第2話 ダメなこと

初恋は叶わない、なんて話はよく聞く。

その要因は様々で、単純に恋をするには早過ぎた年齢だったり、その人にはもう付き合っている人がいたり。

SNSに溢れる漫画のように、数年越しに再会してくっ付く、なんて早々ない。

でも、私の初恋は多分、叶うことが確定したものだったと思う。


「あー、大丈夫大丈夫。

暫くちゃんと歩けないだけだから」


初恋の相手は、お互いにおむつを履いてる赤ん坊の頃から知っている幼馴染。

私を助けるため、全治三ヶ月の大怪我を負うし、腹に銃弾を打ち込まれても突き進むような、そんな自己犠牲の塊。

そんな彼に好意を抱くのは、仕方のないことだったと思う。

私は彼に何度も命を救われた。だから、彼に見合う女になろう。

そう思い、苦手だった勉学にも、全然できなかった運動にも真剣に取り組んだ。


「おっ、また学年一位か。おめでとさん」

「うん。ありがと」


気がついたときには、成績表は最高評価だけがずらりと並んでいた。

成績のことで両親にとやかく言われることもなくなったし、あれだけ落胆の声が響いた運動会…もとい体育祭でも、失望されることも無くなった。

でも、いくら完璧に近づいても、彼に告白する勇気だけは、いつまで経っても身に付かなかった。


今日こそは言おう。今日こそは言おう。

そんなことを思っているうちに時間は過ぎていき、気づけば大学生。

絶好の機会だった高校の卒業式でも告白できず、自分の意気地なさが嫌になってきた、そんな時だった。


「あ、あのさ。…今日、授業終わったら、E号館の前で待っててくれないか?」


彼がそんな約束を取り付けてきたのは。

彼が勇気を振り絞り、私に告白しようと約束を取り付けたことは、その仕草からすぐにわかった。

その日のことは、あまり覚えてない。

だって、その日。彼は約束の場所に来なかったのだから。


「ねぇ、聞いた?

この学校、行方不明者出たんだって」

「ああ、聞いた聞いた。怖いよね。

私、狙われたりしないかな?」

「………」


彼が行方不明になったと報道されたのは、約束の日から2日後のことだった。

まるで漫画の中の悲劇を嗤うかのように、周りの子がきゃいきゃいと騒いでいた。

なにがおかしいんだろう。彼だって、帰りを待つ人がいる人間なのに。

どれだけ待っても、彼は帰ってこなかった。

約束の日から毎日、私は彼と約束した場所に訪れ、肩を落とした。

もしかしたら死んでしまったんじゃないか。

そんな悪い想像が頭をよぎる度、気が狂いそうになった。


触れられなくてもいい。

せめて、その存在を感じたかった。

彼が居たという証が欲しかった。


彼が居なくなって半年が経った日、彼のお母さんに「彼の部屋で過ごさせて欲しい」と頭を下げた。

久々に会った彼のお母さんも少し痩せこけていて、相当参っているのがわかった。

彼の部屋は、最後に訪れた時から、そんなに変わってなかった。

ちょっと埃が溜まっていたくらいで、少し掃除すれば、普通に過ごすことが出来た。

この部屋にいる時だけは、不安を忘れることが出来た。


でも、慣れというのは怖いもので。

一ヶ月も経つと、彼の存在を感じられた部屋から少しずつ、彼の匂いとでもいうべき感覚が薄れていくのを感じた。

これに焦った私は、なんとか彼の部屋をもう一度再現しようと、あらゆる手を尽くした。

でも、一歩進む度、彼の部屋からは遠ざかっていった。

このままでは、彼が消えてしまう。

そんな焦りが頭をよぎった、その時だった。


「たっちゃんの、上着……」


彼が愛着していた上着が目についたのは。

気がつけば、私は彼の上着に包まり、眠りについていた。

久方ぶりに感じる、強い彼の痕跡。

自分が変態同然のことをしていると自覚しながら、その感覚に耽溺した。

しかし、それもだんだんと薄れていった。

幸いだったのは、上着は部屋と違って、まだ数があったということだろうか。

私は匂いが薄れる度、次の上着、次の上着、と繰り返し彼の上着を堪能した。


が。それも10ヶ月が経つと、とうとう残弾が尽きた。

もはや肌着ですら満足できず、どうしようか、と頭を悩ませたその時。

私の瞳が、彼の下着が入ったクローゼットをとらえた。


「だ、だめよ、葵…。こんな、こんなことしたら…、こんなことしたら…っ!」


ダメだ。こればっかりは絶対にダメだ。

わかっているのに、理解しているはずなのに、私は衝動を抑えられなかった。

彼の下着を鼻に押し付け、思いっきり吸い込んだ。

洗剤の匂いが混ざった、彼の匂い。

脳の中で星が弾け飛ぶような感覚に陥りながら、私は彼の下着を摂取した。

もう、これ無しでは生きられない。

自分は元々まともな人間じゃなくて、好きな人の下着を吸わなければ生きられない、生粋の変態なんだ。

そんな堕落し、退廃した生活を続けること2ヶ月。いつものように、彼の下着を吸い、彼の下着を抱きしめて寝ていた時。

ぺちぺち、と私の肩を叩く感触が響いた。

私がうっすらと目を開くと、そこには。


「おい、おい。起きなさい、俺のパンツを抱き枕にしてる変態」


待ち望んだ、大好きなあの人が、最低になった私を覗き込んでいた。

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