黒い箱

長かった砂嵐のシーズンが終わり 地上は久々に遠くまで見渡せるようになった。我々は工事を中断して チーム全員が3台のバギーに分乗して 砂丘地帯をドライブした。宇宙服を着ての乗車なので地球のバギーとはかなり違うのだが、水素を使った燃料電池で走るバギーはパワーが有り、重力が軽い事と相まって快適に走る。火星での楽しみと言えばサンドバギーで走り回る事ぐらいしか無いのだ。


居住区に帰ると我々日本チームははシャワーを浴びて、食堂に集まった。火星のような辺境の地でも日本食は食べられる。今日はそばとすき焼きだ。 もちろんフリーズドライなのであまり美味しいとは言えないのだが 日本恋しさに我慢して食べているのだ。


「石原さん、あのドライアイスを突き抜ければ今回の仕事は終わりなんでしょう?」

と渡辺が聞く。


「ああ、後1時間ほど掘れば氷塊に到達するだろうな。」

私がそう答えると皆が「お~!」と声を上げる。

今回の掘削は長くキツイ仕事だったので誰もが早く掘削を終わらせたかったのだ。





そしてその掘削は終わりの時が来た。掘削機の先端がドライアイスの層を切り抜き岩盤と氷塊の間にある空洞に到達したのだ。我々は掘削機を後退させ、その空洞へ足を踏み入れた。


そこは地下600メートルの地点で有り空洞は真っ暗のはずだった。

しかし月明かりのようにぼんやりと明るかったのだ。


ローバーの投光器で照らすと  広い氷原が広がっていて そこが地下の空洞だとは思えないほど広い。投光器の光の先は対象物に届かず どこまでの高さや広さが有るのか判らない。レーザー距離計で横幅を計ると、直径が15キロもある巨大な空間だった。我々は雪上車に乗り広い氷原を探索する事にした。


2キロほど走った所でサイコロの様な物が1個ある所に出た。サイコロ状の物体は黒く一辺が4メートルほど有る。まるで地面にサイコロが転がっているようで、シュールで 場違いな光景だ。


「どう見ても、これは人工物ですよ!自然に出来たものでは無いでしょう。宇宙人ですかねえ。」


「だとしても遺物だろうよ。誰も居ないし足跡すら無いんだから。」


レーザーで計ってみるとこの空洞の上方向は200メートルあり、何の光源が有るのか上方向は薄ぼんやりと かすかに明るい。その月明かりの様な氷原に 黒い大きなサイコロが1個だけ有るという、シュールで不思議な景色が広がっている。


「あ、ここに何か窪みがあるんですけど・・」

そう言いながら部下の一人が手を入れたその時だった。サイコロの一面が上にスライドしたのだ。この物体はサイコロでは無く箱だったのだ。


私は部下の一人と中に入ってみたが、中には何も無く壁照明で薄ら明るい。何か塗料が塗られていてそれが発光しているようだ。しかし何処を調べてみても それはただの大きな箱でありそれ以外には何も無かった。


壁の横に円形に赤い色で塗装がされており、その塗装が発光いている。私は部下の渡辺とその塗料を調べた。


「何でここだけ円形に塗ってあるんですかねえ・・」

と渡辺が円形の塗装を撫でた。その時だった・・

突然箱の扉が閉じたのだ。

「おいおい駄目だよ!渡辺! 開けろ!開けろって!」


渡辺が焦りながら円形の部分を撫ぜている。

「あれ! どうしたんだ!開かないぞ・・」


「左右じゃあ無く上下にさすってみろ!駄目なら逆回りとか。」


渡辺が動揺して色々試している・・

すると突然扉がスライドして開いた。


「ああ、よかった。閉じ込められたかと焦ったよ。」

私はホッとして扉の外を見た。そして愕然とした。


「なんだあ!今度は何が起きたんだ!」

驚いた事に そこには氷原ではなく砂漠が広がっていたのだ。


私と渡辺は恐る恐る外に出て周りを見る。

そこは先ほどまで有った氷原は無く 砂地の上に先ほどの黒い箱がぽつんと有るだけだったのだ。


「氷原は何処に行ったんですか、仲間はどうしたんですかね?」


私は宇宙服のヘルメット内にある表示モニターを見た。

気温-182°

気圧1830パスカル

空は黄色く薄暗い・・


「あ~!! あれは何ですか~!!?」

渡辺の奇声に振り返ると暗い空に薄ぼんやりと巨大な円形の影が見える。そして巨大なラインが・・

「ああ!・・あれは土星だよ!」


「土星って・・それは無いでしょう!・・」

「解っているよ!火星から土星までは13億キロ以上も有るんだ。我々のロケットでは15年は掛かる距離だ・・しかし、どう見てもあれは土星だ!・・それならばここは衛星のタイタンだよ。他に考えようが無い。」


我々は近くの砂丘の上まで登ってみる事にした、少しでも遠くを見たかったからだ。砂漠の砂はきめが細かく 湿った感じで思ったより歩きやすい。しかし火星と比べると重力が大きく 登るのに苦労をする。


頂上に到着し見渡すと 遠くに低い山脈が見えて その横に水平線が広がっている。


「見てみろよ渡辺君、あれは海だぞ・・メタンの海だ・・ここは間違いなくタイタンだよ。」


「タイタンかあ・・ 石原さん帰りましょう。酸素が切れたら終わりですよ・・いや、僕らは帰れるのかなあ・・」


「嫌な事を言うなよ!来れたんだから帰れるって!」


私たちは箱に入り赤い塗装の部分を触ってみる。

「だから・・その反対に回すように・・さっきの逆にさあ。」


「えっと・・こうですかねえ・・」


渡辺君がどう触ったかは分からない。ドアは閉まり暫くすると又ドアが開いた。

そしてドアを出ると、そこは元の氷原だった。


「どうしたんですか?ドアが閉まったんで心配してたんですよ。」

と社員が集まって来る。


「どのくらいの時間ドアが閉まっていたんだ?」


「20分ほどですかね。でも良かった・・酸素が切れたらって、皆で心配したんですよ。」


渡辺が私のそばに来て小声で言う。

「どします・・タイタンの事は言いますか?」


「いや、暫く秘密にしてくれないか・・」


「ですね・・」


事が大きすぎるのだ・・

おそらく各国の利権が絡んでくるに違いない。

まずは部下の考えを聞くべきだろう。


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