事件と希望
『術士殺人事件』前代未聞のその事件は報道されることなく、軍の一部にのみ情報が開示された。
開示された人物たちはいずれも大将以上の権限を持った人物たちであった。
そして、今はその大将たちが集まり、この事件についての話合いがされていた。
会議が始まってそろそろ四時間近く経つ。
そうして遂に会議室の扉が開かれ、八人の術士がそれぞれの持ち場へと戻っていった。
最後に出てきた人物。その男に私は近づく。
「おはようございます。当主様」
「あぁ、透禍か。朝早くに呼び出して済まないな」
「いえ、お構いなく」
私は開花家当主に呼び出され、朝早くに会議室の前で待たされた。
ある事件の資料を渡されて。
「早速ですが、今回呼び出された件はお断りさせていただきます」
「まだ何も言ってないんだがな」
「これくらいなら探偵でなくとも予想はできるでしょう」
「まぁ、確かに。これくらいのことは言わなくても理解できなければ、こちらが困ってしまうな」
ある事件は先ほどにも挙げた、『術士殺人事件』のことだ。
その資料を見た時は本当にそんなことが起こりうるのかと何度も疑ってしまった。
だが、会議室から出てきた者たちを見て確信した。これは事実だ。
術士は霊術という異能がある。尚且つ、殺された者たちはいずれも軍人だ。普通にいる非術士に殺されるなんて考えられない。
何かあるのだろう。
「この件は今すぐ片づけた方がいいでしょう」
「だから、お前にやってもらおうと思ったのだがな」
「残念ですが、私たちはこれよりもまず行わなければならないことがあります」
「...魔族との戦争か」
「はい」
もし、この事件が続いてしまった場合、被害はどうなることか分からない。
今は報道されないように規制しているが、それも数の問題。
すぐに原因を突き止め、阻止するべきだろう。
だが、私たちにはそれ以上に今しなければならないことがある。
「ふむ、そう言われることは分かっていた」
「では——」
「——だが、もしこの事件が魔族と関係していたとしたらどうする?」
「え」
「この事件は魔族の策略だ」
「そんなこと、どうして分かるんですか?」
「...幸糸の助言だと言えば信じるか?」
「...」
彼は一体どこまで知っているのだろうか。
術の扱い方。魔族の戦争。魔族の策略。
どれもこれも彼の教えだ。
「かなり前だがな、彼にこの世界という事象について教えられたことがあってな」
「世界の事象?」
「少し長くなるがな」
この世界。
私たちから見れば、名前などない普通の世界だ。だが、”外”から見ればこの世界にも名前があるらしい。
”霊界”。この世界はそう言われているらしい。そして、魔族たちがいる世界が存在し、そこは”魔界”と言うらしい。
初めて聞いたときは理解できなかった。
確かに、魔族はどこから現れているのか疑問に思ったこともあった。それでも、他の世界が存在するなんてこと、想像できるだろうか。
だが、更に想像しがたいことまで教えられた。
”霊界”と”魔界”はあるときに分離した平行世界ということ。
霊界には”精霊”と”平和”という事象が残り、魔界には”魔族”と”悪”という事象が分かたれ、二つの世界ができたということ。
こんなことを聞いてしまえば、別世界が存在するなんてことは簡単なことだろう。
この世界には魔族が存在しない。そして、悪といった事柄も存在しない。
認識として、その存在を知ってはいるが、それが起こされることはない。
それはこの世界に存在しない事象だから。
「どうだ。この話、信じられるか?」
「信じます」
「即答か。私が初めて聞いたときは一か月は悩んだんだがな」
「私は一度信じたものを疑いたくありません。それはそのものの裏切りですから」
「はは、透禍は純粋だな」
その考えを裏切られてしまうこともこの世にもあるというのに。
まぁ、まだ透過はそういった”悪”を知らない。これが事象の認知の差か。
魔族という悪の世界の干渉がこの世界に起こった。その結果として、今回の事件が起きた。
これが昔に幸糸が予想していた惨劇だ。
「よりによって彼が居なくなった後で起こるとは」
「...分かりました。この件は私が請けます」
「あと、悠莉と氷室、緋瑠とも一緒に動くこと。君らは幸糸が買った人材だからね」
「分かりました」
♢
事件についてのあらましを他三人にも共有した。
その際に皆、気づいたことがあった。
「この世界にもともとは魔族が居て、悪いことをする者がいたなんて想像できないな~」
「だけど、この事実を知ったからこそ疑問に思うことって確かに存在するんだよね」
「そうそう、例えば警察や法がないところね」
「普通はあるよね」
疑問に思い、何がおかしいのかが分かる。
今まで警察や法についてなんて、なくて当たり前だったのに、今となってはそれが異常に見えてしょうがない。
実際、喧嘩やいじめといった小さなものから殺人事件や自殺といった大きなものまでが概念として知っているのに、それが起きたところを見たことがなかった。
だからこそ、先日の昼休みのように。実際にいじめは起こってないし、悪意もないにも関わらず、生徒たちが不可解な言動をしていたことにも合点がいく。
以前までは私たちも同じような言動をとっていたのだろう。だが、魔族との戦いを生で受けている私たちは本物の”悪”を感じている。
だが、それは決定的なものではなくあくまでも違和感としてだった。
やはり、大きなものは世界についての真実をしったからだろう。
それ故に、この世界の歪さを理解することができた。
これが、元は同じ世界だった証拠なのかもしれない。
今となっては”普通”が何なのか分からなくなってきてしまった。
「それで、今回の事件を解決する策はあるの?」
「あるよ。っていうか、今までと変わらないよ」
「変わらない?」
「そう。私たちは今までと変わらずに魔族との戦争に挑む。そして勝つ。今回の事件は魔界の干渉からなるもの。ならば、干渉されないように魔族に勝つことが一番の解決策」
「え、もっと他にしなくていいの?」
「他にするとしたらそれは私たちが疑問に思った警察や法を作る必要がある。だけれど、それには時間があまりにも足りない。今後更に魔族による干渉が増えた場合、今回の事件以上のことが起こってしまう。そして、その干渉はすぐそばまで来ていることが確定している」
「魔族との戦争」
「だから、私たちがやるべきことは大本。”悪”の事象の干渉を断ち切ること他ならない。即ち、魔族との戦争に勝つこと」
結局のところ、私たちがやることは変わりない。
魔族との戦争に勝つことそれが私たちの目標であり、今回の事件の解決であり、この世界がするべき選択なんだ。
それ以前に、この件が私に回って来た時点でこの解決策は分かっていた。
この件は開花の術を持っているとはいえ、私には大きすぎる。
なら、お父さんが私にこの件を任せたのは、魔族との戦争を私が準備しているから。
どこに行っても力を貸してもらえなかった私たち。それを見越して、私にこの重大事件を任せたのだろう。わざわざ軍の頂点に君臨する八人の術士にまで声をかけて。
この事件を早急に解決するため、要請が出たら必ず請けるようにしてくれたのだろう。
本当に、お父さんには感謝しかない。そして、これらを全て見越していたであろう幸糸。
魔族との戦争。別世界の存在。”悪”の干渉。
それら全てが点と点で繋がった。
彼がいなくなった今、この世界は窮地に達しているのだろう。
これでより一層準備に力を入れられるようになった。なら、そろそろあの作戦を進めてもいい頃合いだろう。
この戦争は私たちが勝たせてもらう。
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