地下600mのカフェ

地下600mの機械室の横に作った気密室は、我々モグラ隊専用のカフェになっていた。もちろんこんな偏狭な地下に他のチームが来る事もない。


「渡辺君から聞いていると思うが、倉庫の中の箱は転送装置のようなんだ。渡辺君と確かめて来たのだが、箱はタイタンに俺たちを運んだんだ。しかも1舜でな。」


渡辺君がその続きを話す。

「そのタイタンにも別の箱があって、おそらく別の星に繋がっているようなんだ。デカい壊れた車両もあって、砂に埋もれて放置されているんだ。今は使った痕跡が無いから、相当以前に放置されたのじゃあないかと思えるんだ。」


その時、林君が言口をはさんだ。

「俺も、俺も行きたいっす!」

皆がうんうんと頷いている。


私が言う

「いいか、これは我々だけの秘密だ。もし発表すれば、箱は我々の手から離れてしまう。当分は我々の物にしておきたいんだよ。分るだろう。」


「ですね・・権利の取り合いになって僕らは はじかれてしまうでしょうね。」


「日本は金も力も無いからなあ・・」

と渡辺君が言う。


「それでな、次回はタイタンの先に行ってみようと思うんだ。もちろんどこに出るかは見当もつかない。気温も重力も気圧も解らないんだ。向こうに着いたとたんに死ぬ可能性もある。行ってみたら宇宙人に出会って、捕まるかも知れない。つまり生きて帰って来れるかは解らないんだ。それでも行く奴は馬鹿だよ。そうだろう? どうだ、それでも行く馬鹿は居るか?」


林君が言う

「社長さんは行くんでしょう?」


「私は家族も居ないし何時でも死ねるからな。まあ、嫁や子供の居る者は止めてくれよな。脅かしじゃあない、本当に死ぬぞ。」


渡辺君が言う

「僕は行きますよ!絶対。」


林君が言う

「僕も死ねます!」


暫くして吉田君が言う

「俺も参加させて下さい。」


私は3人の顔を見て言う

「良いんだな!宇宙は過酷だ、本当に死ぬぞ!」



「次回は4人なのでローバー2台で行く事にする。数日分の水と食料・酸素と燃料を準備してくれ。しかし、もし何かに襲われても武器は無い。これではあまりにも非力だ。吉田君、何かガス圧を使った空気銃のような物が作れないかなあ。」


「空気銃なら作れますよ。あ、火薬を詰めた手投げ弾のような物も作れますよ。掘削機の部品を使えば何とかなると思います。」


「じゃあ早速制作に掛かってくれ、まあそんな物でも 何も無いよりはましだからな。武器が出来て、仕事が暇になったら冒険に出かけよう。いいか、この話はモグラチーム以外の者には絶対漏らすなよ!」



      ◇



それから、科学チームの水素発生プラントが新しく稼働するようになり、そこへモグラチームが氷を運ぶことになった。氷を運ぶのは自動操縦のローバーだが、適度な大きさに氷を切り出すのは我々メンバーの仕事だ。とは言ってもトンネルを掘る仕事に比べれば簡単な仕事なので数人ずつ交代でやれば良い。


水素が製造できるようになると、水素との合成で燃料や樹脂など様々な物が作れるようになる。もちろん暖房として使えるので、私の提案でプールを作ることになった。気温の低い火星の地下に温水プールは贅沢だが、火星の過酷な環境で働く人間にとって メンタル的にプールは無くてはならないと考えたからだ。


出来上がったプールは15メートルの大きさで水深は160センチほどだったが、隣に広い休憩室も併設され、いつも何人かが利用するようになった。水温は常時25度に保たれていて隣には小さなジャグジーバスも作った。こちらの温度は40度ぐらいにまで上げることが出来るように設計した。これは日本人には欠かせない物だからだ。


我々の作ったその施設は他のチームにもとても好評で、温水プールは火星で初めてのオアシスになったのだ。



     ◇



その日モグラチームは600m地下のカフェに集合していた。

「当面大きい仕事は無いからな・・そろそろ探検を実行したいんだ。武器は完成したかな?」


「あー・・ガス圧は現地の気圧に左右されますから、無理ですね・・その代わり火薬発射のランチャーのような物は完成しました。ただこれも気圧環境が変われば威力も変わりますから・・あまり当てにはなりません。まあ、無いよりは良いかも知れませんが。」


「分かっているさ、無いよりはましってことで良いよ。我々は兵器の専門家では無いからな。」


「携帯サイズの物を4つ作りました。弾は5個ずつです。重力が低い場所では爆発が大きいから気をつけて下さい。自分が飛ばされるかも知れません。気圧が低い星では爆発の衝撃が強烈ですから近くの物は撃たないように・・」


「なるほどな・・まあ、使わないように祈ってくれ。」


私と吉田が最初のローバーに乗り林と吉田が次のローバーに乗った。

箱の中に2台のローバーはギリギリの状態で収まった。

残る社員は箱の外で心配そうに見ている。

「必ず生きて帰ってくる!渡辺君ドアを閉じてくれ!」


渡辺君が壁の印を撫でると・・

静かにドアが閉じて・・

そしてドアが開く・・


そこは既にタイタンだった・・


  



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