暗躍と爆弾

 総戦高校は若い術士を教育する学び舎である。

 そのため一般的な座学や部活動、委員会活動に加えて特殊な授業が一つある。

 それが実習授業。実際に魔族との戦いを想定した戦闘訓練。

 術の発動や軍の動き方といったことをこの授業では教えられ、実際に行われる。

 そしてこの授業では五人一組になり、それぞれの班に一人ずつ現役の軍人が講師として招かれる。


「初めまして、私が今日から君たちを受け持つことになった越智 鏡月だ。よろしく頼む」

「...よろしくお願いします」


 彼女は越智おち 鏡月みつき。俺たちと同じで、総戦高校に入学、卒業をし、軍人になってから六年。

 簡単な計算で、彼女の年齢は二十歳を超えている。それにも関わらず、彼女の容姿は中学生と見間違えてしまうほどである。

 まぁ、簡単に言うと。


「ロリバb——」

「...」


 無言の圧力を感じたのでそこまでにしておき、定例文を述べる。


「いや~、越智さんはお綺麗ですね~。さすが“探究の鏡“と呼ばれるお方です!」

「...」


 余計圧力が増したような気がする。しかも一つだけじゃなく周りからも。


「まぁ、いいわ。早速やってきましょ。まずは自己紹介から。君から行こうか」

「え、あーっと。僕の名前は氷室ひむろ 七星ななせと言います。剣術士で、”氷”を操ることができます」


 指を刺されたのは俺の後ろにいた男子。

 背丈は俺と同じくらいで、メガネをかけ、その上から茶髪が少し荒っぽく伸びている。

 そして、七星はイケメン。今も周りの女子からの視線が止まない。

 しかし、そんな思いも空しく、すでにその席は占領されている。


「じゃあ、次は私。私の名前は緋瑠ひりゅう 紅璃あかりと言います。弓術士で、”火”を操ることができます。ちなみに、七星くんの恋人でもありま~す」


 その彼女とは、七星の隣にいる女子。

 七星より微妙に背が低く、黒い制服に長髪の赤髪が被さっており、赤黒い光がこちらを差す。

 そして、こちらも超美人。尚且つコミュニケーション能力が高く、友人も多い。


「二人は恋人同士だったんだね」

「うん。七星くんとは幼馴染で、恋人だよ。だから七星くんを狙っても無駄だからね」

「そんなことしないよ~」


 早速コミュ力強者が話し合っている。

 なんともいいことで。


「それじゃあ、次は私。木茎 悠莉。銃術士で”土”を操れるよ。ちなみに私も、透禍ちゃんの恋人だからよろしく~」

「ちょっと悠莉!変なこと言わないで!」


 黒髪ショートに青のメッシュが入り、茶色と白のオッドアイが特徴的。

 

「もう、はぁ~。...次は私。開花 透禍。刀術士で”生”を操ることができます。...その、できれば仲良くしてくれると嬉しいです」

「透禍ちゃんは恥ずかしがり屋だから。私からもどうかお願いします」

「ちょっと!余計なことは言わなくていいから」

 

 この青春真っ只中な雰囲気を邪魔しないように、一人俺は傍観者に徹底する。

 だが、そうはさせてくれないのが悲しき現実。


「おい、次はお前の番だぞ」

「あ、はい。...ん~と、俺の名前は夜桜 幸糸。糸術士で”運命”を操ることができます。皆さんご存知の通り、最弱の糸術士なので、俺が働かなくていいように頑張ってください。これからよろしくお願いします」

「はぁ~」

「...」


 溜息一。無言四。よって無言の方々の勝ち。


「越智さんの負けです」

「何がだよ!」


 いくら俺が自己紹介がぱっとしないからって溜息は酷いじゃないか。おかしいのが二人いるだけで、七星と然程変わらんだろ。

 まぁ、とりあえずこの五人でこれから実習授業をやっていくんだけど。

 この班の人物たちを見て、権力がどれだけすごいことなのかを知った気がする。



 ♢



 その後、実習授業は簡単な説明だけで終わった。

 放課後、多忙な俺は今日も忙しく。少ない貴重な時間を割いて学校のとある教室へと向かう。

 それは購買とは真逆の場所にあり、そこには貸し出されている教室が一つ。

 扉を開けると、そこには”俺”が立っていた。正確にいうと、鏡の中の俺になる。


「いい加減ここに鏡を置くのは止めた方がいいんじゃない?」

「だめだ、そこにないと落ち着かない」

「はぁ~、そういって違う鏡を見てるくせに」


 俺は扉を閉め、鍵をかける。

 もしこんな場所を見られたら困るからな。

 

「で、なんで呼んだの?鏡月」

 

 教室の中で鏡とにらめっこを続けているのは先ほどまで俺たちの講師を務めていた越智 鏡月である。


「授業中じゃないと言っても、仮にも学校の中なのだから呼び方には気を付けなよ」

「大丈夫だって」

「はぁ、何が大丈夫なのやら」


 呆れられてしまったようだ。


「要件は二つ、一つは今日の任務をあなたたちに頼みたいこと、二つ目は実習授業のこと」

「一つ目は分かった。で、二つ目はどういうこと?」

「本当にするんだな?」

「...」


 その質問はずるいだろう。

 俺は二つの選択肢から一つを選んだつもりでも、未だ心の中で悩み続けている。

 それでも...。


「あぁ、やるよ」

「...分かった。お前がそう言うなら」

「ありがとう」

「今更だろ」


 本当に、俺は鏡月に少々頼り過ぎなのかもしれない。


「じゃあ、また」

「あぁ、気を付けろよ」


 俺は暗い教室の中から姿を消す。


「...今世紀最大のバカだな」


 その声が俺に聞こえることはなく、教室に響くこともなく、消えていく。



 ♢



 

「まさか私たちの担当が越智さんだったなんて」

「最年少で軍に首席で入り、自身の鏡術で魔族に対する策を次々に作り出し続けている功労者」

「そんな人に授業をしてもらえるなんて」

「でもな~、最後にあんな爆弾を落としていくなんて」


 透禍、悠莉、七瀬、紅璃の四人で私たちは放課後の教室に集まっていた。

 実習授業の最後に越智さんからある課題を出され、それについて考えるために。

 時は少し遡り、実習授業最後...。


「それでは最後に課題を出そうと思う」


 それまで授業についての説明をしていた越智さんが何の前ぶりも無く、そう言いだした。


「その課題の内容とは、四対一の勝負に勝つこと」

「...へ?」

「相手は夜桜だ」

「...は?」


 私たち四人は同じ疑問を持っただろう。

 越智さんと勝負をするなら分かるが、相手は私と同じ生徒。

 しかも、四対一での勝負。疑問を持つなという方が無理だろう。


「ちなみに、勝たなきゃ私は授業を行わない。代わりに夜桜に担当してもらう」

「...えぇ!?」

「以上。質問は受け付けない。では、解散」

 

 そうして夜桜くんも越智さんもどちらもすぐに消えてしまった。


「はぁ~、夜桜くんって何者なの?」

「噂でいうと”最弱”の糸術士って聞くけど」

「そもそもどうして彼は総戦高校に入学したの?術士とはいえ、術が使えないんじゃないの?」

「...」


 こんな内容ばかり出てくる。

 実際私も疑問ばかり出てくる。だが、その答えは出てこない。


「まぁいいわ、結局のところ勝てばいいんでしょ」

「おぉ~、さっすが”最強”は違うな~」

「からかわないでよ」

「ごめんね~、コミュ障だからこんな返答しかないけど、実際は恥ずかしいだけだから」

「もう~、やめてって!」


 紅璃と悠莉の仲が急接近していってる。しかもあまり良くない方に。


「まぁ、開花さんの言う通りかもね。実際のところそれが一番手っ取り早いよ」

「そうね、七星くんがそれでいいなら私もそれで」

「私も透禍ちゃんの意見にさんせ~い」

「なら、早速だけど今から訓練しない?互いの術を見ておくのは大事でしょう?」


 意見が揃ったところで、あとはそれに向かって進むだけ。

 この課題が終わったら全てを聞き出してやるんだから。これまでの彼の行動の意味、彼が何を考えているのか、その全てを。

 私は他の三人とはまた違った感情を心にくべていった。

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