第4話

 食事のためにルイスとティトが訪れたのは、傭兵ギルドに併設へいせつされている酒場だった。

 昨日の『船乗りの酒樽亭さかだるてい』は、残念ながら夜しか店をけていない。


 だが、傭兵ギルドに来たのは店が閉まっていたからという理由だけではなかった。

 小さい街なんかだと傭兵ギルドが一番情報が集まる場所だったりするのだ。


 それに、予告状が届いた後、警備を増やすために傭兵を雇う貴族は少なからずいる。

 傭兵が新たにやとわれる場合は、その傭兵に混ざって侵入することもあるので、予告状を出した後は傭兵ギルドに訪れて様子を見ることも多かった。


 もっともシュトラウス伯爵のあの調子なら、新たに傭兵を雇うようなことは無さそうだが。



「うーむ」


 そのような理由もあり、この傭兵ギルドに併設へいせつされている酒場を選んだのだが。ルイスはメニューを見ながらうなっていた。


「どうしたんですか?」

「旨そうな魚料理が無い!」


 ティトの問いかけに、メニューから顔をあげたルイスは真面目な表情でそう断言した。


「仕方ないじゃないですか。たまには肉料理で我慢してください」


 そう言うティトも心なしか寂しそうだ。


 ふと、隣の席を見ると赤っぽい髪の二人組が、豪快に肉料理をテーブルに並べていた。


 二人は適当に肉料理を注文すると、周囲の喧騒けんそうに耳を傾ける。これはもう、二人にとってくせのようなものだ。




「兄さん、路銀ろぎんもだいぶ心許こころもとなくなってきましたし、そろそろ、どこかに盗みに入らないといけませんね」


 突然、隣の席からそんな声が聞こえた。

 小声で話しているせいで聞き取りにくいが、ルイスもティトも耳はいい。

 言ったのは、隣の席の二人組のうち、背が高い方だ。座っているからはっきりは分からないが身長はティトと同じくらいかもしれない。


「そうだなぁ。なんかこう、ちゃちゃっと稼げる高価なものとかありゃいいんだがな」


 答えたのは向かいに座る男で、こちらは小柄な体格をしている。ルイスといい勝負かもしれない。


「そうなると、貴族の屋敷ですかね。この街の領主ニック・シュトラウスは武器の収集が趣味とも聞きます。高価な魔法武器なんかも持っているかもしれませんよ」


「それだ!」


 小柄な赤髪が、テーブルを軽く叩いて、大きな声をあげた。


「でも、ここの領主。武勇で有名らしいです。大丈夫でしょうか?」

「なぁに。俺は、泣く子も黙るのルード・ネバール様だ。貴族の坊ちゃんなんかに後れを取ったりはしねぇよ」


 小柄な方の男が胸を張る。


「それもそうですね。兄さんが負けるはずありません」


 長身の方もそう言って頷いた。



 隣で聞き耳を立てていたルイスとティトは、無言で顔を見合わせた。

 お互いの顔に、『なんだ、その偽物みたいな名前は?』という疑問が張り付いている。

 がなんとなく似ていて偽物みたいなのは言うまでも無いが、も少しだけ似ている気がする。

 こうなると、俄然がぜん弟の名前も気になるところだ。



 そう思った時、バンッという大きな音がして、傭兵ギルドの扉が勢いよく開かれた。

 入って来たのは、肩で息をしている若い男だった。


「おい、みんな。大変だ! 領主様のところに怪盗ナバーロから予告状が届いたらしい。狙いは、領主様の魔法武器らしいぞ」


 その若い男はギルド内に響くような大きな声でそう言った。


 一瞬の沈黙の後、ギルド内はそれまで以上の喧騒けんそうに包まれる。




「怪盗ナバーロって、誰だよ?」

「バカ、知らねぇのか? 最近、名前を聞くようになった凄腕の盗賊だよ」

「ああ、なんでも貴族ばかりを狙うっていう噂だな」


「なんだよ。今度はうちの領主様がターゲットかよ?」

「うちの領主様は強ぇからなぁ。どっちが勝つんだろ?」

「ばーか。そりゃうちの領主だろう。強いぜ、あの人は」


「俺は、ナバーロを応援してぇな。いつも威張っている領主様をぎゃふんと言わせてやりてぇよ」

「おぉ、そりゃあいいや」

「俺もナバーロを応援するかなぁ」




 そんな声が聞こえてきた。

 ずいぶんと有名になったもんだと、ルイスとティトは思う。名前を売るつもりは無かったが、いつの間にかそこそこ名が知られるようになった。


「俺たちも、ずいぶんと有名になったものだな」


 その声は、隣の席から聞こえてきた。なぜかルードが自慢げな顔でそう言った。


「えっ、怪盗ナバーロって聞こえたような。それに僕たち、予告状なんて出しましたっけ?」


 長身の弟の方は、首を傾げている。


「そりゃあ、聞き間違いさ。それに、誰かが俺達に期待して予告状まで出したんじゃねぇか? こりゃあ期待に応えてやらねぇとな」


 そう言って、ルードはニヤリと口の端をあげると、立ち上がった。


「ちょうどいい。行こうぜ

「はっ……、はい」


 テッドと呼ばれた弟は、まだ首を傾げていたがルードに続いて立ち上がった。

 そのまま、二人は酒場を出て行く。

 そんな二人をルイスとティトは、口をぽかんと開けたまま見送った。


か。微妙にこっちも似ていたな」

「はい……」


 ティトは複雑な顔をしながらも同意した。

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