第6話

 先に行ったのはルードの方だった。

 屋根の上を走って、はしまで来たところで思いっきり踏み込む。


 ゆるく弧を描いて空中を飛翔ひしょうする。

 そして、軽々と塀を飛び越えた。

 そのまま伯爵家の敷地内に着地したルードは、前方に一回転して勢いを殺すと、何でもないように立ち上がった。



「ほぉ、なかなかやるじゃねぇか」


 ルイスは感心して声をあげる。


 屋根の方に視線を戻せば、今度はテッドが助走を付けているところだった。

 ルードと同じように屋根を走り、端で踏み込んで跳躍ちょうやくする。だが、ルードほどの距離は出ない。

 ぎりぎりのところで塀を飛び越えると、バランスを崩しながらもなんとか着地した。


「おお、ぎりぎりでしたが飛び越えましたね」


 ティトもルイスと同じように声をあげた。


 ルードとテッドは、まっすぐ練兵場の方へと向かう。屋根の上から確認したのか、そこにシュトラウス伯爵がいることを知っているように、彼らの行動には迷いが感じられなかった。



 今、練兵場にはシュトラウス伯爵をはじめ、精鋭騎士が10名、兵士が20名ほどいて、怪盗ナバーロを待ち構えている。


 これも、ルイスが予告状を出したのが原因だ。


 そして、そこに現れた怪盗の二人。

 現れたタイミングは予告状に書かれた時間よりも少し早いが、伯爵たちが彼らを怪盗ナバーロと勘違いする材料は充分に揃っている。



 両者の間にひと問答もんとうあったようだが、すぐに戦いが始まる。


 兵士たちがネバールの二人に群がる。

 だが、ネバールの二人も負けていない。


 ルードの方は、細身の直剣を抜いた。

 右手に持った剣で、兵士の攻撃を受け止めると、左手に持った瓶のような物を振る。

 その直後、対峙たいじした兵士は地面に足をい付けられたように動けなくなっていた。


「なんだ、あれは?」


 ルイスが怪訝けげんな顔をする。

 はっきり見えないが、兵士のその動きがに落ちない。


「あの瓶の中に入っている液体は、接着剤のような効果があるようです。かなりの粘着力があるのか、あれのせいで兵士の足は地面に張り付いてしまっているみたいですね」


 ティトが遠見筒スコープを覗き込みながらそう解説した。


 テッドの方も基本的な戦い方はルードと同じだ。

 武器はタルワール曲刀。舞うような動きで兵士たちを翻弄して、隙を見て瓶の液体を兵士の足元にかける。


 一人ずつ確実に兵士を無効化していく。


「やるなぁ。このままだと、やつらに取られちまうんじゃねぇか?」

「かもしれませんね」


 そんな心配をルイスとティトがした時だった。


 兵士の代わりに精鋭騎士がルードに斬りかかった。

 ルードは、それをかわして騎士に剣を叩きこむ。

 だが、さすがは精鋭騎士。ルードの剣は、盾によってはじかれる。

 はじかれたルードは、態勢を立て直してもう一度突進する。

 そこに、テッドも加わった。


 騎士の方も黙ってそれを見ていることはない。

 さらに何人かの騎士が群がってきて、すぐに乱戦になった。


 その乱戦の中、ルードは瓶の液体をふりまこうとする。だが、そこへ騎士が盾を叩きつけた。

 その盾の一撃は、ルードの持つ瓶を粉々にくだく。


 中の液体が辺りに跳び散る。


 まず、ルードが足を粘着液にとらわれバランスを崩す。

 そこへ、盾を叩きつけた騎士が倒れ込み、さらにもう一人の騎士も巻き込んだ。


 さらにテッドの足元にも液体が飛んだのか、テッドも足を取られる。

 そこへ3人目の騎士が巻き込まれた。


 5人の男たちがもつれるように重なり合ってもがく。

 だが、もがけばもがくほど、粘着液でいろんな場所がくっついていく。

 そのせいで、どんどん動けなくなっていった。


「さっきの粘着液。あれで、みんなくっついちゃったみたいですね」

「あははははは。そうみたいだな。間抜けかよ」


 ルイスは腹をかかえて笑っている。

 ティトも、頬を引きつらせて笑った。



 その頃には、既に日は落ちて、空は濃い藍色に塗り替わっていた。

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