第3話 初デートのお預けが確定しました。どうしよ。

「たっちゃん、デートしよっ!」


葵と布団の上での攻防を制し、なんとか童貞を守った翌日の昼過ぎ。

日付が変わった頃に寝た影響か、起きるのが遅れ、俺の部屋から出てきた葵が、だだだ、と俺に駆け寄り、迫る。

期待に満ち満ちた顔だ。

が。残念なことに、俺はその期待に応えることが出来ない。


「すまん、何日か警察の方で事情聴取されることになってんだわ。

一年くらい行方不明だったわけだし」

「…そっか。…そうだよね。ごめんなさい、ワガママ言って」


言って、葵が申し訳なさと悲しみが入り乱れた表情を浮かべる。

こればっかは仕方ない。

初めてのデートは暫くお預けである。

改造云々のことは黙っておかないとな、と思いつつ、俺は警察署に行く準備を済ませる。

とは言っても、家に置いてた身分証やらなんやらをカバンに詰め込んだだけだけど。

当時持ってた身分証、組織の基地ごと木っ端微塵になっちゃったしなぁ。

あのヒョロガリめ。俺が制御不能ってわかるや否や、躊躇いなく自爆しやがって。免許証だってあったんだぞ畜生。

次に会ったら覚えてろ。

…まぁ、もう死んでるだろうから、次に会うもクソもないんだが。


「…ねぇ。私、ついてっちゃダメかな?」

「え?」

「ついてって、いい?」


そんなことを考えていると、葵が光を失った目で俺に迫る。

断らないでくれ。そんな願望が込められた視線を前に、俺はかの野球チームの大連敗もかくやという勢いで負けた。

無理だって。その目はもう凶器だって。

俺は彼女の瞳の破壊力を前に、声を絞り出す。


「いいけど、多分、ちょっと待たせることになるぞ…?」

「うん。平気。すぐそばに居るってわかってるなら、大丈夫」


…ああ、そうか。そばに居ないと、またメンタルが不安定になりかねないのか。

つくづく酷なことをしてしまったな、と思いつつ、俺は彼女の手を取った。


「わかった。んじゃ、事情聴取終わったら、どっか遊びに行こう」

「ほんと!?」

「おう」


終わったら、流石にどっかに遊びに行くくらいはしてもいいだろ。

「着替えてくる!」と2階へと戻っていく見送り、俺は苦笑を浮かべた。


「幼馴染からの愛が重すぎる」

「それ、兄ちゃんにも言えね?」


ソファで寝っ転がってた妹から、そんなツッコミが飛んだ。

安心しろ。自覚はある。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「……つ、疲れた…」


三時間後。

あり得ないほど長い事情聴取を終え、ふらふらと警察署から出る俺。

一年も行方不明になっていたのだから、仕方ないことだとはわかってる。

わかってるけど、何遍も同じような質問をしないで欲しい。

明確に「被害者」ってわかってるから、まだマシだったのかな、と思いつつ、俺は待っていたであろう葵の姿を探す。


「たっちゃん、終わった?」

「うぉっ」


俺が警察署の出入り口から外を見渡していると、すぐ隣から葵の声が響く。

いつの間にそこにいたんだ。ちょっと悲鳴でちゃったじゃないか。

俺が文句を垂れるよりも先に、彼女が俺の腕に体を押し当てる。

やめてくれ。それは童貞に効く。

俺は驚いたことへの文句よりも先に、「待たせてごめん」と軽く頭を下げる。

と。彼女は「一年よりはマシ」とイタズラっぽい笑みを浮かべた。

はい。告白しようと思った直後に一年も行方不明になってたウジ虫クソ野郎です。ごめんなさい。

そんなことを思いつつ、俺たちは警察署を後にする。


「…で、どこ行く?」

「んー…。たっちゃんが行きたいとこならどこでもいいけど、どこがいい?」

「どこっつってもなぁ…。

…ゲーセンとかでいいか?」

「うん、いいよ」


ゲーセンかぁ。一年ぶりだ。

…まあ、足繁く通ってたわけではないけど。

クレーンゲームのアイスすら取ったことないゲーセン初心者だけども。

そんなことを思いつつ、俺は夏特有の熱気と葵の体温で熱くなった体を冷やすように、パタパタと手で顔を仰ぐ。

改造されても、暑いもんは暑い。

葵も「暑い」としきりに呟くのなら離せばいいのに、進んでいくごとに俺の体を握る力が強くなっていく気がする。

…ってか、強い。腕の肉が、ぎゅっ、と締まってる。俺の腕は雑巾か何かだろうか。

どんだけ力込めてんだ、と思いつつ、俺は汗を滲ませる彼女に問いかけた。


「…飲み物買ってくか?」

「……そーする…」


流石に暑さには耐えきれなかったらしい。

俺たちは最寄りのコンビニへ向かおうと、横断歩道を渡る。

と、その時だった。


太陽光を反射しながら、大型トラックがこちらへと突っ込んできたのは。


「葵っ!すまんっ!!」

「きゃっ…!?」


俺は咄嗟に葵を突き飛ばし、意識を腕へと集中させる。

どくんっ、と神経が脈打つのを感じた途端。

俺の腕が、ばきばきと音を立て、異形のものへと作り変わる。

のっぺりとした黒。それを彩るように、前腕に並ぶ黄金の突起が光を反射する。

関節ごとに昆虫のような筋が走り、指先を黄金の鉤爪が覆い尽くす。

全身を変えることも出来るが、衝突には間に合わない。

俺はスニーカーでアスファルトを踏み締め、異形へと変わった右手を突き出した。


「だらァッ!!」


がぁん、と音を立て、衝撃が右肩に伝わる。

めっちゃ痛い。肩外れそう。

どんだけアクセル踏み込んでるんだ、と思いつつ、俺は尚も進もうとするトラックを押さえつける。


「てめっ…、スクラップに…っ!?」


俺が吠えかけたその時。

反射で見えなかったフロントガラスの奥が、視界に飛び込んだ。


誰もいないのだ。文字通り、誰も。


小さな子供がいたずらで動かせるようなものじゃないことはわかる。

だが、そうとしか思えないほどに、運転席に人影が存在していない。

原理がまるでわからない現象を前に困惑しながらも、俺はトラックを受け止めた手に、更に力を込める。


「いいからっ…、止まれやァアッ!!」


軽くトラックを浮かせ、腕を横にひねる。

と。それに合わせてトラックは横に向き、荷台がずずぅん、とアスファルトに沈んだ。

俺は本体もその場に下ろし、葵へと目を向けた。


「ふぅ…。葵、大丈夫か?」

「……たっちゃん…、その手、なに…?」

「んぇ?………あ゛」


やべっ。やらかした。

慌てて解除するもすでに遅く、彼女はこちらに駆け寄り、俺の右手を手に取った。


「え、あれっ?えぇ…?

確かに、真っ黒で、なんか、虫みたいな感じで…」

「気のせいじゃないか?」

「そ、そんなわけないじゃん!

だって、トラックをあんな簡単に…、って、あれ?運転手は…?」

「なんかハナっからいなかったぞ」

「え、えぇ…?何が起きてるの…?」


こっちが聞きたい。

俺たちがギャリギャリとタイヤを回すトラックを前に困惑していると。


「それは私から説明しよう」


感情のこもらない、しかし、妙に相手を萎縮させるような男の声が響いた。

俺たちがそちらを向くと、目にクマを重ねた中年の男が、くたびれたスーツからタバコを取り出している姿があった。

男はタバコに火をつけると、すぅ、と一息吸い、話を続ける。


正導寺せいどうじ 龍宗たつむね聖豪せいごう あおい。事情聴取が終わったところ悪いが、我々に同行してもらいたい」

「まずは名乗れ。

こちとら、お前みたいな胡散臭い男に拉致られたことがあんだよ」


こいつの場合、見るからに嘘くさい。

俺が警戒心を露わにしていると、男は懐から警察手帳を取り出し、気だるげに見せる。


「それは失敬。私の名前は槇村まきむら 幸太郎こうたろう

職業は警官、階級は警部。…とは言っても、3日前に昇進したばかりで警部としてはまだ新米だがな。

今は新たに設立された『外神がいじん対策班』の長を務めている」

「がいじん…って、外国人の略じゃなくて?」

「違う。外なる神と書いて『外神』だ」


…俺が潰した組織の名前だったりしないよな?

そんな不安を覚える俺の横で、葵がさらなる不安に顔を歪める。

ああ、そうか。葵はこういうタイプの理不尽は苦手だったか。

散々巻き込まれ、慣れてしまった弊害が出た。

惚れた女に気を遣えないなんて、お袋に知られたら市中引き回しの刑である。

俺は葵を庇うように抱き寄せ、槇村に問いかけた。


「…同行した先で薬を盛って、人体実験とかないよな?」

「なんで警官に絡まれてそんな発想になる?

……取り敢えずは、巻き込まれてしまった聖豪 葵ともども、同行願えないか?

君のその力についても、詳細を説明する」

「……わかった」


これは従わないと後が面倒くさそうだ。

初デートがだんだんと遠ざかっていく。

それもこれも、あのヒョロガリが俺を拉致ったりしたからだ。

死人に恨み節を垂れつつ、俺は不安げにこちらを見やる葵へと目を落とした。


「たっちゃん…?大丈夫なの…?」

「大丈夫だってさ。…ま、もう一年も行方不明にゃならねーよ」

「………うん」


俺たちの中で結論が固まったことを確認した槇村は、「ついてこい」と踵を返す。

蛇が出るか、鬼が出るか。

なんにせよ、碌なことにはならんだろうな、と思いつつ、俺たちは彼に続いた。

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