怪盗ナバーロの奮闘 『氷の魔槍ジーリアス』

ふむふむ

第1話

 簡素な丸いテーブルの上には、たくさんの料理が並んでいた。


 ところどころ茶色く焦げ目のついた、秋刀魚さんまの塩焼き。

 飴色あめいろに輝く光沢をまとった、ブリり焼き。

 甘辛あまからい醤油ダレに半身を沈める、カレイの煮つけ。

 黄金色こがねいろに輝く衣に包まれた、あじのフライ


 そして、テーブルの中央にある鍋には、魚のぶつ切りや、頭がまるごと沈められた、あら汁がたっぷりと入っている。


「うわー、美味しそうですね」

「ああ、こいつは、やばいな」


 テーブルを囲むのは猫獣人みゃうの青年、二人。

 二人とも、猫のような耳が頭に乗っていて、細い尻尾が腰の辺りから生えている。

 猫の特徴を持つ獣人種だ。


 右に座っているのは、男性にしては小柄な体躯たいくで、鋭い目つきに小さめの鼻を持つ青年。

 短めの髪は青みがかったグレーで、その髪の上に同じ色の猫耳がちょこんと乗っている。

 白いシャツに動きやすそうな生地の黒いパンツ。

 そして黒のジャケットという服装だ。

 彼の名は、ルイス・ナバーロと言った。


 左に座るのは細身の長身で、ルイスよりは少しだけ若い。

 ルイスとは対象的な大きめの瞳に、まじめそうな黒ぶち眼鏡をかけている。

 髪色はルイスと同じ青みがかったグレー。

 その髪はルイスよりも少し長く、肩のあたりまで無造作に伸ばされていた。

 こちらの長身の名前は、ティト・ナバーロと言う。


 兄のルイス、弟のティト。


 二人で、怪盗ナバーロを名乗り、横暴おうぼうで汚い貴族だけを相手に盗みを行っていた。



 本人たちとしては、いわゆる義賊というやつをしているつもりだ。



「さて、食うか」


 二人は、蜂蜜酒ミードの入った木製のジョッキを手に取ると軽く打ち合わせた。


 蜂蜜酒ミードを一口飲んだルイスは、目の前の秋刀魚さんまの塩焼きにかぶりつく。

 ほどよく塩を振って、パリパリに焼かれた皮。

 それを歯が突き破る感触の直後、たっぷりと脂がのった身がほぐれ、口いっぱいに広がった。

 脂と白身。その甘みと旨味が混ざって、それをほどよい塩味えんみがまとめあげる。


「はぁあ。この脂の旨味。最高だよなぁ」


 ルイスは幸せに包まれとろけそうになっていた。


 そんなルイスの秋刀魚さんまにチラッと視線の送った後、ティトはブリの照り焼きに手を伸ばした。


 飴色あめいろのベールに包まれた肉厚の身に箸を入れると、ほどよい弾力が弾き返す。

 だが、それも束の間、すっと箸が入っていく。

 その身を一口、口に運ぶと甘辛いタレと、肉厚の身が持つ旨味が口の中いっぱいに広がって、絶秒なハーモニーを奏でる。


「ほわぁあぁ。やばいです、やばいです、やばいです。美味し過ぎます」

 

 ティトの頬は自然と緩み、なぜか興奮しながら『やばいです』を連呼する。


「なあ、ティト。もうちょっと、なんていうか。言い方ってもんがあるだろう?」

「いいんですよ。もう、美味しいんですから。それだけで」


 ルイスの突っ込みは軽く流して、今度はあじフライに手を伸ばすティト。


 一口かじると、カラッと揚げた香ばしい衣が、サクサクの歯ごたえを返し、その奥にあるの白身がほどけて、ティトの口の中を蹂躙じゅうりんする。


 香ばしい衣の風味と、白身の旨味。

 その二つに蹂躙じゅうりんされたティトは、簡単にノックアウトされて、言葉も出ないで放心してしまった。


「まあ、確かに。この旨さに、言葉なんてどうでもよくなるよな」


 ルイスは、鍋から、あら汁を椀によそうと、それを一口ひとくちすすった。

 凝縮ぎょうしゅくされた魚の旨味。そして、香りが口から鼻に抜けていく。その強い旨味と香りを、味噌の風味が優しく包んでまとめあげる。

 完全に調和されたその味に、ルイスも言葉を失った。


「今は、この料理を楽しもうぜ」

「今は、この料理を楽しみましょう」


 二人の言葉が被る。

 お互い、顔を見合わせてニヤリとすると、黙って次の料理に箸を伸ばした。

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