交錯と概念

 私たちは、彼が残した戦争を迎え撃つために、着々と準備を進めていた。

 越智さんが言うには、幸糸はこの先、更に魔族の侵攻があると予見していたらしい。

 そのため、あの日には授業を任して、戦いに出ていたらしい。

 なら、私たちにも一言あってもよかったのに。そうすれば、最悪の事態は起こらなかったかもしれない。

 今更考えてもすでに遅いことを自覚し、気持ちを切り替える。

 悠莉たちに励ましてもらったんだ。いつまでもこうしていてはいられない。


「それにしても、どうしたものか」

「早速行き詰ったね」


 今一番欲しい準備品。それは数だった。

 いくらなんでも、たった五人で戦争に立ち向かうには無謀すぎた。

 仮にも、相手は私たちよりも上の術士を殺しているのだ。そう簡単には行かないことは分かる。

 そこで、私たちが持ち得る限りの人脈に声をかけ、術士を集めようと思ったのだが、誰一人として集まることがなかった。

 軍や学校など多くの機関に話をしたが、全て断られてしまった。

 逆に、今後必ず起こる戦争と言う厄災を知ったことで、それから逃れようとする者ばかりだった。

 そして、そういった者を保護、先導するために軍や学校は動かなければいけなくなってしまった。


「ここまで来たら本当に五人だけで戦うしか方法はないのかもしれないね」

「そうかもね」

「あまりに無謀すぎない?」

「でも、だからと言って逃げる訳にもいかないでしょ?」

「それは...。うん、私たちはこの世界を守らないといけないからね」


 七星くんと私がそう結論を述べた。紅璃も無理だと分かっていても、だからと言って退けないと知っていた。

 たとえ逃げたとしても、それはこの世界が確実に魔族の手に堕ちることを意味する。

 ならば、彼の意志を、命を無駄にする訳にはいかない。


「なら、作戦を建てましょう。私が知っている情報ならなんでも渡すわ」

「ありがとうございます。越智さん」


 これは復讐であるが、その前に彼の意志を継いだ戦いだ。

 彼がこの世界を守ろうと、光になろうとしたのなら、私たちが希望の光になってみせる。

 それが、私が強くなろうと思った根本的なものだったと思い出した。



 ♢



 透禍ちゃんがいつも通りに戻ってくれてよかった。

 これでやっと、私も動けるようになる。

 全く、そろそろ私がいなくても一人でなんとかできるようになってほしいものだ。

 私が一人で廊下を歩いていると、壁に寄りかかった状態で、待っている人がいた。


「木茎さん。待ってたわ」

「待たせてすみませんね。ところで、どうしたんですか?」


 待っていたのは越智さんだった。

 作戦立案の際に、二人きりで話そうと言われ、こうなっている。


「あなた、あの日は教室にいなかったわよね」

「...何を言っているんですか?ちゃんと授業に参加していたじゃないですか」

「私の術は知っているわよね。あの日、教室にいたのはあなたの姿形で喋る人形であって、あなたじゃないことはすぐに分かったわ」

「なるほど、やはりそういった情報は見られてしまいますか」


 そういった情報も出てしまうのか。

 せっかく、魂と意志まで持たせた最高級品だったのだけれど。

 それが返って駄目だったのかもしれない。


「まったく驚いたわ。あれは完璧な人間だったわ。その上で、人形と言われても自分の術を信じるか迷ったわ」

「...なるほど、さっきのはひっかけでしたか」


 確信を持たせてしまったようだ。

 少し厄介だな。


「あなた、夜桜と元から知り合いだったでしょ」

「...はい、そうですね。この学校で会う前から繋がりは持っていました。そして、あの日は彼を手伝うために抜けてました。これでいいですか?」

「そうね、そう夜桜から聞いていたからね」


 ん?

 越智さんがその計画を知っていたのなら、今の質問は何?

 この人の会話は相手を騙さないとできないのかもしれない。


「私ね、あの日で一つだけ引っかかっていることがあるの。なぜ、あの日に夜桜が死んだのか」

「それは、魔族の襲撃があったから——」

「——その襲撃が起こったタイミング、場所が完璧すぎるのよ。そういった要因が重ならなければ、彼の死は成立しなかった」

「...何を言いたいんですか?」

「あなたが魔術士を捉えたのだと思うのだけれど、その魔人は今どこにいるの?」


 なるほど、私が魔術士を回収したことまで分かっているのか。


「越智さんは私のことを疑っている訳ですね?」

「あなたはどう思う、自分自身について」

「...う~ん。聞きたいです?」

「とっても」


 私は自身の腰に差してあった拳銃を越智さんに向ける。


「おやすみ」


 バンッ!


 銃声が一つ、辺りに響いた。



 ♢



 この世界には術が使えない人が多くいる。

 術を使うためには、術士の家系の血を受け継いでいることが必要不可欠だからだ。そして、その使い方や技は機密に教えられている。

 そのため、術士よりも非術士の数の方がこの世界には多く存在している。そして非術士である人々は、この世界に術という異能を扱う術士の存在を知っている。

 昔、日本危機対策対抗自治自衛軍を設立と同時に全世界で公表された術士という存在。

 それまではおとぎ話でしかなかった存在は実在することが証明された。

 そして術士は魔族という敵から世界を守っている。非術士はその行動に感謝し、日々を一緒に暮らしている。

 精霊が生きるこの世界には、”悪”という概念が存在しない。そのため、憎悪。妬み。恨み。といったものもない。

 この世界には悪事がなく、人が人を裁くということはない。

 

 ”命の危機を知ったとき、生物はその本能でなんとしてでも生きようとする”

 

 普通、自分にはない、未知のものを持っている存在に対して警戒し、恐怖し、排除しようとするだろう。

 だが、この世界にはその概念がない。

 なら、もしこの概念が生まれてしまった場合。それはこの世界のバランスを崩してしまうだろう。


『術士殺害事件』


 概要。

 長野某所の山奥で扉が開かれることを知った軍が危術部の術士部隊の一部、五名を送った。扉が開かれることはなく、その報告を聞いた軍は部隊に帰還を命じた。

 部隊が三日経っても帰還しないことを疑問に持った軍がその場に赴き、捜索していたところ、部隊五人が変死体で発見。

 その場には非術士が十数人存在し、会話を試みたところ、捜索隊が非術士に襲われた。非術士は捕縛され、捜索隊は軽傷のみで済んだ。

 現場証拠と捕縛した非術士からの証言から、非術士が術士を殺したことが明らかになった。

 以上が、今回起きた事件のあらましである。


 そして、その概念はすでにこの世界にも根を張り巡らせ始めていた。



 ♢



 

「この世界に平和がない理由を君は知っているかい?」

「んー、考えてたことないわね。それに、私は別に平和じゃなくていいわ」


 どうして彼女は、戦闘になれば策士なみの頭脳を見せるのに、こういった話にするとただの戦闘狂になってしまうのか。

 まぁ、仕方ないかもしれない。こういったことは普通の者には気づかないし、それがおかしいとは思わない。

 俺もそうだった。

 

「まぁいい。その理由はね、別の世界にその概念だけが分かたれたから」

「...ん?」

「まぁ、これだけ言っても分からないだろうね」


 これに気づくには、実際にその概念に触れなければならないからな。


「俺はね、平和という概念が例え別の世界にあったとしてもね、それが許せないだよ。だから、俺は全てを壊したいんだよ」

「あなたの方がよっぽど狂ってるわね」


 平和が存在し、悪が存在しない世界。悪が存在し、平和が存在しない世界。

 平和が勝つか、悪が勝つか。いいや、勝ち負けではないな。

 別に勝っても負けてもいい。重要なのは俺が楽しめるかどうか。

 それだけだ。

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