第1章 「Hello Word」

1‐1 「Hello world」①

[Hello world!]

 懐に入れた端末から雑音ノイズ混じりの声が聞こえてくる。

 しかし雑音が大きく聞き取りづらい。

荒野では廃虚も少なく中継機の数も出力も足りないのだろう。

 無線ワイヤレス受信では自ずと限界がある。

 どのみち、荒野を一人で進むのはあまりゾッとはするものではない。

 物資配送業ロジスティクスを生業にしている者であれば、荒野の単独行など極力避けるべき事柄である。

 それを理解してなお荒野を横断する最短ルートを移動していた。

 背に腹は代えられないが、荒野には危険な怪物ケモノが潜む。

 その対策もせずに入り込むことは自殺行為にも等しい。

 急ぎでなければ道を迂回し安全に運べている。

 しかし前金で特急料金を支払うとの事だったため、男は引き受けることにした。

 そして、危険に対する手段として脚の早い馬を使った4頭立ての馬車を用意している。

 荷が少量であるため、馬車は速く予定よりも短時間で荒野を抜けられるであろう。

 男は行程を計算しながら安堵の表情を浮かべ、傍らに置いた水筒の口を開る。

 そして中に入れていた水を一口あおるように飲み込んだ。

 保冷性に優れた遺失文明ロストレガシーの産物である水筒とは言え、数日もたてば中身はぬるくなっていた。

しかし喉を鳴らして過ぎ去るその感触に男は人心地ついた気分であった。


 そんな男の馬車を視ている存在があった。

 5メートル程度の高さの場所に座り込み手に持つ双眼鏡を持ち上げ、フード付きマントの奥にあてている。

 一見すれば荷物を狙う野盗にも見える出で立ちだが、双眼鏡の奥で瞳は馬車の周囲を小刻みに動いていた。

 その動きが突如として止まる。

 小さな異変を見つけた。

 何やら砂煙が馬車の後方から近づいている。

 それは大きな岩や廃虚などを利用し、御者の死角から馬車へと迫っていた。

 その能動的な動きは人間の様にも見えるが、明らかにサイズや形が異なる。

 強いて言うのであれば巨大で全長の短いムカデと言ったところだ。

 もっとも短いと言っても同サイズのムカデがいたらという事であり、その体長は5メートル以上ある。

「見つけた。間違いなくだ。」

 マスクの下から小さなつぶやきが漏れる。

 それに合わせるような地鳴りが起こる。

 地震? いや彼女が座っていた所が動き出したのだった。


 男が異変に気がついたのは少し前だった。

 馬が何かに警戒するような仕草をしている。

 だが周囲には特に異変は確認できない。

 であれば何が原因だ?

 急ぐべきか止まるべきか男は考える。

 しかし一瞬の逡巡がタイミングを逸したのかもしれない。

 不意に近くの廃虚から怪物が躍り出たのだった。

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