1-2 「Hello world」②
「うわぁぁぁっ!?」
あまりにも突然な出現に男は思わず叫ぶ。
運の良いことに驚いた馬たちが廃虚から離れる動作をしたため、馬車は急旋回し覆いかぶさる様に動いた怪物を避けることができた。
我に返った男は慌てて手綱を引き、馬たちを制御しようとする。
しかし興奮状態の馬は男の制御を無視し全力で走り続ける。
このまま走らせ続ければ、あの怪物からは逃げられるかもしれないが、全力で走り続けた馬たちは潰れてしまう。
もしくは馬の力に耐えきれなくなった馬車が崩壊するかだ。
男は一瞬、脇に置いた包を見た。
乱雑に布で包まれた長細い包。
男にとっての切り札だ。
誰も見ていない荒野なら力を使っても良いかもしれない。
しかしうまく行かなければ後はない。
やるならチャンスを待たねばならない。
男は制御しながら後方の怪物を確認しようとした、その時だった。
タァァァァン!
甲高い音が響き、怪物の頭部が揺れた。
「銃声だと!?」
男は慌てて包を足で蹴って座席の下へ隠す。
まさかこんな場所で救援が来るか?
周囲を見回したところで、急に何か大きな物が馬車と並走していた。
「なんだぁ!?」
事態を飲み込めない男は、再び驚きの声を上げる。
「そこの人、大丈夫?」
誰かが声をかける。
男が声の方を向く。
それは並走する何かの上。
そこにはフード姿の人の姿があった。
「あいつはわたしたちが相手する、早く逃げて!」
マント姿の人物は再び男に声をかけた。
「おんな……の子か?」
男は驚くようにつぶやく。
そう。
声をかけてきたのは女性だった。
マントの中は意外にも軽装であり、女性特有の丸みを帯びたラインが分かるものだった。
ただ、その細い体躯はまだ成長しきっていない少女のそれである。
「この際、男か女かなんて関係ないでしょ!」
つぶやきが聞こえていた少女がつまらなそうに返す。
「とりあえず行くよキャリー君!」
少女が誰かに声をかける。
「分かりましたカナタ。」
やや抑揚のない声がマント姿の少女カナタの下から声が響く。
男はそこでようやく気がついた。
少女が乗っていた物が何であるかを。
遺失文明と魔術にて生み出された
魔力を糧に動く機械仕掛けの
さまざまな言われ方をしているが、要は魔力で動く
この少女はその機装を操る者。
つまりは
「まずはあいつの足止め!」
カナタが叫ぶ。
それまで馬車と並走していたキャリーがすばやく旋回する。
ずんぐりむっくりとしたその身体からは想像できない素早さで動く。
そのまま、馬車の後ろへと移動したキャリーに
まるで獲物を横取りされたことへの怒りをぶつけるような勢いで顔を突き出してくる怪物はその先端にある左右の顎を開く。
すばやく両手を上げたキャリーがその顎を根本で掴み押し止める。
「こら―っ! キャリー君、近づきすぎよ。わたしに当たったらどうするつもり!!」
キャリーの後頭部後方からカナタの声が聞こえる。
よく見ればキャリーの背中には文字通り運搬用のバックパックがついており、その上にはカゴ状の物がある。
カナタはそこにある席に座っていたのだ。
一般的に意思や自律行動の有無は機装ごとに異なるが、必ず操縦席が設けられている。
それは自律型であっても外部から制御するために設けられていた。
キャリーの場合、明確な意志はあるがどこまでが自律行動なのかは現状では分からない。
「とりあえず、相手は殻に覆われていない腹部をみせているわ。そこに攻撃よ!」
「しかし、私の両腕はふさがっています。 この手を離して良いなら実行しますが?」
カナタの指示に、キャリーが真面目な声で返事をする。
キャリーはカナタに対して丁寧な口調で回答しているが、よくよく聞くと反抗的な回答をしていることがある。
それは反逆を意図したものではなく、二人の信頼関係から来る軽口のようなものだが、二人の関係性を把握できていない男にとってはハラハラものである。
自分を守ってくれるはずの存在が、口論しながら戦っている様に見えるのだから。
「手がふさがっているのは分かっているわよっ! わたしが言っているのは
「いや、あれは姿勢制御用ブースターで武器ではありません。そもそも火炎噴射砲なんて名ま……。」
「攻撃に使う時はその名前で行くって決めたじゃない!」
食い気味に反論するカナタに対し、律義にも再びキャリーが反論する。
「あれはカナタが勝手に決めただけで、私は賛同していないです。」
一瞬だけカナタは言い返そうとするが、それを押し留めて手元のレバーを操作していく。
「とりあえず、ブースターを前方に向けて、わたしの合図と同時に最大噴射でOK?」
「了解しました。手早くお願いします。」
キャリーが答える。
その声はそれまでと変わらない調子だが、少しずつ機装は後ろへ押されている。
怪物が全体重をかけて押してきているのだ。
もし何かの弾みでキャリーがバランスを崩せば後はなし崩しだ。
「パワーリミッター解除準備よし、スラスター方位
カナタは手順を復唱しながら操作を進める。
キャリーが片足だけ半歩後ろにさげる。
何も言わないが、キャリーも限界が近い。
「準備完了! 行くよ、キャリー君!!」
カナタがレバーを引き上げ叫ぶ。
「オオオッ!!」
それまで丁寧な口調を崩さなかったキャリーが雄たけびを上げる。
同時に周囲に衝撃が走る。
リミッターを解除により発生した余剰魔力を、外部へ強制排出したのだ。
そのあり余る出力をもって、それまで押され気味だった怪物を押し返す。
腕を持ち上げながら一歩一歩確実に近づいていく。
怪物は地に無数の足が付いているものの、既にキャリーに吊られているも同然だった。
「スラスター反転展開!」
カナタの叫びとともにキャリーの腰に設置されていた姿勢制御用スラスターが展開し前方を向く。
「
ゴウッ
スラスターから猛然と炎が噴射される。
数秒にも満たないごく短時間の噴射。
だが外殻に覆われていない腹に向けて高熱の火炎を撃ち込まれた怪物は腹部の一部を焼かれ炭化させていた。
しかし身体の中央を焼き尽くされ、生物としては致命傷を受けてなおムカデはキャリーに喰らいつこうとする。
再び高い銃声が響き、そのムカデの顔面が突如砕け散る。
キャリーの頭頂部を支えに長銃を構えたカナタ。
火炎噴射砲を放った直後、すばやく銃を構え放ったのだ。
頭部を失ったことで全身の神経への連絡が途絶えたのか、ムカデ状の怪物の全身から力が抜けていく。
キャリーが手を離すとその場に崩れ落ちた。
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