第4話 幼馴染が人前でパンツを吸うような子になってた。
「宗教勧誘に近い質問にはなるが…、君たちは『神』という存在を信じるか?」
連れてこられた焼肉屋の個室にて。
大量のホルモンを焼き、煙に燻されながら、槇村が問いかける。
すげぇ。網が見えなくなるくらい敷き詰められたホルモン初めて見た。
…ってか、こういう話って焼肉屋でするモンなんだろうか。
滴る油でごうごうと上る火を前に、俺は槇村の質問に眉を顰めた。
「いるとは…、思うけど」
「たっちゃん、そういうスピリチュアル信じるタイプだっけ?」
「あー…。まあ、信じざるを得ないっていうか」
俺の体、「神」とやらに乗っ取られる予定だったらしいし。
…なんか盛大に失敗してたけど。
その神らしきバケモノが、「何故貴様がそこに居座っている!?」とか叫んでめっちゃ冷や汗かいてたけど。
一年も前のことを思い返していると、槇村が話を切り出した。
「…それは結構。話が早くて助かる。
…質問は変わるが、ここ10年の間で事故、事件等による若者の死亡数が増加傾向にあるのは知っているか?」
「…まあ、時事問題とかで出たし、そんくらいは…」
物騒だな、気をつけよう程度にしか思わなかったが。
そんなことを思っていると、彼は焼けたホルモンを箸で取り、「さ、君たちも食べなさい」と俺たちの皿に乗せた。
「それらはすべて、先ほど名前を出した『外神』と呼ばれる上位存在によって引き起こされている。
名の通り、我々が暮らす世界とはまた違った外の世界…『異世界の神』だ」
「…異世界転生的な?」
「……正確には違うが、そう捉えてもらっても構わない」
マジか。そっちも存在したんだ。
そんなことを思っていると、葵がおずおずと手を挙げた。
「あの…、そのことって、どうやって知ったんですか…?
聞いてると、人間が知覚できるような存在ではないように思えるんですが…」
「協力者からの情報だ。
すまないが、これ以上は答えられない」
「あ、はい」
いやに事務的だ。
素っ気ない答えに、葵は納得がいかないように眉を顰めつつ、ホルモンを箸で挟む。
タレに潜らせ、それを口に放ると、くにくにと噛み始めた。
「あ、おいしっ」
「ああ。ここのホルモンは格別美味い。
口に合ったようでよかった」
「ホルモンの話、今いいから。続き話せ」
「…すまない。ホルモンが美味過ぎて話が逸れてしまった」
話が逸れるくらい美味いってなんだ。
いくら美味くても、そんなことで逸らすなよ、頼むから。
そんなことを思いつつ、俺は同じようにホルモンを口に放り、暫く噛む。
…確かに美味い。美味いが、話が逸れるほどではない気がする。
コイツが特別ホルモン大好きなだけなんだろうか。
そんなことを思いつつ、俺は槇村の話に耳を傾けた。
「外神の目的はただ一つ。
自分が片手間に作った世界に、適当に殺した人間の魂を放り込み、その混沌を楽しむ。
今回、そんな外神の悪趣味に選ばれたのは、正導寺。君だ」
「………すみません、ちょっと失礼します」
それを聞いた途端、葵が彼の言葉に被せるように声を張りあげる。
俺たちが首を傾げると、葵はカバンの中から布切れを取り出し、それを顔に当てた。
よくよく見ると、その布切れには、縫い目が走っている。
見覚えのある、文字の薄れかけたタグを前に、俺はそれが何かを悟った。
「……人前で俺のパンツ吸うなよ…」
「だ、だって…、また、いなくなっちゃう、あたま…、ぐちゃぐちゃ…なって…」
いけない。呼吸が乱れている。
彼女の心に残した爪痕が深過ぎたことを改めて認識し、俺は彼女の背をさすった。
「あー…、ごめん、ごめん。
居なくならないから。まずは深呼吸な」
「う、うん…」
「パンツを吸うのはやめような」
「それは…、いやっ…」
「……特殊性癖なのは咎めないが、時と場合は弁えたほうがいいんじゃないか…?」
槇村がドン引きしてる。
違います、本当はこんなことする子じゃないんです。
ただちょっと、俺がやらかしちゃったからメンタルがボロボロなだけなんです。
そんなことを思っていると、槇村が咳払いし、仕切り直す。
「とにかく。君は今回の件で、外神に目をつけられてしまっただろう。
そこでだ。我々としては、君の力と今の状況を利用したいと考えている」
「…ああ、そうだった。
俺の体のこと、なんか知ってるんだよな?教えてくんねーか?」
言って、俺は指先を変化させる。
無人島で生活していたときは、魚や獣を捌く際に重宝したものだ。…逆に言うと、それくらいにしか使えなかったわけだが。
槇村は俺の指をマジマジと見ると、「やはりか」と呟いた。
「私は元々、君の体を奪おうとした神を仰ぐ教団を追っていた。
…一年前、本拠地を突き止める前に瓦解したがな」
「あー…、ごめん。それ、多分俺」
「だろうな。君に宿る『神』は、それほどまでに強大な力を持っている」
「いや、俺、改造された直後にちょっと喋っただけ。
それで俺が正気ってわかると、あのヒョロガリが焦り散らしながら自爆ボタン押して、本拠地ごとあぼん」
「……じ、自爆…」
「私の10年…」と項垂れ、ホルモンを頬張り、ビールに口をつける槇村。
10年も追ってた相手の最後が自爆とは、笑えない冗談だったのだろう。
数分の沈黙が漂う。
俺が謝るのも筋違いだろうが、謝るべきだろうか。
そんなことを考えていた、その時だった。
変化させていた指に通う神経が、じんわりと刺激を受けているような感覚に陥ったのは。
「…失敗だった。もう少し離れた場所で話すべきだった」
「え?それって、どういう…」
葵が疑問を投げかけた、まさにその時。
すぱぁん、と、スライド式になっている個室の扉が開いた。
現れたのは、血の滴る包丁を構えた、焼肉屋のアルバイト店員らしき男。
男はふらふらとおぼつかない足取りで個室へと入り、包丁を俺へと向ける。
「…………」
「たっちゃ…」
「心配すんな」
俺は右手だけを変化させ、迫る包丁を掴む。
そのまま少し力を入れると、包丁はあっさりと砕け、その場に散った。
…あ、網の中に破片落ちた。もう食えねーな、あのホルモン。もったいない。
そんなことを思いつつ、俺の首へと手を向ける男の顔面を掴み、床へと押さえ込む。
顔を伏せていたから気づかなかったが、白目を剥いている。
もしかして、意識がないのだろうか。
…まさかとは思うけど、外神ってのに操られてるとかじゃないよな?
そんなことを思いつつ、俺は眼球と鼓膜に意識を集中させる。
目と鼓膜だけの変身って初めてだけど、なんか変な感じがする。
目と耳の血管全てが波打つような感覚、とでも言えばいいのだろうか。
そんな違和感に顔を顰めていると、40代女性のような、なんとなくプレッシャーを感じる声が響いた。
『くそっ、くそっ!どうして殺せないのよ、こんな冴えないやつ!!』
うっわ。予想が当たった。
クリーチャーとしか思えない人型の何かが、必死になって男を動かそうとしてる。
俺の背丈の1.5倍くらいの体躯を誇っており、かなりの巨体だと言える。
…にしても、腹立つ顔してるな。
なんていうか、全体的に人…というか、世界そのものを舐め腐っているかのような顔だ。
俺はそのいけすかない顔面を、変化した右手で掴んだ。
『むぎゅっ!?』
「あ、触れる。
葵ー、このバケモン見えるー?」
「え?な、何を、掴んでるの…?」
「やっぱパンピーには見えない系か」
『な、なに…!?
なんで、アンタ、私が触れて…!?』
「俺も知らん」
さーて、どうしようか。
なんか握りつぶしたら体液とか漏れそうだし、外で潰しとこうかな。
家の中でゴキブリやらムカデやらを捕まえたときのような、なんとも言えない不快感を抱いていると。
バケモノが俺に指を向けた。
『雷よ、こいつを焼き殺しなさい!!』
「おおうっ」
ばりっ、と音を立て、俺の体に電撃が走る。
びっくりした。真冬のドアノブに触った時くらいびっくりした。
無傷の俺を前に目をひん剥くバケモノを見下ろし、倒れた男を跨ぐ。
「ほんじゃ、外行ってくるわー」
「あ、ああ…。……なんというか、ムカデとかそういう害虫の駆除を見ているみたいだな」
「同じよーなもんだろ」
『な、なんですって!?
私は神よ!?神をなんだと…』
「はいはい外で聞くから黙ってろー?」
『むぎぎぎっ!?』
むんずっ、と唇を手で押さえてみる。
いくらバケモノとは言っても、発声器官は喉の奥にあるらしく、呻き声しか出せなくなっている。
ジタバタと暴れる様は、道端に落ちたセミのようである。
俺が露骨に顔を顰めていると、葵が口を開いた。
「……えっと…、そこに、たっちゃんを殺そうとした神様がいるってこと、だよね?」
「ん?ま、そうなるな」
「…だ、大丈夫なの…?
殺されたりしない…?」
「しないしない。ちょっと埋めてくる」
『むーっ!?むーっ!?』
不安がる葵に笑みを見せ、個室を後にする。
店の外に出ると、俺は裏の方にまで回り、バケモノをアスファルトに叩きつける。
…よし。誰も見てないな。
俺はあたりを見渡し、人影がないことを確認すると、右手を大砲のように作り替えた。
「飯時だからな。ご馳走してやるよ」
『ま、待ちなさいっ!私は神よ!
アンタの望むことならなんだって…』
「じゃ、失せろ。テメェみたいな理不尽、もう懲り懲りなんだよ」
どっ、とその口腔に光の奔流を放つ。
バケモノは悲鳴を上げることもできず、風船みたいに膨れ上がったのち、その場に肉片を散らした。
「……はーっ…。まーた葵のメンタル悪化するわ、これ…」
どんな星のもとで生まれたら、こんなややこしいことに巻き込まれるんだ。
そんなことを思いつつ、俺は世界に解けていく残骸に背を向けた。
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