モグラ部隊
紅色吐息(べにいろといき)
火星開発
火星は人間にとって 言わば地獄のようなものだ。
空気が地球の100分の1しか無く、平均気温はマイナス60度と低く 土壌も有害な塩基を多量に含み、磁場が無いために有害な放射線が宇宙から降り注いでくる。その放射線量は地球の100倍にもなるのだ。とても人類が長期間暮らせる環境では無い。
火星で人類が長期間活動できるのは地下数メートルの地点だけであり、その為には地下に居住区や研究施設を建設し 化学プラントと鉱山掘削地区とを 地下道で繋ぐのが合理的で採算性が良い。つまりモグラののように活動する事だ。
トンネルの作り方は色々あるのだが、最も効率の良いのがシールド工法だ。先端部にシールドマシンと言うロボットの様な掘削機を置き、それを押し出しながらトンネルを作る方法だ。
シールドマシンの先端の丸い盤には、非常に硬い金属の刃が約300個取り付けてあり、この盤を回転させながらシールドマシンを押すことにより、前面の土を掘っていくのだ。
私は日本のシールド工法の技術者として 私の経営する会社ぐるみで国際火星開発に関わる事になった。日本の会社は副社長に任せ、火星開発隊員を12人募った。
私、石原海斗37才と12人の部下で構成するモグラチームだ。
我々は火星にトンネルを張り巡らせ 居住システムと宇宙探査の為の前哨基地を作る。そして更に遠くに有る木星と土星を目指すのだ。 土星や木星を周回する衛星は多数あり 木星と土星を合わせると150以上の衛星が周回している。それから考えても火星の中継基地としての意義はとてつもなく大きいのだ。
火星開発ではチームに分かれて仕事を分担している。
植物生産を担当する食料チームや、探査チーム、水や化学合成プラントを担当する科学チーム、そして我々の建設チームだ。
我々は地下の居住区や、資源の掘削現場や工場を結ぶ道路など、大変な仕事量を受け持っている。もちろん重労働になる仕事は燃料電池で動くロボットを使うのだが・・
◇ ◇
食堂で夕食を食べていると社員の渡辺がトレーを持って私の前に来た。彼は食事の入ったトレーをそっとテーブルに置いて そして私を見ると ふ~っとタメ息をついてこう言った。
「僕はね、火星で働けると聞いてワクワク気分で参加したんですよ。・・でもここは最悪ですよ。これじゃあ地球でトンネルを掘っていた時の方が全然ましですよ。火星じゃあ地上に出る事もままならないし、この砂嵐は何時まで続くんです? もう嫌にンりますよ・・」
「そうだな、後30日間は砂嵐が続くそうだ・・ まあそうボヤくなよ、砂嵐が過ぎたらバギーで砂漠でも走ろうや。」
私がそう返すと彼はスプーンでカレーをつつきながら・・
「ですね・・ 他に無いですからね・・せめて売店じゃあなくて コンビニが有ったら幸せなんですけどね・・ あ~セブンイレブンに行きて~。」
そう言って彼は大口を開けてカレーを口に運んだ。
それはそうだろう もし火星にセブンイレブンでも有れば私だって幸せにになれる。言われなくても皆の気持ちは解る。砂嵐が続くと誰だってメンタルをやられるのだ。
「地上はどこまで行っても砂だ。砂砂砂うんざりだよ・・バギーで飛ばすと言っても宇宙服を着ているんだから、地球の砂漠を走るような爽快感は無いしな・・」
と私が言うと、 渡辺はカランとスプーンをトレーに投げ出して腕組みをすると天井を見上げた。
「あ~ 何か無いですかねえ・・凄い物が発見されるとか・・宇宙人とか出て来てくれないかなあ・・・ ねえ!もし宇宙人が攻めてきたらどうします? だってここには戦闘用の武器なんて無いでしょう。」
アハハハハハと食堂に笑いが起こる。
食堂には白人とか黒人もいて彼らは日本語は理解できない。我が社の社員が彼らに英語で渡辺の発言を通訳しているのだ。そのせいで渡辺が何か言うたびに タイミングのずれた笑いが巻き起こる。
渡辺が言う
「今度の仕事はドライアイス層の下まで斜めに掘るんでしょう?普通なら垂直に堀ってエレベーターを設置した方が効率的ですよねえ。」
「試掘の結果、厚い岩盤があってその下に氷塊が有るようなんだ。無駄に岩盤に穴を開けるより横から攻めた方が時間が掛からないからな。」
「なるほど、それで横から掘るんですね。しかし斜めの坑道を2キロも掘り下げるなんて、大変な工事になりますねえ。」
とんでもない工事だが この氷塊は質が良くて巨大だ。この氷塊を手に入れば当分コンクリート用の水の心配は無くなるのだ。危険を冒してでも急いでやらざるを得ない。
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