。私は彼を元気付けようと林の部屋を訪ねた。


「林君よ、皆んな魚の焼き物とか刺身が食いたいって言うんだよ。又チョイチョイと釣って来てくれないか。」

「俺は嫌ですよ。ミニチュアの俺がたくさん泳いでいるんですよ。俺と目が有ったらどうするんですか? 社長が行けば良いじゃあ無いですか。ここの魚はスレて無いから簡単に釣れますよ。」


「そうか・・それじゃあ私が釣ってくれば君が料理をして呉れるんだよな。」

「ええ、料理はやりますよ!好きですからね。」



私は林の釣り道具を借りて渡辺と一緒に釣りに出かけろ事にした。もちろん林が泳いでいない上流に出かけたのだ。林に化けた魚は上流に行くほど少なくなり2キロも遡ると全く見られない。


我々が川岸を歩いていると、時々足元の石が飛び上がる。そして水の中にポチャンと落ちるのだ。

ひとつの小石が飛ぶと、次々と連鎖的に小石が飛び上がり、ポチャポチャと水の中に飛び込む。

不思議に思ってよく見ると小石に擬態したカエルだった。


「何これ!このあたりの小石は殆どカエルみたいですよ。」


「擬態かよ。だから生き物が見えないのか・・」


私が捕まえてひっくり返すと、表は石にそっくりだが裏から見ればカエルによく似た生き物だ。水の中に放り込むとスイスイと泳いで深みに姿を消す。


「だいぶ歩いたな、このあたりで釣ろうか。」

私は手ごろな岩の上にに荷物を下ろそうとした。するとその岩がズルズルと水の方に動いてドボンと水しぶきを上げて川の中に飛び込んだ。

「今のは何ですか?」


「これも何かの擬態だろうな。しかし化け方が見事でぜんぜん気が付かなかった。この星では擬態は普通の事のようだな。」


「ですねえ。ほら、この小さな砂利も触ると逃げ回りますよ。上手く化けてるなあ、どう見ても生き物に見えないですよ。」


我々は適当な場所に陣取り、竿を組み立てて釣りを始めた。

小麦粉で親指ほどの団子を作りその中に針を隠して投げ込む。すると直ぐに竿が引き込まれ、糸がキリキリと音をたてる。岸に寄せて引き上げると40センチもある魚がバタバタと暴れる。それを頭からバケツの中に放り込むのだ。


ギーーと渡辺の竿が弧を描く・・

「わーっ竿が折れそうです・・・これはデカイ・・」

渡辺もテンションが上がってくる。林が作った釣竿はカーボンとプラスチックのハイブリッドでとても丈夫だ。魚は次々と釣れて1時間ほどで2つのバケツは満杯になる。バケツには尾を上にした魚が入っている。

「釣れましたねえ。これを別荘まで運ぶのが大変ですねえ。」

と渡辺が言う。


重いバケツを持って何とか別荘に帰り着くと林が出てきた。

「おお!やるもんですね。こんなに釣ってくるとは思わんかったわ。」

林は2つのバケツを軽々と台所に運び、早速料理を始める。


まな板の上でバタバタと魚が暴れる。

「おお!生きが良いなあ!」

アウトドアマンの林はさすがに手際が良い。料理をしているうちに林の調子が上がり本来の林に戻ってくる。

「これはデカいねえ!これを刺身にしようか!あ、そっちはひっくり返してくれ!焼き過ぎるなよ!」


刺身・焼き物・酢絞め・煮物と次々と料理が出来上がる。

その頃にはすっかり林のメンタルは回復したようだ。

私はこの日の為にお酒も用意していて、その夜は全員で久々に盛り上がったのだった。


その事があって数日たつと、別荘の前の川に異変が起きた。川の中の林が突然消えてしまったのだ。大きい林も小さな林も、何処にも居なくなったのだ。そして、その代わりに、たくさんの私のミニチュアが泳ぎ出したのだった。




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