ケプラー34bベースキャンプ

待ちに待ったその日が来た。

我々はバギーに資材を積み込んでケプラー34bに送り込んだ。渡辺が準備した資材は多く、運搬用バギー2台で8往復もした。そして川べりの少し高い所に3日がかりで資材をくみ上げた。


基地建設と言うような事になるとモグラ隊のする事はレベルが違うのだ。それはロッジというレベルではなく高級な別荘のような外観になっていた。外には広いテラスが付いていて、そのテラスに全員が集まった。

そして、準備したお酒で基地の完成を祝う。


私が乾杯のスピーチをする。

「しかし、考えてみればこの衛星の存在は誰にも知られていない。ネットで検索しても出てこないし、宇宙の専門家も知らないのだよ。知っているのは我々13人だけだ。こんな幸運はそうあるものでは無いだろう? まあ、いずれは本部へは報告することになるのだが、しかし・・私はとうぶん報告する気はない。解るかな? 私が報告するまでは、ここは存在してないのだよ。つまり完璧な我々の秘密基地だ。固い事を言う気はないので、別荘のつもりで楽しんでくれ。それでは乾杯!」


ヒョーウと歓声が上がり乾杯する。「社長は話が分かるよな!」と誰かが言う。

いや、そうではない。私がそうしたいだけなのだ。


林が興奮して言う。

「この川には魚がいるんだよ。俺が釣り具を作って来たんだ。大物を釣りあげて今夜はBBQをしようぜ!」

「それは良いねえ!」

と誰かが言い、林を先頭に何人かが釣竿を持って釣りに出かける。



私はテラスで椅子に座って渡辺君と話している。

空には連星の一つが地平線に沈みもう一つの太陽がその後を追う。

この衛星の1日は早いのだ。


来月になると巨大農業ドームの建設が始まり、我が社からも30人の増援部隊がやってくる。来月にはモグラ部隊も43人の大所帯になるのだ。

その農業ドームの建設資材を作るために中国の建材会社が新たに火星に工場を作り、ドイツの科学チームとプラント設備を稼働させている。



渡辺はドイツチームのリーダーのノアと友人であり、そのツテで今回の建設資材を調達したのだ。


「でもさあ・・こんな資材を大量に科学チームに注文したら怪しまれないか?」

と私が聞く。

それに答えて渡辺が言う。

「科学チームの研究室の横に予定外のカフェバーを作ってやったでしょう。モグラ隊も彼らには便宜べんぎを図っていますからね・・まあお互いに持ちつ持たれつですよ。」


渡辺は頭が良い、何事にも抜かりはないのだ。

渡辺が言う。

「例の板の部屋なんですがね・・吉田と河合を連れて、林君抜きで行ってみたんですよ。そうしたら何も起きなかったんです。全く何も無かったんです。でも石原さんとダニエルと林の時には何か会ったんですよね。」


「そうなんだよ。あの時は林は何か瞑想をしているようだった。私は急に体が熱くなって意識がおかしくなったんだ。ダニエルとルーカスもふらついて座り込んでいた。林だけが変に元気で、この星の住民は別の場所に疎開したとか言っていた。何か妙な感じで、何かが林に乗り移っているような感じだったよ。」


「又ですか・・でも林、今日は普通ですよね。いつもの林ですよ・・明日の早朝にでも林を連れて、もう一度あの建物に行ってみますか?」


「そうだな・・ 」



話していると林が魚を釣って帰って来た。大漁だったようで、皆が騒いでいる。私も渡辺君とキッチンに行ってみる。


林が私を見て言う。

「見て下さいよ社長!デカいでしょう! 人間の食糧を団子にして餌にしたんですよ。幾らでも釣れますわ。」

と興奮した面持ちで説明をする。


魚は鎧に覆われた古代の魚のようで何かの本で見たような形をしている。

渡辺君が言う。

「血も赤いし脊椎動物だし・・どう見ても地球の魚と同じ系列ですよ。地球の生物は宇宙由来だという説は正しいかも知れませんね。」



その夜は火星には帰らず、出来たばかりの基地に宿泊をした。その夜の夕食は林の料理した魚の刺身や焼き物で豪華だった。こういう場面になるとアウトドア派の林の独壇場で、彼を中心に大いに盛り上がった。


食事の後、私はテラスで星を見上げていた。ダイニングではお酒も出て、まだ盛り上がっている。

「渡辺君、林君を呼んでくれないか。」


林がやって来ていう。

「社長、何でしょうか?」


「今日は大活躍だったね。林君のおかげで皆んな生き返ったよ。」


「いやあ、渡辺のおかげでしょうよ。渡辺じゃなきゃあこんな別荘は設計出来ませんよ。」と謙遜をする。


「明日、私と君と渡辺君とで、例の板の部屋に行ってみようと思うんだ。あそこはなんか有りそうなのでね。」


「分かりました、明日は早起きですね。確かにあそこは何かありそうですよね。」


「林君もそう思うのか?」


「ええ・・何と言うか・・厳粛というか・・神聖というか、神社みたいな雰囲気があって俺は好きなんですよ。」


「神社みたいな雰囲気か?!」


「しますでしょう? するよな?な、渡辺。」

と渡辺君に振る。


「そうだよねえ・・ す・る・か・も・な・あ・・」

そう言いながら渡辺は私を見て首をかしげる。

・・いや、それは無いですよね・・

と目が訴えている。


「そうかあ・・神聖ねえ・・林君には何かお告げでも有るのかな?」

私はそう言って林にかまを掛ける。


「お告げは無いんですが・・なんかこう、賢くなったような感じになるんですよね。目を瞑って瞑想すると、世界が見えてくると言うか・・知りたければ目を閉じよ・・そう言う感じですよね! いや、違ったかな? ははは・・もう良いですか?もうちょっと飲みたいので、ははは・・」


林が行ってしまうと渡辺が言う。

「知りたければ目を閉じよって・・ そんな事を林が言いますか?変ですよね。」


「知りたければ見た目に迷わされず、先入観を捨てて考えろ・・と言う教訓だろう? う~ん・・林らしくないなあ・・」



      ◇



次の日の早朝、私と渡辺は林を伴って板の建物に行った。

ケプラー34bの円柱の建物と、ダニエルが見つけたウォルフ1069 bの建物が、どちらも干からびた古代の湖の底にあると言うのが気にかかる。太古の昔にどちらも深い湖の底に建てられたのだろうか?


円柱の建物に到着すると我々は、ドアをあけて板の吊るされている部屋に入った。気が付けば部屋の中央に30センチほど高くなった台のような物がある。林はその台に上がって板を見上げた。そしてゆっくりと両手を広げて目を閉じたのだ。


「今日は随分芝居がかっていますね・・」

と渡辺が言う。

しかし・・

何も起こらない・・



「どうしたんだ、今日は?」

私は渡辺と顔を見合わせた。渡辺も怪訝な顔をしている。

「あれ!林が手招きして呼んでいますよ!」


言われて気が付くと林がこちらを向いて手招きをしている。目は閉じたままだ。

「行ってみよう。」


私は渡辺を促して、恐る恐る台の上に上がる。すると林は私と渡辺の手を取って言ったのだ。

「全てを知りたけれ目を閉じよ!」


その言葉は威厳に満ち、私の頭の中で反響をした。

その言葉は私の動揺を収め私を従わせる力があった。

私は静かに目を閉じた・・




・・その文明は水の中にあった・・

生命は水の中に発生したのだ。そして多種多様な種に分化し文明も発生した。しかし水の世界は1度から100度の間でしか存在できない。

そして・・

その惑星に磁場が存在しないと太陽から降り注ぐ紫外線によって大気圏の上層部にある水分が、水素と水酸に分解され、気化したガスが宇宙に流出することで、水が徐々に失われるのだ。

火星はそうだったのだ。

火星では80%もの水が失われ、空気も失われ気温も下がり、残った水は地下深くで凍結したのだ。


そうなる前に、我々は他の惑星への移住を余儀なくされた・・

転送装置が完成すると我々の生存できる惑星の探査が行われたのだ。最初は地球が候補であった。しかし地球は窒素が支配する惑星であり二酸化炭素が支配する火星とは全く別の世界だったのだ。火星では海中の二酸化炭素濃度に強く依存して沢山の微生物が繁殖し、その食物連鎖で生態系が維持されているのだ。


地球でも火山からのCO2を取り込み海水中のCO2濃度を上げることで我々の生存環境が出来た。しかしそれは熱中鉱床の、二酸化炭素濃度の高い場所のカプセルの中の限定的環境に過ぎず、文明を丸ごと移転するにはあまりに小さ過ぎたのだ。


次に土星と木星の衛星を探査した。沢山ある衛星の中には地下に海を持つものがある。しかし火星や土星の衛星の内部の海には我々の生存可能な場所は見つからなかった。


つぎのターゲットは太陽系外にある惑星だった。

その頃までには星間転送システムが完成し何万光年の移動が出来るようになっていた。しかし水のハビタブルゾーンに有る惑星を見つけても、恒星からの強い放射線を受けるため磁場の弱い惑星では我々の長期的生存は不可能だったのだ。


我々は長い年月を掛けて移住可能な惑星を探した。そして文明の存続を掛けて次々と可能性のある惑星に移住をしたのだ。微生物も魚類や甲殻類も水と共に転送装置で送ったのだ。しかし、この衛星ケプラー34bでは1千万年に1度の連星間の物質の揺らぎにより、我々の文明は再び崩壊したのだ。多くの民は他の星を目指し・・多くの民はここに残って、恒星の揺らぎの中で滅んでいった。


この場所はこの衛星の過去の記憶であり記憶のモニュメントである。

・・目を見開けよ・・

・・目を見開けよ・・

・・



「どうしたんですかあ~!! 又寝ちゃったのお~!!」


素っ頓狂な声に目を開けると、林が私を見下ろしていた。

「あれ!!」

と言って渡辺が周りを見回している。


又同じだ・・

私と渡辺は壁を背にして膝を抱え・・ぼんやりと林を見上げていた。


ここはメモリアルホールだった・・

しかも太古の文明の墓場だったのだ。






続く・・

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る