光闇と世界

 魔族の襲撃事件から数日。

 掃除屋は社長が消えたことで、一旦の休業となった。

 その影響により、軍や政府といった勢力の動きが慌ただしい日々が続いた。

 それだけ、我が社はこの世界に尽力していたのだと、改めて思い知った。

 更に、先日の事件の影響で、世界の情勢が酷く荒れていた。

 魔族がいつでも、どこでも、いくつもの扉で現れることが可能だということが公開された。

 そんなことを知れば、平穏な生活なんてものは簡単に崩れてしまう。

 命の危機を知ったとき、生物はその本能でなんとしてでも生きようとする。

 その行動力は計り知れない。

 私たち学生には仕事を渡されなかったけど、軍はさぞかし大忙しだろう。

 まぁ、その仕事と同じことが私にも降りかかっていた。

 世界では二通りの選択が出てきているらしい。

 一つ目は逃げて、魔族たちから襲われないように対策をとること。

 二つ目は立ち向かい、魔族たちとの戦争で勝とうと準備をとること。

 そして、大半の人類は前者、一つ目の逃げることを選択した。いや、大半というよりは”ほぼ”百パーセントだろう。

 さっきは世界と、事を大きく言ったが、実際には後者の選択をしているのは極数人の間でだった。

 開花 透禍。氷室 七星。緋瑠 紅璃。越智 鏡月。そして私、木茎 悠莉。

 このたった五人だけが戦争を起こそうと準備を進めていた。


「と、いうことで今からお出かけしましょう?」

「急にどうしたのよ」

「いや~、今から戦争の準備でしょ?なら買い物にでも出て、少し息抜きしません?」

「...悪いけど、今はそんな気分じゃないの。ごめん」


 最近は調子の悪い透禍ちゃん。

 あの日、幸糸くんが死んでからというもの、彼女の中で何かが溢れてしまった。

 ただ、その感情は零れることなく、一滴も残さず彼女の心へと流れ、心臓を突き動かし続けている。

 ”負”という感情を持った状態で。


「誰かさんだったら乗り気で着いて来てくれるのにな~」

「...はぁ、分かったわ。行けばいいんでしょ。だから、思い出させないで」

「忘れられないくせに」


 このままでは、復讐なんてできない。

 復讐は楽しまなければ意味がない。相手が苦しむ姿を届けるために。

 ならば、その感情を捨てきらなければ。



 ♢



 確かに最近は窓の外すら見ていなかったかもしれない。

 日の光を実感したのは久々だった。

 自分で自分が狂ってしまったことがよく分かる。

 

「あ、透禍ちゃん。おはよう!」

「おはよう」

「おはよう。紅璃に七星くん」


 彼らと話すのも久しぶりだ。

 学校に行ってもほとんど誰とも関わらずに過ごしたし、最近は少し不登校気味でもあった。

 悠莉に誘われて出かけてみたけど、紅璃と七星くんも呼んだらしい。

 なんだか、気まずいな。

 そう思いながら私たちは目的の場所へと移動した。


「ねぇ、悠莉。出かける場所ってもしかしてここ?」

「そうだよ。今日は目一杯遊ぼうと思って」


 私たちの前には大きな施設が建っていた。

 そこからはレールの上を走るカートの走行音。絶叫、笑い声が聞こえてきた。


「なんでよりによって遊園地に」

「それじゃあ、早速乗っていこうー!」

「...はぁ」


 しょうがない。

 悠莉がこんなことをするのも、私がいつも通りになれないのが悪い。

 私を心配してくれているのだから、今日は付き合ってもらおう。


「...で、なんで最初からこれに乗るの?」

「早めに乗っておかないと後々、待ち時間で乗れなくなるかもしれないからね」

「だからって、ジェットコースターを最初に味わうなんて」


 しかも、このジェットコースターはこの遊園地の名物的なあれだ。

 高さ、レールの複雑さ、カートの回るギミック。それら全てが最上級に怖さを増していた。

 いくら魔族と戦ったことがあるとはいえ、これはまた違う怖さがある。


「もしかして透禍ちゃん怖がってる?」

「そ、そんなことないし」


 強がりではない。そうあってほしかった。

 今、その思いを後悔した。


「あ、あ、あ」


 あと数秒でジェットコースターの頂点へと登り終わるとき。

 あとどれくらいで自分が落ちるのか。それを知っていることが逆に怖かった。

 自分は動けず、迫りくる恐怖のみが近づいてくる感覚。

 背筋が凍った気がした。


「ぎゃー!!」

「わー!!」

「ひゃっほーい!」


 カートの正面が下を向き、急加速。その力が自身の身体へと降りかかる。

 そして、右へ左へを揺れるカートが私の三半規管を限界へと追い込む。


「はぁ、はぁ」


 カートから降りれはしたが、急な脱力感で足が震えていた。


「さぁさぁ、どんどんいくよ~」

「ちょ、ちょっと。休憩くらい頂戴よ」

「そんな時間ないよ。つぎつぎ!」


 そのまま一日中、遊園地を周った。

 やっとのことで、私はベンチに座った。


「はーーーーー...」


 自分でも驚くほどの溜息が出てきた。

 だけど、肩の力が抜けて、楽になった気がした。


「どうだった?」

「...うん。なんだかスッキリしたわ。ありがとう」

「お礼を言われるようなことはしてないけど」

「そんなことない。悠莉が私のことを思ってしてくれてることは分かるから」

「透禍ちゃん...。う~んやっぱり好き」


 隣に座っていた悠莉が急に抱き着いてきた。

 今日くらいは彼女のやりたいようにさせてあげよう。


「紅璃、七星くん。今日はありがとう」

「僕たちは一緒に周っただけだよ」

「それでも、ありがとう」

「...はぁ、どういたしまして」


 何か、少しだけ私の中に光が戻ったかもしれない。

 闇だけでは駄目なのかもしれない。

 これから私が次の段階へ進むには、何か、他の違うものが必要だ。

 そんな気がした。

 だけれど、私は過去で一度闇に飲み込まれたことがあり、この先の未来でも飲み込まれることを知らなかった。


 

 ♢



 

「夜桜 幸糸か...」


 懐かしい名前に、感慨に浸る。

 昔、俺のことを生かしてくれた命の恩人だったが、それが間違いだった。

 俺が裏切らない保証などどこにもないのに。とんだお人好しだ。

 だが、その忌まわしき縁もここで終いだ。

 一度目、俺は確かに奴の心臓を貫き、殺した。だが、別の世界でやつは生きながらえていた。

 二度目、またも俺は奴の心臓を貫いた。そして、完全なる死を確認した。

 人には身体、魂、意識の三つで構成されている。

 それらは密接に関わり合い、一つが壊れると、連鎖的に他の構成も壊れる。それが、死だ。

 おそらく、”運命の糸スピリット”はその関係を断ち切り、一つだけを壊すことで、生きながらえたのだろう。

 逆に三つの内、二つが残っていれば、自然にその構成が生まれることになる。それを利用したのだろう。

 今回はそのことも考慮し、徹底的に殺した。


「”運命の糸”...。やっとその意味が分かったよ」


 奴の呼称。奴が使う技がこの世界にはないものでできた、未知なる技を使うことから奴の仲間が呼んでいた名だ。

 そして、その名がついた理由がやっと分かった。奴が使う技、”霊術”それが奴の力だったのだろう。

 

「まさか、ここ以外にも別の世界があったとはな」


 別世界の存在を知ったことで、世界という概念が少しずつ分かってきた。

 次の戦いではそれを利用する。


「正面から戦う必要もない。あの世界は勝手に自滅するだろう」


 ”運命の糸”がいない今、私たちの負けはない。

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