第6話 ごめんなさい、こんな殺意を振り撒く子じゃないんです

「たっちゃん、抱いて」


日付が変わる寸前、寝室にて。

布団に座った葵が、着替え終わった俺を前に両手を広げる。

ストレートにも程がある誘い文句だ。

色気のかけらもないパジャマを纏う葵を前に、俺はため息を吐く。

俺が行方不明にならなかったら、ここまで押せ押せで迫ることも無かったんだろうか。

つくづく、爆散したヒョロガリに対して怒りが湧いてくる。

顔面にグーパンをかましてやりたい。…とっくに死んでるけど。

制御できないとわかった途端に自爆を選ぶようなモンを呼ぶな。

そんなことを思いつつ、俺はなんとも言えない表情で、葵の誘いを突っぱねた。


「ごめん、そればっかは無理」

「キスもダメだし、一緒にお風呂も入ってくれないし、何だったらしてくれるの?」

「…えっとぉ…、抱き枕、くらいなら…」

「一年も待ってたんだよ?

ずっと、ずーっと、雨の日も、風の日も、雪の日も、E号館の前で」


光を失った目が、俺を射抜く。

追い詰めてしまったことは悪いと思ってる。

が。それとこれとは話が別。

俺は心を鬼にして、葵の両肩に手を置いた。


「だとしても、責任の取れない軽はずみなことは、俺には出来ん」

「私以外と結婚するの?」

「それはないっ!絶対ない!!」


こんな一途な女を逃すバカが何処にいる。

俺が葵の疑問を強く否定すると、葵は俺の両頬を両手で挟み込んだ。


「なら抱いてよ」

「いや、だから…!まだ大学生だろ…?

よーく考えろ?就職もまだの大学生である俺たちがそんなことして、生まれてくる子に迷惑かけたくないだろ…?」

「……確かに」


良かった。そこらへんの良識はまだ無事だったみたいだ。

それ以外が悲惨すぎるけど。

俺がそんなことを思っていると、葵が瞳に光を戻し、笑みを浮かべた。


「今度からはそういう配慮もしとくね!」

「………はい」


俺の童貞は死ぬ運命にあるらしい。

そんなことを思いつつ、俺は布団に寝転がる。

と。葵がその肢体を押し付けるように、俺に抱きついた。


「抱き枕にはなってくれるんだよね?」

「……っす」


耐えろ、息子。耐えるんだ。

体の一部が煮え立つような感覚に陥りながらも、俺はあのヒョロガリへの怒りを思い浮かべることで、なんとか平静を保った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……仲がいいのは良いことだとは思うが、少し周囲の目を気にした方がいいのではなかろうか」


翌日。槇村との待ち合わせ場所…まだ開店してない場末のバーに辿り着くと、待っていた槇村が白い目を向ける。

それも無理はない。

葵が俺を逃さないと言わんばかりに、体を密着させているのだから。

周りからの視線が痛い。基地の爆発よりも痛い。

羞恥と興奮に耐えながら、俺はできる限り感情を押し殺し、槇村に説明する。


「最悪のタイミングで行方不明になった俺が悪いんで、気にしないでもらえるとありがたいです、はい」

「そ、そうか…。

随分と、熱烈に想われているようで…」

「奪っちゃいやです」

「なんでそんな発想になる?」


本当になんでそんな発想になったの?

…いや、俺も槇村に対して、飛躍しすぎた被害妄想抱いたけど。

自分のことを棚に上げてしまった、と思いつつ、俺は槇村に促され、「CLOSED」と書かれた札がぶら下がる扉をくぐる。

準備時間ですらないのか、人っ子一人いないし、途中で終わっている作業もない。

開店前のバーってこんな感じなのかな、と思っていると、槇村がカウンター席に腰掛けた。


「まあ、座れ。少し長くなるだろうし」

「あ、はい」


俺がカウンター席に座ると、何を思ったか、葵が膝の上に腰掛ける。

何がとは言わないけど、柔らかい。

鍛えてはいるんだろうけど、手を当てれば十分な満足感を得られる柔らかさだ。

が。今はその喜びに浸ってる場合ではない。

だって、槇村がエグいほど白い目で見てくるもん。

「最近のカップルは分別がない」とか思ってる顔だもん。

ごめんなさい、分別がつかないわけじゃないんです。

周りに気を遣えないくらいに追い込まれてしまっただけなんです。大目に見てください。


「………君、どれだけ好かれてるんだ?」

「どれだけ…なんでしょうかね?」


好感度が質量を持ったら多分、秒で世界が滅ぶくらいには好かれてる気がする。

俺が物騒なことを思っていると、槇村は「まあ、それはいい」と切り替えた。

切り替えたってか、思考をぶん投げたに近い。

葵の顔が見えないけど、槇村のなんとも言えない表情を見るに、「文句言うなよ殺すぞ」って言いたげな顔面してるんだろうなぁ。

昔から顔に出やすいタイプだったし。

感情のブレーキがぶっ壊れてる分、今はそれがより顕著になってそうだけど。

そんなことを思ってると、槇村がビジネスバッグから資料を取り出した。


「まずは先日、外神の乱入により遮られてしまった話からしよう。

単刀直入に言うと、私に協力してもらう。

拒否しても構わない…、と言えたら良かったのだが、君の立場上、それは叶わなかった。どうか許してくれ」

「立場上っつーと…、やっぱこの力、相当やべーんすか?」

「ヤバいなんてもんじゃない。

『世界が滅ぼせるボタン』が君の手元に渡っていると考えて貰えば、その危険性が伝わるだろうか」


マジか。そんなやべーの呼んで、あまつさえ制御しようとか思ってたのか、あのヒョロガリ。

見通しが甘すぎる。赤ん坊でもストップかけるぞ、そんな無謀な計画。

世界一有名なバトル漫画でも、復活させた奴に殺された小物が居ただろうに。

そんなことを思っていると、葵が俺に強く抱きついた。


「たっちゃんを取り上げないで…!!」


かつてないほど、ドスの効いた声だ。

殺意に近い敵意を向けられた槇村だったが、慣れているのか、それとも肝が据わってるのか、宥めるように淡々と告げた。


「それに関しては大丈夫だ。日常生活を送る分には、不自由はさせない。

というより、無理矢理に管理下に置いて、手痛い反撃に遭うのは避けたい」

「そんなレベルでやべーの…?」

「君が指を変化させた時、核のボタンを突きつけられたような気分だった」

「すんませんでした!!」


軽い気持ちで披露したのがパーフェクトに裏目に出てた。

ごめんなさい。コレで魚とか捌いてました。

なんなら薪割りもしてたし、ムダ毛処理とかもしてました。

言えないところの毛とか、肌を荒らさずに処理できたから「便利な体だわー」程度にしか思ってませんでした。

…なんか、5回くらい処理してからは生えなくなったけど。

俺が全力で謝ると、槇村さんは「気にしていない」と苦笑を浮かべる。

めっちゃいい人だ、この人。

部下からの人望も厚いんだろうなぁ、と思っていると、槇村が続けた。


「奴らが顕現させようと躍起になっていた神は、協力者によると『億を超える外神、世界を食らった邪神』だそうだ。

…本当に、君のような青年がそれを御してくれて助かった」

「御したってか、勝手に爆散したって言うか…」


なんか体を乗っ取ろうとした時、めちゃくちゃ焦り散らした10秒後に大爆発したからな。

なんだったんだろ、アレ。

こっちは何にもしてないのに、なんか苦しそうに、「これほどまでに自我が強いとは…!これが、初恋…!」とか言って爆発したもんなぁ。

推理するに、俺が初恋を拗らせていたせいで体を奪えなかったということだろうか。

それでいいのか、邪神。初恋を拗らせたクソ童貞に負けて自爆とか、恥でしかないぞ。

ラスボスみたいなスペックしてるくせに、負け方が情けなさすぎる。

もう存在してないから、と俺が邪神をボロカスにこき下ろしていると。

槇村が「いい加減に資料の方に目を通してくれ」と促した。

ごめんなさい、忘れてました。

馬鹿正直にそんなことを言えるはずもなく、俺は慌てて資料を手に取り、流し見る。

外神についての基礎知識がまとめられているそれを読んでいると、ふと、ある一文に目が向いた。


「………この、『こちらに干渉する際には必ず顕現する』っての、何?」

「言葉の通りだ。

我々のように、普通の人間では認識できないが、奴らは確かにこの世界に訪れ、人攫いのような真似を働いている。

『運転手のいないトラックの暴走』も、先日の『さっきまでまともだった人間が、明確な理由もなく殺意を向けた』も、その付近に外神が顕現していたのが原因…っと、視認していた君なら理解しているか。あまり意味のない説明だったな」

「ほーん…」


膨れ上がって爆散した化け物を思い浮かべ、生返事を返す。

つまるところ、自分のテリトリーから出ないわけじゃなく、むしろ動きまわってるのか。

…まあ、俺みたいな特殊ケース以外には知覚できないっぽいし、好き勝手やれると踏んでるんだろうな。

そんなことを思いつつ、俺は資料を読み進める。

…外神対策課の説明が並んでる。

名前の通りの部署っぽい。

今は外神に対して干渉できる人間を集めている途中みたいだ。

途中ってことは、俺以外にも居たりするんだろうか。

そんな疑問を口に出すと、槇村は頷いた。


「実のところ、君のようなケースは何人か存在している。

我々は彼らを協力者としてスカウトしているのだが…、正直な話、数が少ない上に外神に対抗できるほどの力がなく、結果が出せていないのが現状だ」

「……あの、今更っすけど、これ、俺らが聞いたり読んだりしていい話題っすか?」


葵もガッツリ読んでるけど、大丈夫?

そんな視線を向けると、槇村は苦笑を浮かべた。


「協力者に対しては説明義務があるが、同時に守秘義務もある。

あまり外で話してくれるなよ」

「焼肉屋はどーなんだ、おい」

「あそこは会員制の店だ。あの日は客もスタッフも協力者で固めてもらってた」

「国家権力ってすごい」


逆らわんとこ。怖いし。

そんなことを思っていると、槇村が深々と頭を下げた。


「では、改めて頼む。

我々にその力を貸してもらいたい」

「いや、それはやぶさかではねーけど…。

協力してる間にも、葵とデートくらいはできるよな?」


正直なところ、外神とかそういうのはどうでもいい。

ただ、初デートと葵のメンタルケアくらいはさせてくれ。

大学生でパパになる気はない。

このまま初デートがお預けだと、暴走して夜這いとかやり兼ねん。

「デートの時間奪ったら殺すぞ」と言いたげな葵の威圧と、俺の憂いを帯びた表情に負けたのだろう。

槇村は引き攣った顔で「あ、ああ」と頷いた。


「……葵がすんません…。

ホントは人にこんな顔する子じゃないんです…」

「い、いや…。……恋とは凄まじいのだな…」


1人の真面目な女の子が、パンツを吸う変態になるくらいだしな。

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