第2話

 ここは、ニーズベルクという名の小さな港町。

 その港の一角にある『船乗りの酒樽亭』という小さな酒場だ。


 店構えは古く、正直に言うとぼろい。

 その壁は、色がげたり、ところどころ石が欠けたりしている。店内のテーブルや椅子にしてもそうだ。

 木製のそれらは、いまにも壊れてしまいそうなほど古く頼りない。ときおりミシミシと音を立ててきしんでいる。


 そんな店構みせがまえにもかかわらず、ほぼ満席といっていい店内は、多くの客で賑わっていた。そして、その喧騒けんそうは外にまで聞こえてくるほどだ。


 客のほとんどは獣人で、どうやらここは獣人達が集まる酒場らしい。


 店主ももちろん獣人で、ルイスやティトと同じ猫獣人みゃうだった。

 だが、猫獣人みゃうにしては珍しく、かなりぽっちゃりとした体型をしている。


 一説によると、自分が魚をたらふく食べたいという理由だけで店を開いたという。

 自分の店を持てば、大好きな魚が食べ放題だと、そう思ったらしいと、もっぱらの噂だった。


 それほどまでに魚が大好きな店主である。

 そんな店主の魚料理だ。美味しくなるのは必然と言えるだろう。




「はぅ~。食った。食った」

「幸せです~」


 しばらく無言で食べまくっていた二人だが、やっとその手が止まる。

 というよりテーブルに乗っていた料理をすべて平らげてしまっただけなのだが。


 今は、背もたれにだらしなく体を預け、ぱんぱんに膨らんだ腹をさすっていた。

 椅子の背もたれがギシギシと悲鳴をあげている。



 その時、チリンというドアベルのんだ音色が店内に響き、二人の熊獣人ウルスが入って来た。


「おやじ、酒だ」

「くそぉ、飲まずにやってられっかってんだ」


 二人は、カウンターに並んで座ると、店主に向かって大声をはりあげた。


「どうした? ドナテロにサンチョ。今日はずいぶん荒れてるじゃねぇか?」


 店主はそう言いながら、木製のジョッキになみなみと注がれた麦酒エールを二人の前に置いた。


 ドナテロとサンチョと呼ばれた二人は、ジョッキを受け取ると、一気にあおる。

 そして、一瞬でジョッキを空にすると、ドンという大きな音を立ててテーブルに置いた。


「くぅー」

「ぷはぁ。なあ、おやじ、聞いてくれよ」


 店主は、二人のジョッキに新たに麦酒エールを注ぎながら、熊獣人ウルスの二人に視線を向ける。


「俺たち、前にすっごい古い遺跡を見つけたって言ってただろう?」

「ああ、そう言えば、旧魔法文明時代の遺跡かもしれねぇって興奮していたな」


 店主が二杯目のジョッキを二人の前に置く。


「そう。それだ。あれから、ずっとその遺跡を調べていたんだ」


 熊獣人ウルスは、ジョッキを持ち上げると、ぐびっと一口飲んで続ける。


「二日前に、ついに俺たちは、その遺跡でお宝を見つけたんだ」

「ほう。どんなお宝だ?」


「聞いて驚け、見つけたお宝は、旧魔法文明時代の魔法武器だぞ。どうだ? すげえだろう」

「ほぉ、そいつはすごいじゃないか?」


 店主は目を見開く。

 旧魔法文明時代の魔法武器と言えば、今の魔法技術では造ることが出来ないものも多く、少なく見積もっても数百万リルは下らないほどの高値で取引される。

 それは2、3年は遊んで暮らせるほどの大金だ。


「それで、どんな武器だったんだ?」

「槍だ。名は『氷の魔槍まそうジーリアス』って言うらしい。めいは『アラン・リュシエール』って刻まれていた」

「ふむ。聞かない名だが、めいりで名前付きなら、かなりの代物なんだろうな」


 店主は、腕を組んで感心したように頷いた。


「で、それのどこんに不満がるんだ? ドナテロ」

「それがよぉ。ここからがむかつく話でよ」


 そう言って、ドナテロはジョッキを傾ける。そして半分ほど飲むと、ジョッキを置いて話を続けた。


「さっき、お役人どもがうちに来やがって、俺たちが苦労して手に入れた魔槍まそうを召し上げるって言い出しやがったんだ」

「ほぉ。そりゃあ、ひでぇな」

「だろう? で俺は言ったんだ。それは俺達が見つけたもんだ。いくら領主様の命令とはいえ聞けねぇって。ただで渡すわけにはいかねぇって訴えたんだ」


 再びドナテロはジョッキを持ち上げる。今度こそジョッキは空になった。


「だが、聞いちゃくなかった。50万リル入った袋を投げてよこしただけで、無理やり魔槍まそうは持って行かれちまったんだ」

「そうか、それは災難だったな」


 店主は、空になったドナテロのジョッキに麦酒エールを注ぎなおす。


「領主の権限だとかぬかしやがって、意味が分からねぇ」


 サンチョも、ジョッキの酒をあおって、そう言った。





「なあ、ティト。次の得物が決まったな」

「はい。兄さん。許せませんね」


 店主とドナテロの話が聞こえてしまったルイスとティトは、怒りのにじんだ表情で立ち上がった。

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