第7話 幼馴染がパンツをしゃぶり始めたんだけど?
槇村との対話から数日。
俺はスマホの画面にずらりと並ぶ「初デート おすすめ」と検索した結果を前に、眉を顰める。
どれもこれも回ってみたが、正直なところしっくりこない。
どうしたものか、と頭を悩ませつつ、俺は仕事を終え、寛いでいる母に問いかけた。
「初デートって、何すりゃいいんだ?」
「シケこめ」
「お袋。真面目な話してんだけど?」
「真面目に答えてやってるだろ」
そんなもんが真面目な答えであってたまるか。墓場に行けってのと同義だろ。
誰も彼も生き急ぎすぎてやしないか。
俺は深いため息を吐き、タブを閉じた。
が。自分で考えようにもデートに関する知識など微塵もなく、俺は再びタブを開き、「初デート 行き先」と調べる。
この繰り返しを何回やったかすら覚えてない。
比類なき恋愛弱者の俺では、初デートすらこなせないと言うのか。
俺が無力感に打ちひしがれていると、妹が口を開いた。
「オレので良ければ話そっか?」
「…え?お前、彼氏いんの?」
「いるよ。兄ちゃんが行方不明になる前から」
兄ちゃん聞いてないよ?
恋愛経験で妹に大敗してる兄って、すごく情けない気がする。
「これ写真なー」と言って、携帯の待受をこれ見よがしに見せつける妹。
俺はその画面を前に、訝しげに眉を顰めた。
「……性別詐欺じゃん」
待受に鎮座していたのは、妹にそっくりな男が、なんとも華奢な体つきの少女と肩を組む写真。
多分、男っぽく見えるのが妹で、女っぽく見えるのが彼氏なのだろう。
が。この写真ではまず間違える。
あまりの性別詐欺を前に、俺は険しい顔で問いかけた。
「こっち、彼氏?」
「彼氏」
「彼女じゃなくて?」
「彼氏」
本当に彼氏なんだ。ちょっと会ってみたい気もする。
そんなことを思ってると、「今度ダブルデートしよー」と妹が何気なくといった様子で提案する。
初デートすらまだなんだよ、こっちは。
いや、どうせこのままウジウジしてるだけなら、いっそのことダブルデートでもいいか。
そう思うも、流石にソレはないかと首を横に振る。
「オレん時はそこらぷらぷらして、んで飯食って…、ボウリング行って終わった。
フッツーの休日だったし、遊ぶとこ、ボウリングとカラオケ、あとゲーセンくらいしか思いつかんかったからなー。
一緒に歩くだけでもデートにゃなると思うけど」
「そ、そんなもんか…」
「そんなもんそんなもん。
葵姉の場合、無理矢理にでもホテル行こうとするだろうけど」
「お前、後で蒸し返すなよ?
葵を説得するの、すっげー大変だったんだからな?」
前にプラン立てたら、「ホテル一晩」が絶対に入り込んできてたからな。
今は説得してなんとか抑えてもらってるけど、何が原因で暴走するかわからない。
無難なプランにはなるが、妹のアドバイスに従い、近場のゲーセンとかそこら辺を回ることにしよう。
そんなことを思いつつ、俺はデートに備え、服を吟味しようと立ち上がった。
「んじゃ、服見てくるわ。
そんな体型変わってないだろうけど、一応は確認しとかねーと」
「おーう」
適当に返事を返す妹たちを背に、俺は階段を登っていく。
階段のすぐそばにある自分の部屋の扉に手をかけ、俺はいつものように軽く扉を開く。
と。そこには、俺のパンツをしゃぶっている葵がいた。
「…………」
「……ばっちいから『ぺっ』しなさい」
もっと言うことあったんだろうけど、ソレしか言えなかった。
なんか、日に日に悪化してる気がする。
メンタルクリニックでも匙投げるなぁ、と思いつつ、俺は葵の口からパンツを引っこ抜いた。
名残惜しそうにしないの。
おしゃぶり取られた赤ちゃんか。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「たっちゃん、相変わらずクレーンゲーム下手だね」
「葵が上手すぎるだけだろ」
翌日、昼の3時過ぎ。
葵が獲得した大量の景品を手提げ袋の中に入れ、肩にかけた俺は負け惜しみを吐き出す。
大量とは言ってもお菓子の類が殆どで、俺が下手すぎたせいか、店側からしたら十分な利益になるくらいには金を落とした。
中には、この一年で有名になったであろう、アニメや漫画のキャラクターのフィギュアも含まれており、いやでも時の流れを実感させる。
この一年の間に起きたことを詰めていかないとな、と思いつつ、俺は葵に問いかけた。
「次、どこ行く?…ホテル以外な」
「じゃあ、カフェに行きたいな。
ちょっとはしゃいで疲れちゃった」
「ん。いつもんとこでいいよな?」
「うん」
家にいる時のように甘えるような声ではなく、凛々しい声音で提案する葵。
一年前…、正確に言えば、メンタルが崩れる前の葵に戻ったかのようだ。
この調子でいけば、パンツを吸う、しゃぶるといった行為もなりを潜めてくれるだろう。
…潜めてくれるよな?性癖が修復不可能なレベルでひん曲がってたりしないよな?
そんな不安をおくびにも出さないように、俺は努めて平静に振る舞う。
と。その時だった。
四方八方から車が突っ込んでくるという、あり得ない光景が目に見えたのは。
「殺意高すぎだろ!!」
「きゃっ…!?」
愚痴を吐き捨てると共に葵を抱え上げ、変化させた両足で高く飛び上がる。
と。空を飛べるはずもない車たちは、轟音を立てて激突。
どっかしら重要な部品がひん曲がったのか、そのまま止まった。
見たところ、やはりというべきか、運転手が見当たらない。
「……ま、また、神様…?」
「だろうよ。娯楽に飢えてんだろうぜ。
ったく…。アニメでも見とけってんだ…」
俺は車の上に着地すると、目と鼓膜を変化させる。
本当は全身を変化させた方が早いのだが、あんまりやりたくない。
水を鏡に見立てて確認したことがあるが、特撮に出てくるラスボス怪人のソレだったし。
ヒロイックな雰囲気も確かにあるのだけど、街中で見たらまずビビり倒す。
葵を怯えさせることになるのもよくない。
そんなことを思いつつ、俺は耳に意識を集中させ、あたりを見渡す。
と。壮年の男性に近い、厳かな声が響いた。
『…チッ。邪魔だね、あの男…。
せっかく良さそうな子を見つけたのに…。
…待てよ?コイツを先に殺せば面白そうじゃないか?
見たところ、かなり依存してるみたいだし、最終的には自殺してくれるだろ』
「………ほーん。ふーん。へーぇ」
前に見たバケモノと似たようなのが、葵を視姦していた。
口ぶりからして、葵を殺し、別の世界に放り込むつもりだったと。
絶対に許さん。
もしそんなことになれば、確実に葵のメンタルが完全崩壊する。
何より許せんのは、最後のセリフ。
こいつ、葵のメンタルを崩すことしか考えてない。
既に瀕死なのになんで死体蹴りかますんだお前殺すぞ。
…だめだ。ありったけの罵詈雑言を吐こうと思ったけど、殺す以外の語彙が絞り出せない。そのくらいキレてる。
俺はバキバキと右腕を変化させ、剣に近い形を作り出す。
「誰の許可得て人の恋人視姦しとんじゃ死ねゴラァッ!!!」
『なぺっ!?』
剣を勢いよく伸ばし、バケモノの脳天目掛け、突きを放つ。
不意打ちだったのが功を奏したのか、その一撃はバケモノの脳天ど真ん中を穿った。
が。ソレで死ぬような生態はしてないようで、バケモノは険しい形相で俺を睨め付ける。
『黒い肌に、金色の武装…!?
何故、たかが人間如きが「その体」を扱えている!?』
「まずは『生まれてきてごめんなさい』からだろうがボケェッ!!」
『ぐほぉっ!?』
飛び上がってその顔面を掴み、思いっきり車のボンネットに叩きつける。
神様だからと言って、透けたりはしないらしい。
顔を掴まれて言葉が出ないのか、むぐむぐともがくバケモノ。
…なんかデジャヴ。
前の神様のことも含めて考えると、もしかして数がやたらと多いだけで、個体としては大したことない?
そんなことを思いつつ、俺は変形させた腕に力を込め、顔面を潰しにかかった。
「た、たっちゃん…?
なんでそんなに怒ってるの…?」
「葵狙ってた。以上」
「あ、うん…。その、怖いから、もうちょっと優しく、ね?」
「………まあ、そう言うなら」
葵はもう少し自分を大切にしてほしい。
その慈悲をかけてる相手に殺されかけてるんだぞ、お前。
しかもコイツ、まだ葵のことガン見してやがるんだぞ。許す…というより、慈悲をかける理由ゼロだと思う。
…まあ、葵が言うんだったら見逃そうか。
俺が力を緩めた、その時だった。
『バカめっ!!』
葵に向けて、バケモノの口から光線が放たれたのは。
どうせそんなことだろうと思った。
俺は左腕を板状に変化させ、光線を受け止める。
つくづく便利だな、この体。素敵。
俺が感心していると、バケモノは狼狽えと媚を混ぜたような下卑た表情を浮かべ、こちらへとすり寄ってきた。
『…あ、あの、ごめんなさい…。
その、ほんの出来心で…、許して?ね?
なんでも言うこと聞いてあげるから…』
「葵に手を出さないって約束してくれたら、今回は見逃してやろっかって思ってたんだけどなー。
いやぁ、残念だ。どうやらそこまで自分の命に興味はないと。
非常に心苦しいよ、うん」
全然そんなこと思ってないけど。
一方的に捲し立てた俺は、バケモノを天へと放り投げ、両腕を砲台に変化させた。
「たーまやー」
どぉん、と轟音が響く。
悲鳴すらあげず、放たれた光に攫われたバケモノが、天高く登っていく。
軈て、ソレが上空まで達すると、青空に花が咲いた。
「風情ねーなぁ」
汚ねぇ花火だ、とか言えたらよかったんだけど、流石にそこまでキザじゃない。
バケモノが消えた空を見つめていると、先日聞いたばかりのサイレンの音が響いた。
…絶対に事情聴取とかで拘束されるよな。
ちくしょう。神なんて大っ嫌いだ。
そんなことを思いつつ、俺は葵に頭を下げた。
「……ごめん。初デート、打ち切りだわ」
「ううん、大丈夫。夜にいっぱい愛してくれたらいいから」
「…キスだけで、勘弁してください」
「えー…。じゃ、キス10回でその気になったらってことで!」
「どっちが?」
「私!」
「そんなん俺の負けですやん。
せめて俺が勝てる勝負にしてくれ」
「えー…。じゃあ、ディープなので私がそういう気分になったら!」
「だから俺の負けですやんって」
今日の夜は寝れなさそうだなぁ。
遠い目でそんなことを思いつつ、俺は体を元に戻した。
『覚えてろよ、あの野郎…!
女共々殺してやる…っ!!』
背後でバケモノの破片が蠢いていたことに気づかず。
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