天井と容疑

 幼い頃、私は兄姉から過度ないじめを受けていた。

 私自身はまだ幼稚な部分もあって、いじめを受けている自覚はなかった。我が家が他の家と違って、特殊だということもあって、これが普通だと思っていた。

 何かあるたびに怒られ、叩かれ、無視され。どうして自分がいじめを受けていたのかその理由は今となってはもう思い出せない。

 それでも私は努力を続け、優秀に、真面目に、強くなろうとした。

 そんなときに私を根底から覆すほどの事件が起きてしまった。

 その事件を境に、開花家の跡取りは私に決まった。



 ♢



 眩しい光が私の瞼をしきりに閉じさせてくる。

 目を開けると真っ白な天井、薬品の匂い。もう私にとってはすぐにどこか分かるほどの馴染んだ場所。


「...ここは、病院のベッド」


 と、いうことは私はまた気絶してしまったらしい。


「起きましたか?」

「...えぇ。またごめんね、悠莉」

「いえ、今回のことは仕方ありません」


 視線を横に向けると従者の悠莉がそこにいた。手慣れているようで、林檎の皮を剝いている。


「どれくらい寝てた?」

「今回は四日ほどです」

「結構過ぎてるわね」


 私は任務でかなり無茶をしてしまう性格であるため、こうして病院で数日寝ていることがよくある。

 軍の仕事とはいえ、このせいで周りとの勉学の差が開いてしまうのよね。

 私は体を起こし、手のひらを握って、閉じてを繰り返す。


「うん、大丈夫そうね。担当医を呼んできて」

「かしこまりました」


 そう頼んで悠莉に先生を呼んでくるように促す。

 それと入れ替わりに一人の男が病室へと入って来る。

 悠莉も特に何か言うわけでもなく、そのまま通す。

 それもそうだろう。彼は私の身内なのだから。


「おはようございます。当主様」

「...はぁ、まったく。そんなに畏まらなくていいぞ。今はお前の親として来ているのだからな」

「そういうことなら。久しぶりね、お父さん」


 この男は私の実の父親。そして今の開花家当主である。

 開花ひらばな 双一楼そういちろう。開花家の歴史の中でもかなり上位に名前が入るほどの腕を持つ。

 刀術に関しては負け知らず、どんな相手でも一振りで全てを薙ぎ倒してしまうと言われるほどである。

 勉学に関してはあまり強くはないが、自身の考えをきちんと持ち合わせ、それを通すだけの才覚もある。

 人間関係では誰にでも人当たりがよく、人選の目も蓄えている。

 何に関してもほぼ一流の働きをすることができるハイスペック人。

 それが私の父親である。

 今では当主として軍で高い地位に立ち、軍の指揮を任されている。

 そのため、なんとも多忙で最近は会う機会が減っていた。


「どうだ、具合のほうは?」

「なんともないわ。いつものように少し力を使い過ぎたせいね」


 私はヒラバナ流刀術を継承したときから、術を使い過ぎると気絶することがある。

 未だにこの体質に関しては解けていないが、このことが世間にバレれば開花家としての名誉が下がる可能性があるため、これは限られた人物にしか知りえないことである。


「すまないな。そんな体なのにお前を軍に入れてしまい」

「そんなこと言わないで。これは私が好きでやってることだから」

「...そうだったな」


 父とのひさびさの会話。私のことを心配してくれていることが伝わって来る。

 私は幸せ者ね。


「それで、今日は他にもお前に用事があってきたんだ」

「それは何?」


 先ほどまでの会話を一区切りし、お父さんは少し気を引き締めた。


「先日の任務のことだ」

「...」

「他の隊員から話は聞いてる。今までとは桁が違うほどの魔族の軍勢。そしてそれらを瞬時に倒した者について」

「っ!お父さんはそれをやってのけた人物を知ってるんですか?」

「...あぁ」


 これでも私たちの隊はかなり腕が立つほうだ。私たちが苦戦を強いられるほどの軍勢。

 それらを瞬時に倒した存在。私はそれが誰なのか気になって仕方がなかった。

 

「いったい誰なんですかその人は」

「...すまないな。これは教えることができないんだ」

「なんでですか?」

「軍の機密事項だからだ」


 軍での機密事項。それだけの秘匿性のある人物。

 俄然興味が湧いてきてしまった。


「ということはその人はこっち側の人なんですね」

「あぁ。だから脅威になることはない」

「わかりました」


 もちろんそんな強い人物と会ってみたい気持ちはあるが、一番はそれが味方か敵かの判別であった。

 私たちを助けてはくれたが、これも気になっていたことだ。

 もしその人物が敵側だとしたらこちら側が危機にさらされることもある。


「今日私がここに来た理由はお前と会いたかったことと、その人物について黙っていてほしいからだ」

「軍の命令ではないんですね」

「あぁ、これは命令ではなくお願いになる。これも彼の立場ゆえなのだが」

「...わかりました。この件については他言無用とします」

「すまないな」


 彼。その人物は男性なのか。

 誰かに言いふらすことはなくても、その人に対する興味は未だ溢れていた。


「失礼します。担当医をお連れしました」


 いいタイミングで悠莉が帰ってきた。


「それじゃあ、私はこれで帰ることにするよ」

「分かったわ。さようならお父さん。今日はありがとね。それと健康には気を付けて」

「あぁ、お前もな透禍」


 お父さんが出ていき、担当医が入って来る。

 私はベッドに再び横になると真っ白でシミのない天井を見上げた。

 その様子を遠くから見ている一人の人物がいることに気づいているのは誰もいなかった。



 ♢



 私は病院を後にし、車に乗り込み、家へと移動する。

 その時、スマホが鳴り始めた。


「...もしもし」

『こんにちは、双一楼さん』

「なんだ君か」


 私はスマホから聞こえる声とその呼び方で誰だか把握する。


「またスマホを変えたのかい?」

『はい。何度もすみません』

「いや、そんなことはいいさ。それよりも感謝しよう」

『そんなのいりませんよ』

「それでも娘を救ってくれたのだから」

『彼女も言っていたでしょう。これは俺が好きでやってることですから』


 電話の向こうにいる人物。それは先ほど透禍との話にも出てきた人物。


「ところでなんの用だい?」

『あぁ、頼まれていたことが分かったんです。やっぱり軍にいますね、”魔術士”』

「そうか」

『ただやっぱり、俺でもそれがどいつなのかはまだはっきりしませんね』

「わかった。その情報だけでもありがたい」


 そのあと少し今後について彼と計画を立てていく。


『それでは俺はこのへんで』

「あぁ、これからもよろしく頼む」


 そうしてこの会話履歴は消去する。



 ♢



 電話を切り、夕焼けを後にしながら宵の風をその身に受ける。

 気持ちのよい感覚を確かめながら俺は心配する。


「予想より早いな」


 俺の勘が警鐘を鳴らして止まない。


「ならこっちもそれに対応するだけだけど」


 俺はそういってその場から消え去る。

 影より暗く、深い色へと。



 ♢



 今日は、俺には珍しく早く学校へ登校した。

 こんな日には隕石でも降ってきそうで怖いな。

 自分でそう思う。

 教室の扉に手を伸ばし、軽快に中へと入る。教室の中にはすでに登校していた人物がいた。

 そこにいるのは白い髪、白い肌とまるでそこに存在していないかのような透明感を醸し出す。

 制服を綺麗に纏っており、席に着いている所作はまるで一国の姫君のよう。

 彼女もこちらに気づき、空の様な色をした瞳がこちらを捉える。


「おはよう、透禍さん」

「...おはようございます。夜桜くん」


 なんとも簡素な挨拶。

 それでもその声は美しく、つい気をとられてしまった。


「体の方はもう大丈夫?」

「えぇ、数日休ませてもらったおかげで」


 彼女は数日間体調不良ということで休んでいた。


「はい、これ。ここ数日間の授業のノート。必要でしょ?」


 彼女は呆然としていた。


「あれ?もしかしてもう他の友達から見せてもらってたりする?」

「いえ、見せてもらってないし、必要ではあるけど...」


 なんとも歯切れの悪い。


「その、どうしてそんなことしてくれるの?」

「...ん~、まぁ、強いて言うなら、困っている君を助けたいから」

「...へ?」


 そんな間抜けな声が聞こえたが聞こえないふりを押し通す。


「とりあえず受け取っといて。じゃあ」


 俺は自分の席へと戻る。

 ほかに誰もいない教室に、気まずさだけが残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る