ウォルフ1069 b


火星の居住区は地下に有り、全員に個室が割り当てられていて 全室プライベート空間になっている。とは言え全て地下に有り、アリの巣と似たような構造だ。トイレやシャワールームは共用であり食堂も共用なので個室は基本寝るところになる。

その個室へ渡辺がやって来た。


「ダニエルの箱の行先の惑星が判明したのですよ。」


「どこなの、そこは?」


「はくちょう座の方向約31光年先にある赤色矮星です。ウォルフ1069という星で、その周りを回るウォルフ1069 bという惑星でした。この惑星は地球の月のように自転と公転の周期が同期していて、恒星に対していつも同じ面を見せています。つまり惑星の昼の面はいつも昼で、夜の面はずーっと夜なんです。」


「それは特殊だなあ。そこにはダニエルと行って来たのか?」


「はい、2時間ほど歩いて探索しました。あの場所は干上がった池の底みたいな場所で、すり鉢状の円形の広場の底に、円筒形の建物が有りました。中には天井から沢山の板が吊るされてます。例のあれと同じなんです。」


「例のあれと同じなのか! じゃあ、例のあの円形の広場も干上がった池の底だってことか。」


「そうなんですよ、円形の広場に見えたのはどちらも干上がった池だからなんですよ。どちらの惑星も水のハビタブルゾーンに有るんです。で、考えたんですが、昔は火星も水のハビタブルゾーンだったのですよね。なんか、ハビタブルゾーンで繋がっていますよね。」


「まてよ・・そうなれば地球だって水のハビタブルゾーンだろう?じゃあ何で地球に箱が無いのだろう?」


「いや、有っても人類が気が付かないだけなのかも知れませんよ。」


「もしそうなら地球の箱は水の中かも知れないって事か。」


「初期の火星は大量の水が有ったのですよね。その水の深い所に箱が設置されていたのですよ。カフェの箱は地下600mです。ダニエルの箱も地下1000mぐらいです。火星の深い所を探せば箱はまだあるのかも知れませんよ。」


「なるほど・・エイリアンは火星の水が無くなったので火星を去ったのかも知れないのかな? ていう事はエイリアンは水生生物か??」


「かもですね・・あ、基地にするロッジの資材ですが後5日ほどで完成します。現地で簡単に組み立てが出来ますよ。皆んなケプラー34bの基地建設を楽しみにしているんですよ。僕も楽しみです。川の近くのロッジなんて最高ですよ。」



   ◇    ◇



火星は砂の惑星だ。そのうえ空気が地球の100分の1なのでドローンや飛行機では重い物は運べない。だから火星の交通機関はサンドバギーだけなのだ。

今日はサンドバギーで、ダニエルとウォルフ惑星1069 bの探索をする。


私は一人、砂漠を400キロ走ってダニエルのクレーターに行く。道などは無い。道の駅も無い。ただただ走る。遠い砂の地平線を目指してただただ走る。

火星のサンドバギーは壊れてはいけない。もし故障をすれば死に直結するのだ。砂漠の中で酸素と水が無くなれば死ぬしかないのだ。


ダニエルのクレーターでは、現在モグラチームが道を作っている。トンネルの中のダニエルの箱の前までバギーが通れるようにするためだ。


私がサンドバギーを降りると林君がやって来た。

「先ほど道は開通しました。バギーに乗ったままで箱の中まで入れますよ。」


話しているとダニエルがテントから出てきて言う。

「来ましたね。早速探査に出かけましょうよ。」


「ま、待ってくれよダニエル。今、400キロを走って来たばかりなんだからね。」


「ああ、そうだった。ははははは。そうね、石原さんは休んでくださいね。ははははは。あー誰か、水と食べ物を持ってきてくださ~い。」

そう言いながらダニエルはどこかに行ってしまう。


林が笑いながら言う。

「ダニエルは賢いんだか、アホなんだか解らないですよ。」


「まあな、天才とはああいうもんなんだ。アホと賢いがランダムに混ざっているんだ。」


「あの・・」と林が言う。

「今日は渡辺は居ないし、探査には俺が付いて行っても良いですよね?」


「ああ、その積もりだ。4時間ほど出かけるから準備を頼むよ。」


「わっかりやした~。水とか装備とか準備します。よっしゃあーー!!」


まったく・・林はアホと能天気のうてんきが混ざっている。




それから暫くして私と林、ダニエルと部下のルーカスはサンドバギーに乗ってウォルフ1069 bの探索に出かけた。

空に位置する赤い太陽は同じ場所を動かず、朝も夜も無い。地平線の辺りは何時までも夕闇が続き、惑星の裏側は年中夜が続くのだ。惑星の裏側は気温が低くて氷の世界なのかも知れないのだ。


私は渡辺君が言っていた円形の建物が気になっていた。

建物の前でバギーを止める。


温度17度

湿度36

酸素濃度22%

有毒ガスは無し

「ヘルメットのシールドを上げて良いよ。呼吸に問題はない。」

とダニエルが言う。


シールドを上げると、自然の空気は心地よい


林が言う。

「これ、あれと同じじゃあない?」

かれは壁の凹みを探してドアを開ける。

スーと開口部が開く。


「ダニエルは渡辺と既に入っているんですよね。」

と私が言うと

「はい、不思議な部屋です。ナーダ・イナーダです。板が有るだけ。」


林はずかずかと部屋の中央に行き、吊るされた板を見上げる。

そしてそのまま・・

そのまま・・

そのまま・・

瞑想でもしているように動かない。


私はめまいがしたような気がして壁に手をつく。

私は林に何かを言わなければならない・・

何か大事なことを・・

何だったっけ・・

暑い・・

私は壁に手をついて額に手をやる。

ダニエルとルーカスは壁を背に座り込んでいる。

な、何なんだよ・・

何でお前らは座っているんだ・・

・・・



「おーい!目を覚ませよ!!なに寝てんだよ!!」


私たちは林を見上げる・・

又だよ・・

まるで夢の中だ・・


「社長!!ルーカス!!ダニエル!!目を覚ませって!!どーしたんだよ!!」


私たち3人はまるで寝起きのようにふらふらと林に付いて建物を出る。

林がルーカスに言う。

「ダメだって!俺が運転するわ。あぶねーよ。おまいらは。目を覚ませって。」


バギーは砂岩の斜面を駆け上がり丘を越えてかなりの高台に出る。遠くには湿地帯が有るのか広い範囲に草原が広がっている。高い山は岩山ばかりで植物は生えてない。岩山の低い場所には巨大なツクシのようなシダ植物が生えている。それらが夕日のような赤い太陽に照らされて不思議な景観を作っている。


林が日本語で言う。

「この昼の面には以前はもっと水が有ったのだが、惑星の裏面で水蒸気が雪になりそれが積もって分厚い氷になっているんだ。」


「ここの、この構造物をつくった住民はどうしたんだ。」

と私が聞く。


「水が少なくなって疎開をしたんですよ。・・何処に疎開したんだか、遠い昔の事だから解らんのですがね・・」


なんでお前にそれが解るんだ・・

いったいお前は誰なんだ・・


ダニエルとルーカスはぼんやりと風景を見ている。

この惑星では太陽の赤い光線にすべてが赤く染まる。

夕日でもないのに夕日のような不思議な世界だ。






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