糸と死

 

「そういえばさ、夜桜って”最弱”の術士だって言われてるよね」

「あぁ、そうだな。それがどうかしたか?」

「いや、術士の家系に夜桜なんて名前あったか?」

「う~ん。そういえば聞いたことないかも。だけど、”最弱”とは聞くよね」

「まぁ、”最弱”だから聞いたことがないのかな」

「きっとそうさ」


 


 ♢


 

 俺は、俺には誰も救えないのか?

 何度、やっても同じ結末しかないのか?

 なら、今までの俺の意志は。俺のこの力は。

 一体、何のために...?



 ♢



 時間は少しだけ遡る。

 俺たちは魔人を見つけ、捕獲した。

 そうして、俺たちが戦いの鍵を握るはずだった。


 ウゥーーン!!


 魔人を悠莉とともに気絶させた直後、辺りに強く、不吉なサイレンが鳴り響いた。


「なっ!この音は!?」

「...まさか」


 その瞬間、俺と悠莉を囲むように、数十、数百の”扉”が開かれた。


「やってくれたな...」


 扉が開かれ、その隙間から、数千の瞳が反射していた。

 一つ。とびきりでかい扉から、ローブ姿の男が現れる。


「...さて、”運命の糸スピリット”。どうする?」

「...」


 まったく、どうすればいいのかは俺が聞きたい。

 まさか、すでにそこまでの権能を有しているとは思いもしなかった。

 夕暮れ時。本来、やつらが扉を開けられるのは、完全なる陰の時間のはず。

 郊外に隣接して作られている日本危機対策対抗自治自衛軍。本来、やつらは山や海といった自然に満ち溢れた場所にしか開けない。

 この二つの条件を無視し、更に数百の扉を開いてみせた。

 完全に俺の計算ミスだった。相手の力がここまで大きくなっているとは。

 いくら、軍の敷地内とはいえ、こんなタイミングでは、それなりに時間を要してしまう。

 となると、今この場で応戦すると、俺と悠莉の二人だけとなる。いくらなんでも、それは無謀な賭けだ。

 逃げようとしても、この数ではそれも難しい。それに、奴は確実に俺の命を狙いに来ている。

 この状況での最適解。


「よし、悠莉。魔人と一緒に俺が開いた亜空間に逃げろ」

「...あなたはどうするの?」

「俺も後からすぐに逃げるさ」

「...分かった。死ぬんじゃないよ」


 まさか、この数を一人で相手取ることになるとは。


「糸術、”糸地転々しちてんてん”」


 ”糸地転々”。運命糸で囲んだ空間を異次元、亜空間といった、領域へと繋げる術。

 悠莉と魔人にはこの中に退避してもらい、そのまま逃げてもらう。

 だが、向こうも”扉”という術を有している。俺の術など、簡単に追いつかれてしまう。

 そのための時間稼ぎ。どこまで持つのか。

 

「さぁ、始めようぜ。どっからでもかかって来い」


 幸いにも、相手は魔術士がローブの男だけ。

 あとは魔獣のみ。とはいえ、数が尋常ではない。


「これは、少し本気を出すかね」


 俺は、”糸地転々”から二本の直剣を取り出す。

 なんの変哲もない、ただの鉄でできた剣だ。

 だが、こういった戦いでは消耗品の方が扱いが楽でいい。


「糸術、”糸慮分別しりょぶんべつ-しゅ”」


 さらに、”糸慮分別”の先にも同じ剣を結び、十本の糸と、十本の剣が俺の周りに浮遊し始める。


「愚かだな...。殺れ」


 俺の準備を待ってくれたらしく、魔獣の群れが一斉に俺へと向かってくる。

 数百対一。最近は多対一の戦闘ばかりだな。なんて思いながら、俺も足を前へと進める。

 あまりに無謀な戦い。それでも、これが最適解だ。


「うおぉーー!!!」


 俺と魔獣の群れがぶつかると、魔獣はたちまちに、”糸慮分別₋狩”によって切り裂かれていく。

 それでも、俺の懐へ入り込んでくるものは、鉄剣、倶旅渡、”綱壊露網”を駆使することで、薙ぎ払っていく。

 そうして数時間。いや、数分だったかもな。

 俺は、貫かれた。

 比喩とかそういうんじゃなく、心臓を一思いに剣で貫かれた。

 俺が魔獣の群れを相手している最中。気配を消して、俺の背後をとったらしい、ローブの男がいた。

 急に体が動かなくなり、下を向くと、赤黒く染まった鋭利な鉄が胸から伸びていた。

 痛みと衝撃で思考が上手く回らなかった。いや、これも違うな。回りすぎて、逆に何もかも分からなくなってしまった。

 悠莉は逃げられたのか。

 軍は大丈夫なのか。

 鏡月は上手く授業をできているだろうか。

 紅璃と七星はちゃんと授業を受けているだろうか。

 透禍は今、笑えているだろうか。


「今度こそさらばだ。”運命の糸スピリット”。お前の糸は切れた」


 体に力が入らなくなった俺はその場に崩れ落ちた。



 ♢



 あれから数時間が経った。

 私は亜空間を通って、掃除屋の事務所まで避難していた。

 ここは、特殊な結界を張ってあるため、極一部の人間と精霊だけが出入りを許されていた。

 魔人は拘束して、地下室に閉じ込めている。

 そして私は社長、幸糸を待っていた。

 私がこの掃除屋に入ったのは、まだ幼い小学一年生の時だった。

 開花家の家来の家系として木茎家に生まれ、物心ついたころから透禍ちゃんと日々を過ごし、従者の務めを果たしていた。

 ある日、数日間だけ透禍ちゃんと一緒に過ごせない期間があった。

 そんな時、いつも通り学校から帰る道に一人の男の子がいた。

 私と同じくらいのその子は、『一緒に働かないか?』と言ってきた。

 始めは何を言っているのか分からなかった。

 だけど不思議と、私はその男の子、幼き頃の幸糸のあとをついて行った。

 それからは度々、この掃除屋に来ては手伝いをしていた。

 少しずつだけど、これが正義なんだと思った。

 そんな子供の夢みたいなものに憧れ、今では掃除屋として働いていた。


「遅いな...」


 数百の魔族を社長一人に任せて逃げてきてしまった。

 昔よりは強くなったし、軍に所属してからは経験も多く積んできた。

 それでもやっぱり私はまだまだ弱いのだろう。

 彼は強い。それはもはや、人間ではないほどに。

 それでも正義の、彼の役に立ちたいと思う想いが強く燃え上がる。


 プルルルッ——


 スマホが鳴り始めた。

 画面を見ると、透禍ちゃんからだった。

 そういえば、適当なところで人形には別れさせてそのままだった。


「はい。どうかしましたか?」

『悠莉?今どこにいるのよ』

「少し離れたスーパーで買い物してますよ」


 そういえば、適当な理由をすぐに思いつく癖は、ここに来てからだった。

 社長の悪い部分が感染ったのかもしれない。


「それより、何ですか~?」


 嫌な予感がした。

 質問してから、それに気づき、すでに手遅れだった。


『幸糸が死んだわ』

「...」


 嘘つき。



 ♢



 あれから数日が過ぎた。

 軍の敷地内に突如として起きた事件。魔族の侵攻だ。

 だが、私たちは未だ平穏に暮らせていた。

 あれだけの量の扉と魔族を動かしたためか、すぐに戦争は起こらなかった。

 ただ、時間は刻々と迫っている。それだけが感じられた。

 そして、私たちの日常に穴が開いてしまった。

 夜桜 幸糸。総戦高校に通う”最弱”の糸術士の死。

 それは、何事もなかったかのように、その事実はただ消えていった。

 変に何か言われないだけよかったのかもしれないが、やはり少し納得がいかなかった。


「どうして、あなたが消えてしまうの...」


 私は感傷に浸ることもなく、軍人としての務めを果たしていた。

 ...そしていたかった。理想と現実は違うもので、私は立ち止まったままだった。

 数日、数か月間だが、案外私の中での彼の存在は大きかったらしい。

 ただ、今私の心の中で暴れているものが一つだけあった。


 殺す...


 幸糸を殺したやつを同じ目にあわせてやる。

 私は復讐の生に染まっていた。

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