タイタン

扉が開くとそこはタイタンだった。

しかし前回来た時と違い外は雨が降っていた。外気温はマイナス165度であり雨とは言ってもそれはメタンの雨だ。ローバーを走らせるとローバーに当たった雨はすぐに気化するためローバーが雨に濡れる事は無い。メタンはほんの僅かな温度変化で気体に戻っているようだ。

暫く走ると雨はやみ雲も晴れて空が出て来た。その空には巨大な土星が見える。


「すっげー!!」と誰かが叫ぶ。

巨大な土星の前には月のような衛星が2個浮かんでいる。


ローバーは丘を駆け降りて海岸地帯に近づいていく。そこは前回来た場所であり護岸設備がある地帯だ。何かの機械のような設備の横を抜けて進むと黒い箱が有り、その横に車両のような物が半分砂に埋もれている。


ローバーを箱の前に停車させると、渡辺が外に出て箱の横を調べている。周りは砂が積もっている為センサーになっている箱の凹みが見つからないようだ。渡辺が砂の中に手を入れ探っていると、突然ドアがスライドして開く。我々はローバーを箱の中に進めて停める。


「この箱はデカいですねえ!倍の大きさが有るなあ。」

と林がレーザーでサイズを測っている。


渡辺君が我々を呼ぶ

「これですよ。」

と赤いマークを指さして言う。

「これを右に2回擦るとドアが閉まるんです。そして左に2回擦ると、ドアが開いて、その時はどこか遠くの箱の中なんです。やりましょうか?」


私は皆の顔を見渡して言った。

「よし、やってくれ!」



ドアが静かに締まり・・

そして開く・・


   ◇


箱の外は明るい光に満ちていた。タイタンよりはるかに遠い巨大な恒星の周りを回る惑星のようだ。

外に出ると空の45度の角度に恒星が眩しく輝いている。

渡辺君が言う

「石原さん後ろにも太陽が有りますよ!これは連星ですよ。」


驚いた事にこの惑星は連星の周りを回る惑星なのだ。


「外気温は40度ぐらいですが夜にはもっと下がるでしょうね」


「太陽が二つなら夜は短いだろうな。」


「今調べていますから直ぐに解りますよ。連星系ならどこの連星なのか

特定出来ると思います。」


ローバーには高性能のセンサーが搭載されており惑星の自転や恒星の動きを計測する事が出来る。渡辺君はタブレット型PCをセンサーに接続して連星の運動条件を取り込んでいる。彼は測量士の資格を持っており計算は得意分野なのだ。


「ここはケプラー34連星の圏内のようです。だとすると4900光年離れています。」


それを聞いた林が言う

「4900光年?それを一瞬で移動したのか。全く考えられないなあ。どんな理屈でそんな事が出来るんだよ!」


渡辺君が言う

「いや、待ってくださいよケプラー連星ならこの惑星はケプラー34bですから、木星の半分ぐらいの巨大ガス惑星のはずです。どう見てもこの惑星ではありませんよね・・・」

渡辺君はタブレット型PCを操作しながら頭を抱えている。


「木星の半分もあるのか? それは随分デカいなあ・・34bが木星サイズなら衛星が有ってもおかしくないよな?」

と私が言うと渡辺君が顔を上げて私を見る。


「それですよ社長! 衛星ですよ!それならば辻褄が合いますよ。気温が40度なら水が液体で存在できます。ケプラー34bはハビタブルゾーンに有る惑星ですから、その衛星なら気温が40度は納得が出来ますよ。」


「水のハビタブルゾーンって事か・・つまり生物が住めるって事だな。」


「34bは2つの太陽の周りを289日で回っています。この衛星は月みたいなもので34bの周りを回りながら太陽の周りを回っているんです。軌道から推測できるこの衛星の大きさは火星よりかなり大きいと思います。」


渡辺君の説明を聞きながら我々は辺りを見渡す。広い広い平坦な大地が続き、遠くに山脈が連なって見える。山脈の上には小さい方の太陽が沈みかけている。その太陽を追うように別の惑星が見えている。


林が言う

「この惑星には本当に水が有るんですかねえ、砂漠みたいな感じなんだけど。」


渡辺君が答えて言う

「ここは多分乾燥地で砂漠なのかも知れないけど、遠くに見える山脈の地帯は川が有るかもね。水が大地を削って山脈や谷が出来るんだからね。」


「あ、そうか・・なるほどね。」


渡辺と林の会話を聞いているとその知識量の違いに吹き出しそうになる。実際渡辺の頭の良さは国際火星開発隊の中でも群を抜いていて外国チームからの信頼も高いのだ。


「あの、石原さん・・この星の空気は呼吸できそうですよ。酸素が少し薄いのですが・・走ったりしなければ大丈夫です。有害物質は有りません。」


「そうなのか?!じゃあヘルメットのスクリーンを上げようか。外気温は40度か・・これからどんどん下がりそうだな。」


「太陽が一つになりますから、急激に気温が下がるでしょうね。でも34bからの輻射熱が有りますから・・実際はどうなんでしょう。」


ヘルメットのスクリーンを上げると新鮮な空気が入ってくる。少し温度が高いが空気が乾燥しているせいか気持ちが良い。


「え!小さい方の太陽はもう消えてしまったよ。早すぎない?」

と林が言う。


「この衛星の自転速度が速いんだよ。1日は16時間ほどで、昼間は10時間ほどなんだ。連星なので暗いのは5時間ほどかな・・」




箱の前は広場のように整地されており中ほどに円形の太い柱が有る。箱から円柱までは1キロほどだ。だだっ広い円形の広場の真ん中に、黒い柱が一つ。それはまるでレコードを回す巨大なターンテーブルのように見える。

私たちは皆でローバーを走らせて円柱の前まで行く。


その円柱は明らかに造形物であり、どこかにドアでもありそうな感じがする。ざっと見たところ直径は10メートルぐらい、高さは5メートルと言ったところだ。例によって真っ黒な物質で出来ており、あまりに黒いのでそこだけ風景に穴が開いているような錯覚に囚われる。


「これはどうだろう。どっかに入り口が開く仕掛けでも有るのかなあ。それは渡辺君の専門だろう?」


「多分どれも似たような仕掛けだと思います。どっかに手が入るぐらいの凹みが有るはずなんですが。」


「凹み?それならここに有るぞ。ほら!」

私がそのへこみの中に手を入れると隣の石板が動き出して埃をたてる。


「うわっぷ。何だよこの埃は・・」

もうもうと埃が舞い上がり、その埃の中に大きな入り口が開いた。


「この入り口、使われてないんですね・・ひどい埃だ。」

文句を言いながら我々4人はその埃の中に足を踏み入れたのだ。

中は例によって壁が光っていて薄ぼんやりと明るかった。しかしその中の様子はこれまでの四角い箱とはかなり違ったものだった。


何枚もの黒い板が天井から吊るされていて、その板には見たことも無い模様が記されている。それは見ようによってはコンピューターの基盤のようでもあり、あるいは何かの放熱板のようにも見える。


「これって何なんよ渡辺君。」

と林が言う


「解らないよ。そもそも動力源が何なのか解らない。電磁波が全くないから電源ではないし、転送の原理も全く解らない。入り口のドアがなぜ動くのかさえ理解出来ないんだ。全てが根底から違う気がするんだ。この吊るされた板も何が目的なのか・・僕が聞きたいよ。」


私が林君に聞く

「林君はどう思うんだ。何なんだと思うよ、この板は。」


「え~・・そうですねえ。あの入り口の埃からすると、このエイリアンは滅んでんじゃあないの? でなかったら俺たち・・俺・・お・・お・・お・・れ・・れ・・れ・れ・れれれれれ・・」


「おいおい、どうしたんだ林。おい、渡辺!林が変だ!」

私は林のそばに行きふらつく林を支えた。林は痙攣をして白目をむいている。

私は渡辺君と協力して林を床に横たえた。


「渡辺君は何とも無いのか?」


「はい、私は全然!」


「吉田君は大丈夫か?」


「僕も何も無いです。」


私は林にセンサーを当てて体調を調べてみる。脈拍・血圧は正常範囲で呼吸数にも乱れはない。体に異常が有るなら血圧や脈拍に変化が有るはずだ。

「変だなあ・・まるでてんかん発作みたいだ。ここで暫く休憩しよう。もう少し様子を見るしかないな。」

林君は眠ったようにピクリともしない。


私は壁を背にして床に腰を下ろした。渡辺も吉田も私に倣って壁を背にして床に座る。

「空気が薄いですからね・・」と吉田が言う。


「とにかく、緊張の連続で興奮のし過ぎかも知れません。直ぐに回復しますよ。林はタフですから。」と渡辺・・


我々は3人並んで壁を背にして座り込み、3人とも黙ったまま考え込んだ。


ケプラー34b惑星には人の住める衛星が有った・・

地球から4900光年も離れた場所だ・・

不思議な転送システム・・

開けゴマ・・

開けゴマ・・

開け・・

開け・・

・・

・・

・・




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