1-3 「Hello world」③

「お疲れさまですカナタ。 ただ言いたいことがあります。」

 戦いが終わり、キャリーが主の労をねぎらう言葉を述べるが、小言がついてくる。

「はいはい。聞いてあげますよ。」

 カナタはカナタで別に気にかかることがあったので、受け流すかのように適当に合図する。

「長銃で頭部を狙撃するなら、スラスター噴射は必要なかったのでは?」

 厳しい口調で抗議をするキャリーに「ああそれね。」と軽く返したカナタは、

「必要だったよ、あいつの殻は硬いから単純に頭部を狙撃しても弾かれるのがオチだし。」

 と反論する。

 確かにカナタはあのタイミングを狙っていたのだ。

 強力な一撃を腹に打ち込めば、ヤツが口を開くだろうと踏んでいたのだ。

 実際には苦悶や衝撃ではなく、攻撃するために口を開いたのだったが結果は同じ。

 さすがに口内には殻はない。 その口腔に向けて散弾を打ち込んだのだ。

 一つ一つの弾は小さく殻を撃ち破れるものではないが、怪物の頭部を内部から破壊し、神経中枢や感覚器官を食い破るには十分だった。

 先ほど頭部が破裂した様に見えたのも、体内で跳ね回った弾丸が頭部にある無数の眼を破壊した物である。

「……チャンスを伺っていたのは分かりましたが、危険すぎるのでやはりお勧めできません。」

 ぶぜんと答えるキャリー、機装にしては感情表現が豊富である。

「なにが危険なの?」

 キャリーの言葉が気にかかり、問い返す。

「スラスターを全開で吹かせば機体からだのバランスが崩れます。 あと少し噴射時間が長ければ転倒は免れませんでした。」

「なんだ。なら体勢を立て直せばいいだけじゃない。どうせアイツも身体が炭になって動くこともできないわけだし。」

 大したことないとばかりに返すカナタ。

 しかしキャリーは言葉を続ける

「倒れた瞬間、カナタの身体は操縦席シートごと数十メートル先まで飛びますよ。」

「はぁ!? なんでそうなるのよ??」

 思わず声を上げるカナタ。

「強い衝撃があると緊急脱出装置が起動しますから、それに密閉型クローズドタイプの操縦席ならいざしらず、開放型オープンタイプで固定ベルトも付けていないカナタは席より遠くへ飛ばされてひき肉ミンチ確定かと。」

 注意をしつつ怖いことを平然と言ってのける。

 脱出装置の問題は置いておいても、普段から固定ベルトを締めないカナタは言い返しにくい。

「ふん!」

 旗色が悪くなってきたのでカナタは悪態をつきつつ操縦席から飛び降りると、空中で器用に身体を捻り静かに地面に着地した。

「おまたせ、大丈夫だったかしら?」

 カナタが降り立ったそこには荷馬車の男が立っていた。

 その顔は驚きに満ちている。

「こんなことは初めて?」

 カナタは後ろ髪をかき上げるようなしぐさをする。

 ちなみにカナタの後髪は肩より少し下に届く程度なので、手の甲が少しだけ髪に触れただけだ。

「……カナタ。 先程からなにをしているのですか? らしくもない口調で。」

 言葉を返さない男に代わってキャリーが口を挟む。

 そこに来てようやく男は話し始める。

「あ、ああ。 助けてくれたことは恩に着る。 あんたらは怪物狩りビースト・ハンターかい?」

 どこかしどろもどろ話す男を見て、カナタは口元に笑みをたたえ余裕のある態度で近づく。

「いいえ、わたし達はあなたと同じ物流配送業ロジスティクスよ。 ここへはたまたま通りがかっただけ。」

 右手を腰に当てつつ、左手は男の方に向ける。

「へー!! こいつはスゴイな怪物を退治できる同輩ってのはなかなかいないしな。」

 感嘆の声を上げる男にカナタはご満悦といった表情である。

「鼻が高くなってきてるぞカナタ。」

 ツッコミを入れるキャリーを、カナタはあえて無視する。

「しかし機装乗りの配送業者なんてスゴイな。」

 思わずズッコケるカナタ。

「ん? どうしたんだ。 なにか踏んだかお嬢ちゃん。」

 男が心配そうに聞いてくる。

(ああ、これはあれだ。)

 心のなかでぼやく。

 みんな子供だと思うと実績よりも年齢的なところの方で驚かれる。

 実際、男も機装があるとは言え大型の怪物を苦もなく撃退したのだ、どれだけの歴戦の猛者かと思ったら、年端も行かない少女だったのだ。

 それも妙に格好をつけた言い方をしていれば、思わず目の前で起きた実績を忘れて背伸びしたい年頃の態度かと思ってしまった。

「ま、まあ、いいわ。 わたしはカナタよ。」

 なんとか立ち上がると、改めて手袋を外した右手を出しながら名乗る。

「ああ、悪い。 助けてもらったのはこちらなんだから、自己紹介はこちらからすべきだったな。」

 男は頭をかきながら笑う。

「改めて、俺はウルィだ、よろしくな。」

 カナタの手を握りながら名乗るウルィ。

「ところで、こんなところでなにをって、運送中なんだろうけど、なんでまたこんな危険なルートを?」

 ウルィの手を離すと手袋をはめ直しながら問いかける。

「いわゆる特急便ってヤツよ。 得意先の依頼でね、期日指定の。」

 後ろの馬車を親指で指しながら答えるウルィ。

「ああ、ムチャな期日を切られたのか。」

 納得がいったと手をたたきながら答えるカナタ。

「そういうこと。 ……で助けてもらったのに申し訳ないんだが。」

隊商キャラバンを組みたいってこと?」

 隊商はかつて同じ目的地を目指す行商人が組む団体を指していた。

 しかし運送がもっぱら物流配送業者への委託となった現在では、配送業者がチームを組むことを意味していた。

「話が早くて助かる。 どうだろうか?」

 手もみしそうな雰囲気でウルィは問いかけてくる。

「別にいいけど。 この方角なら行き先は都市王国のケルンステンでしょ?」

「お、あんたもケルンステンまで運送か?」

 我が意を得たりとばかりに聞いてくるウルィ。

 ともすれば鬱陶しくなる様な勢いだが、これも人柄かとカナタは考えていた。

「今は空荷だからってこと。隊商を組むならわたしはカナタと呼び捨てにして。」

「そうか! なら俺もおっさんじゃなくウルィで良いぜ。」

 ウルィが自分から「おっさん」などと言うから思わずカナタは吹いてしまう。

 無精髭に覆われたその顔は確かに「おっさん」ではあるが。

「別におっさんなんて言ってないじゃない。」

「いや、言いそうな気がしたからな。 先に言っておいた。」

 胸を張りながら答えるウルィをみて笑いが止まらなくなるカナタ。

 完全にウルィのペースで話しが進む。

「とりあえず和んだところで本題だ。」

 物流配送業者は第三者の荷物を運搬している。

 そのため、隊商を組むときなどは依頼主に対し契約不履行にならないように、事細かに確認と決め事をするようにしている。

 ケルンステン到着までの暫定的な隊商結成と双方の荷物の扱い。

 万が一の事態が起きた場合の取り決め、それらを書面に起こしていく。

 もっとも基礎となる雛形が存在するので、それらを組み合わせていくだなので、時間はかからない。

 最終的に紙面を隊商のメンバー全員が確認し、全員が一方的な不利益を受けない内容であることを確認する。

 今回はカナタとウルィの二人だけなので、最終確認もすぐに終わった。

「よし、これで俺たちは仲間だ。 早速出発しよう。」

 ウルィが声をかける。

「了解。 改めてよろしくウルィ。」

 キャリーへ乗り込みながらカナタが声をかける。

 ウルィも御者席から身を乗り出しながらカナタへ返答する。

「こちらこそな。 さすがにもうないと思うが怪物が出たらよろしくな!」

 そこでウルィはふと思い出したような顔をする。

「そしてキャリーもよろしくな!」

 キャリーへもあいさつを送るウルィを見てカナタは少々驚いた。

 いくら会話ができるとは言え、機装であるキャリーに言葉をかける人物はそうはいない。

 そんな中でウルィは少なくとも旅の仲間としてキャリーを考えているのだ。

「こちらこそウルィ。大船に乗ったつもりでお任せください。」

 キャリーも上半身をひねりウルィの方へ視覚センサーを向け答える。

 キャリーの頭部はフルフェスヘルムを被った騎士を思わせるデザインではあるが、バイザーの奥に左右一つずつ視覚センサーが取り付けてあり、人間的な視線を合わせて話すことが可能だった。

 馬に鞭を入れる音が出発の合図となった。

 馬車と機装はスピードを合わせて移動を開始するのであった。

「ところでカナタ。 口調がいつもの状態に戻っていますよ。」

 なんでもないようにキャリーがカナタに告げる。

「あっ!?」

 思わず声を上げるのだった。

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