第8話 クソッタレな神様。お前が悪いんだからな?

「だー…っ。疲れたぁ…」


二時間後。疲れと共に息を吐き出し、警察署を後にする。

まさか、二日連続で訪れる羽目になるとは思わなかった。

槇村の名前を出さなかったら、たぶんもうちょっと拘束されてた気がする。

…というか、槇村って結構なお偉いさんなんだな。

公安の警部って、こんなに権力があるものなんだろうか。

そんなことを思っていると、同じく聴取を終え、不安げに眉を顰めた葵が駆け寄ってきた。


「たっちゃん、お疲れ…」

「お、おう。そっちもお疲れ」


少しの間引き離されただけで、凄まじくやつれた顔をしてる。

やはりと言うべきか、メンタルの崩壊っぷりは元に戻ったと見ていいだろう。

すごろくで1が出た直後に「1マス戻る」を踏んだ気分だ。

俺が渋い顔を浮かべていると、葵が問いかけた。


「たっちゃん、大丈夫?」

「ま、まぁ。慣れたっつーか…。

葵の方は…、大丈夫じゃなさそうだな」

「…また、知らないところで居なくなるかもって思ったら、ちょっと怖くて」


そういう葵の手は、少し震えてる。

ここで握らず、いつ握るというんだ。

俺は意気地なしの心から勇気を搾り出し、葵の手を握った。


「大丈夫だから。また同じ目に遭っても、今度は秒で帰るから」

「………うん。約束だからね?」


…あの体、翼とか生えないかなぁ。

曲がりなりにも体は神様なんだから、翼で空を飛べてもいいのに。

俺が自分の体に内心で文句を垂らしていると、葵が凄まじい力で俺の腕を抱きしめた。


「……あの、痛いんですけど」

「ちょっと離れてたから、補給」


俺のこと、ガソリンスタンドか何かだと思ってらっしゃる?

そんなツッコミが浮かぶ傍ら、俺は葵の表情を横目で観察する。

やはりと言うか、少しでも気を抜いた時に、今にも死にそうな表情が出る。

惚れた云々を抜きにしても、甘やかしておかないと危険な状態の彼女を相手に、抵抗できるわけがない。

ゆっくりとケアに努めたいところだけど、果たしてバケモノどもがそんな俺の意図を汲み取ってくれるかどうか。

…いや、汲み取らないな。

これまでの傾向から推測するに、面白がって俺と葵を引き剥がそうとするな。

こうしてる間にも、虎視眈々と機会を窺っている外神が居ても不思議じゃ無い。

俺は目と鼓膜に意識を集中させようと目を瞑る。


「…………やわらけ…」

「女の子にやわらかいって、褒め言葉じゃ無いからね?」

「あ、いや、すまん」


この感触の前には無理だった。

褒め言葉じゃ無いとは言うが、本当にやわらかいという感想しか出てこない。

確かに鍛えてはいるが、女子特有の肌の質感がそう思わせるのだろう。

1年間女断ちをしていたクソ童貞にとって、それはロケットランチャーよりも殺傷力の高い兵器なのだ。

しかも、惚れた女の子なら尚のことヤバい。

基地の爆発よりもはるかに危機を感じる。主に貞操の。

が、しかし。欲望に流されて物理的な危機を見過ごすわけにもいかない。

俺は煩悩を打ち消すため、思い出したくも無いガリヒョロのツラを思い浮かべつつ、目と鼓膜を変化させる。


『ひ、ひひひっ…、ばぁーか…!

アレでこの神が死ぬはずがないだろ…!』

「………」


すぐ隣から、聞こえちゃいけない声が聞こえた。

俺が慌ててソレに拳を突き出そうとするも、既に遅く。

バケモノの腕が、葵の頭を掴んだ。


「葵っ!!」

『くひ、くひひっ!ここまで密着してくれてるとはありがたい!

惚れた女に殺される気分を味わえ!!』


体の自由を奪われた葵の指が、俺の首を掴む。

腕に隠れて顔が見えないが、彼女に意識があればまずい。

ただでさえ瓦解寸前の葵のメンタルが、完全に崩壊しかねない。

俺は首の痛みと呼吸困難の苦しさに表情を歪めながらも、意識を腰あたりに集中させる。


『おっと、尾を生やそうとしてるな?

お前の体のことはよーく知ってる。

そんなことをすれば、この女の頭が私に潰されることになるぞ?』

「やべっ…」


嘘だろ。バレてる。

どんだけ悪名高い神様だったんだ、俺の体を奪おうとしたやつ。

しかし、尾が生やせないのはまずい。

どうしたものか、と考えている間にも、ギリギリと首が締まっていく。


『ははっ、どうだ!?

この女さえ手中におさめれば、お前のようなつまらん人間なんぞ…』

「あー…。言っとくが、お前が悪いんだからな?」

『は?』


あまり使いたくはなかったが、仕方ない。

俺は体から『力を抜く』。

途端。俺の胸あたりから碧の光が全身に流れ、服が炎のように解けていった。

その際に発生した衝撃波が、葵の顔を覆っていた怪物を弾く。


『なっ…!?』

「せっかく『抑えてた』のに、余計なことしてくれたな。

この体、あんま好きじゃねぇんだよ。怖いし」


骨に似た金色の装飾が体を駆け巡り、体表が黒く染まっていく。

腰からは肉を突き破るように尾が伸び、びたぁん、とアスファルトを抉る。

と。顔の輪郭に噛み付くように、金の竜に似た装飾が皮膚を割いて現れ、俺の目元から下をマスクに似たものが覆う。

俺はそのマスクを、ばきり、と引き裂くように口を開き、息を吐き出した。


「いいこと教えてやるよ。

俺の体は別に、変身したわけじゃ無い。

ただ『元に戻った』だけだ。

めちゃくちゃ頑張って抑え込んで、人の体にしてたんだよ、こちとら。

その努力も知らねーで、俺のムカつくことばっかやりやがって…!」

『は、はぁ…!?そんな、馬鹿な…!?

たかが人間が、「その体」を完全に掌握してるだと…!?』


人の体になった途端にムダ毛ボーボーの「けうけげん」だったけどな。

俺は、ゆらり、と体を持ち上げるように姿勢を上げ、軽く笑みを浮かべる。

…この体、笑っても怖いんだよな。なんか、獲物を前にした恐竜みたいな感じで。

そんなどうでもいいことに意識が逸れそうになるが、俺は気を引き締めて相手を煽る。


「好きな子に告白して、デートするんだ。

男もおめかしくらいするんだよ。

お前にもしてやろうか?死化粧だけどよ」

『ふ、ふざけるな!まだ女は私の…』


ヤツが足元の葵に手を翳そうとする前に、肩の装飾を変化させ、砲身を作る。

直後、どっ、と光を放ち、怪物の体を大きく削り取った。


『がぁああっ!?』

「遭難してた一年、暇で暇でよ。

暇つぶしにどんなことが出来るか、あらかた試してみたんだよ。

このまま蜂の巣にするのもやぶさかではねーんだけど…、それじゃ気がおさまんないし、徹底的にやらせてもらうわ」


言って、身体中から砲身を展開し、軽く浮かび上がる。

この体には、「金の装飾部分であれば自在に変化させることが出来る」という、なかなかに便利な特性がある。

大した知識のない俺でも、こんなことが出来るくらいにはチートじみたスペックを誇っているのだ。

俺はその場から全速力で動き、バケモノの背後に回る。


『速っ…』

「神様なんだろ?

『速い』って感想はどーなんだ?」

『がぱぱっ!?』


腕に噴射器を作り、拳を何発か叩き込む。

うーむ…。やはりというか、神という名前に負けてる気がする。

いや、俺の体を奪おうとしたのが規格外すぎたって感じだけども。

俺は神様の顔面を引っ掴み、そのまま突起を作った膝を入れる。


『がぺっ!?き、貴様…!神たる私の顔に穴なんぞ開けやがって…!!』

「じゃ、言わせてもらうわ。

葵のメンタルに悪いことしやがって」

『ぜんぜん釣り合っとらんわ!!』

「あーはいはいプッツン来たわ。

今度は跡形もなく消し飛ばしてやる」


この技、あんまやりたくないんだよなぁ。

無人島で試しにやったら、島の1割くらい消し飛んだから。

でもやる。コイツ相手には100回やっても足りない。

どんな信仰があれば、こんな徳もありがたみもゼロの神様が生まれるんだ。

俺はバケモノを膝から引き抜き、そのまま天空へと投げる。


『ゔわっ…、貴様、神を弄びやがって!!』


と。神が腕を上げるとともに、幾つもの武器が空を埋め尽くす。

なんか、昔見たアニメみたいだ。

その光景を前にハイになったのか、神が喉を鳴らし、笑みを浮かべる。


『ふははっ!街ごと消えろ、下等せ…』

「どーん」


そんな軽い言葉とともに飛び上がり、怪物の体を貫く。

言葉を遮られたバケモノは、数秒硬直したのち、自分の体に目を落とし、嘲笑うような声を上げた。


『……今ので終わりか?』

「終わりだけど」

『ふ、ふふ、ふはははっ!

やはりか!その体を持っていたとしても、たかが人間でばばばべっ!?!?』


瞬間。その穴から発生した「黒い球」に吸い込まれるように、神様の体が歪む。

俺は縮んでいく神様を前に、これ以上ないほどにムカつく笑顔を向けた。


「無人島で暮らしてた時、クマに襲われてめちゃくちゃ焦ってよ。

本気で殴ったら、俺以外絶対殺すマンみたいなブラックホールが出来ちまって、島が1割くらい消し飛んだんだわ。

ま、空なら大丈夫だろ。この物騒なモンとお前以外」

『ば、ばがなぁぁあああ゛っ!?!?

ぞんな、ぞんな、わげが、あ、るがががが』

「なー。殴っただけなのになー」


おかげで生活が大変だった。

主に力加減という意味で。

漫画や小説でわけもわからず強くなったりする展開はよく見るけど、これは流石にやりすぎてる気がする。

出ようともがく神様に、吸引力に負けた武器たちが突き刺さる。

軈て、神は声すら出せなくなったのか、ただ出ようと手を前に突き出すだけで、ほぼ動かなくなった。


「……やなやつだったけど、これはちょっと可哀想だな」


完全に神が飲み込まれ、黒い球が消え去るのを前に、俺はため息を吐いた。

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