実家に帰ったら、幼馴染が俺のパンツを吸ってた

鳩胸な鴨

第1話 俺のパンツになんの栄養素があるんだ!?

恋ってのは、人を簡単に変える劇薬だ。

今のままでは到底叶わない恋をしたから、頑張って痩せた、とか。

ただ1人に恋焦がれるあまり、その人間が病んでしまうほどに付き纏ったり、とか。

無論、俺もそんな劇薬に人生を狂わされた1人だ。


「たっちゃんはさ、もうちょっと毛を立たせた方がかっこいいよ」

「ん。お、おう…。なら、そうする」


俺が恋していたのは、お互いにおむつをしていた頃から知っている幼馴染。

彼女は暴力的としか言えないレベルの才能の塊で、勉強もスポーツも、やろうと思ったことはなんだってできた。

表現は古いが、クラスのマドンナ的存在とでも言うべき完璧っぷりだった。

一方の俺は、めちゃくちゃドン臭かった。

勉強は幼馴染に見てもらってギリッギリ平均点より10点上を取れるくらい。

スポーツもそこまで上手くない。

幼馴染に勝ることと言えば、炊事洗濯料理といった家事くらいなもの。


正直なところ、自分が釣り合っているとは微塵も思っていなかったが、それでも本気で好きだった。

事故に遭いかけた彼女を庇って、全治三ヶ月の大怪我を負うくらいには好きだった。

そんな俺の淡い恋だが、実を結ぶ前に終わってしまった。


彼女に恋人が出来たとか、フルパワーでフラれたとか、そんなものではない。

彼女に告白しようと一歩踏み出したその日。

「謎の組織に拉致される」という災難が、俺の身に降りかかってしまったのだ。


「君の体は、我らが神を宿した。

あとは、その魂が消えるのを待つだけ…。

君に最大級の感謝を伝えよう」


次に目を覚ました時は、俺の体は人間を辞めていた。

特撮よろしく人体の改造か、はたまた怪しい儀式でも施したのか。

なんであれ、俺は人間の姿と怪物の姿を持つ、特撮的謎生物へと生まれ変わってしまった。

取り敢えず、その直後に現れた「お前の体をよこせ」とか宣うバケモノもろとも、その組織はぶっ潰しておいた。

なんかゴタゴタ言ってたけど知らん。俺の一世一代の告白を邪魔した罪は重い。


が。そこで第二の不幸が俺に襲いかかる。

なんと、その組織が居を構えていたのは、あろうことか太平洋のど真ん中にある無人島。

組織が使ってた施設とか飛行機とか全部壊しちゃったし、直そうにも知識がない。というか、木っ端微塵になったから直せない。

変身すれば泳げるかもしれないが、どの方角が日本かもわからない。というか、どれだけの時間、変身していられるかもわからない。


結果。帰れるかどうかという心配よりも前に、飯の心配をすべきという超ハードサバイバル生活が幕を開けた。


生活の基盤を整えるのに一ヶ月、そこから飯を取りにいき、誰かが通りかかることを祈ること一年。

たまたま通りかかったクルーズに拾われたおかげで、俺は日本に帰ることが出来た。

幸い、体調を崩すようなことはなかったが、もしかしたら風邪をひいてお陀仏という未来もあったと思うとゾッとする。

人生に空白の一年が出来てしまったのは痛いが、まだまだ先は長い。これからどうとでもなる。

そんな楽観的なことを思いつつ、俺は近場の警察署に駆け込み、実家へと送ってもらった。


「どごいっでだのよ、あんだぁあ゛っ!!」

「こんの、バカ息子ッ!!

…よく、よく帰ってきた…ッ!!」

「兄ぢゃぁああああんっ!!」


家族から猛烈な出迎えを受け、俺は漸く家に帰ってきたことを実感した。

振り返れば、多くの困難があった。

直接的すぎる意味での肉体改造。訳のわからない怪人との戦闘。

その全てを乗り越えた後に待ち受けていた、碌に食えないサバイバル生活。

この地獄を乗り越えた俺ならきっと、帰ってきたこの世界でも生きていける。

…呼び出しておいてすっぽかした形になっちゃったから、初恋は叶わないけど。

俺がため息を吐きながら、一年ぶりに自室の扉を開くと。


「すー、はー、すー、はー、すー…っ」


俺のパンツを鼻に押し当て、吸い込んでしまいそうな勢いで匂いを嗅ぐ初恋の人がいた。


あまりに理解不能な光景を前に、俺はそっと扉を閉める。

……いや待って?どゆこと?

なんで俺のパンツ吸ってんの?

ってか、なんでウチにいるの?今、深夜の一時半ですよね?

家族からもなんも聞いてないし、ホントになんでここにいんのアンタ?

なに?事案?それとも悪い夢だったりする?

…そうだ、悪い夢だ。眉目秀麗、完璧超人って単語が似合う彼女が、あんなストーカーみたいな真似する訳ない。

あれはストレスが見せた幻だ。

そんなことを思いつつ、俺はもう一度扉を開ける。


「すー…っ、はー…っ、すーっ…」


前言撤回。まごうことなき変態がいた。

しゃがみ込んだ彼女の足元に、ぽたぽたと垂れた涎が落ちるのが見える。

嘘だろ。この一年で何があったん?

再び扉を閉めると、泣き止んだお袋が俺の肩をツンツンと突く。


「帰ってきて早々ごめんだけど、ちょっと来なさい」

「や、でも…」

「来なさい」

「………はい」


これは逆らえない。というか、逆らってはいけない声だ。

俺は項垂れるように頷き、一階のリビングへと戻った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「端的に言うね。

あの子、アンタが行方不明になったせいで、死ぬほど初恋拗らせたよ」


言って、ずずっ、と冷えた麦茶を飲むお袋。

待てよ?『初恋を拗らせた』ってことは、俺と幼馴染は両想いで、告白は成功確定だったってことじゃないか?

畜生。あのヒョロガリめ。次に会ったら大地に埋めてやる。

…一年も前に施設ごと爆発してるけど。

最早向ける先のない怒りに震えながらも、俺はお袋に問いかける。


「…あの、いつからあんな残念なことに?」

「好きな女の子を『残念』て」

「残念としか言えないだろ、あんなん…。

ってか、なんで招き入れてんだよ…?」

「質問は後でしな。先に全部話すから」


お袋の鋭い視線を前に、俺は小さく「はいっ」と頷く。

改造されたって怖いもんは怖い。

お袋は「どっから話そうかねぇ」と言い、電子タバコを咥えた。

前までは吸ってなかったのに。

…多分、俺が行方不明になったせいなんだろうなぁ。

ふぅ、と軽く息を吐き、お袋は俺に問いかけた。


「アンタ、あの子になにしてあげたか、全部覚えてる?」

「暴走トラックから庇ったとか?」

「それだけじゃないだろ。

あの子を狙った性犯罪者を、腕の骨折りながら止めたのは忘れたか?」

「あ、あー…。あったな、そんなん」

「バスジャックであの子を人質にしたテロリスト相手に、土手っ腹に穴あけながら突撃して助けたのは?」

「麻酔効かなかったし、鉛玉の摘出とか超痛かったわ」


あまりの痛さにショック死するかと思った。

そんなことを思っていると、お袋が俺の頭に手刀を振り下ろした。


「あでっ」

「こんだけされて、女が惚れないワケないだろ、バカ息子」

「ま、まぁ…。そう言われると、これで惚れなかったら、あと何すりゃいいんだって話だわな」

「しかも、あの子はアンタと幼馴染。

アンタの性格100までわかってる訳だから、告白の日にバックれたとかは一切考えなかったわけさ」

「お、おう」


そう言われると、なんかむず痒い。

もうちょっと早く告白しとけば良かったな、と軽く後悔しつつ、俺はお袋に問うた。


「で、なんであんなんになる訳よ?」

「話すって言ってんだろ、バカだね。

バカでもわかりやすいように言ってやる。

『大好きな人が告白してくれる直前に、生死不明な上に行方不明になりました』。

それであの子が気に病まない訳ないだろ?」

「アッハイ」


話が見えてきた。

要するに、俺が積み重ねてきた好感度が高過ぎたのと、拉致されたタイミングが最悪すぎたのが相まって、壊れてしまったと。

そんなに思われていたとは男冥利に尽きるが、いくらなんでもあの勢いでパンツを嗅ぐのはどうかと思う。

…それで冷めるほど微温い恋ではないが。


「勘違いしないように言っとくと、最初は上着程度だったよ。

アンタが行方不明になって半年くらい経った頃に、『せめて存在を感じたい』って言って、今にも死にそうな顔でウチに来てね。

アンタの部屋に寝泊まりさせたわけよ。あまりに可哀想だったから」

「それが、なんでパンツを嗅ぐように…?」

「アンタがいなくなってぶっ壊れたメンタルがアンタ無しに安定する訳ないでしょうが」

「おっしゃる通りでございます」


いくら不可抗力とはいえ、これは責められて然るべきである。

そんなことを思っていると、お袋は俺の両頬を叩く勢いで掴み、無理やりに視線を合わせた。


「アンタがやるべきことは二つ。

あの子のメンタルケアと、あの子にきちんと告白すること。

1時間以内に告白しなかったら、一晩中木に吊るすからね」

「はいっ…」


帰ってきて早々厳しすぎる。昭和かよ。

罰にモラルも容赦もないし、さっき感動の涙を流してたお袋はどこ行ったんだ。

そんなことを思いつつ、俺はお袋に促されるがままに部屋へと戻った。


♦︎♦︎♦︎♦︎


「すー…っ。……すーっ…」


部屋に戻ったら、彼女が俺の布団で寝てた。

あろうことか、俺のパンツを3枚くらい抱えて寝てた。

抱き枕かよ。絵面最悪すぎるわ。

男のパンツにそこまでの機能美あったっけなぁ、と思いつつ、俺は彼女の肩を叩く。


「おい、おい。起きなさい、俺のパンツを抱き枕にしてる変態」

「……んぁっ…?」


薄らと彼女の目が開く。

あい変わらず、宝石のように澄んだ色合いの瞳だ。

吸い込まれそうな程に美しいその瞳が俺の姿を視認した途端、一気に覚醒したのか、目玉が溢れんばかりに見開かれる。


「たっちゃん…!?」

「おう。たでぇま」

「え、夢…?夢、じゃ、ないよね…?」

「じゃ、叩いてみ?」

「あ、うん…。えいっ」

「ぶっ」


ぱちんっ、と俺の頬が叩かれる。

いや、そっち?普通は自分のじゃない?

…叩かれるどころか、殺されても仕方ないことしでかしたけどさ。

そんなことを思いつつ、俺の肌の感触を確かめるように、ふに、ふに、と指で肉を挟む彼女の肩に手を置く。


「ホントにごめん」

「…なんで、いなくなったの?」

「……その、えっと…。拉致されたんだよ。なんか、変なやつに。

起きたら無人島だし、助けが来るまでサバイバルしてた…って、言っても信じないか」

「う、ううん!たっちゃん、そんな嘘つかないもん…!うん、信じる…!」


改造云々は伏せたが、信じてくれたみたいだ。力強く頷いてくれるのは嬉しい。

ただ、手に持ってるパンツで全てが台無しになってる気がする。

俺の視線が手元のパンツに向けられていることに気づいたのか、彼女は途端に顔を真っ赤にし、ばっ、とそれらを隠す。


「あ、えとっ、これは…!

……ご、ごめんなさい…。たっちゃんのこと、ずっと忘れられなくて…。

でも、もう、これしかたっちゃんの匂いが残ってなかったから…」

「……っ」


言って、哀しげに眉を顰める彼女。

どうやら、変態的な理由で嗅いでいたわけではなかったようだ。

一瞬でも疑ったことを恥じる。

彼女はただ、俺の面影を求めていただけだったのに。

俺は彼女の肩を掴む手に、服に皺が寄らないように力を込める。


「……本当に、ごめん。あんなタイミングでいなくなって」

「だから、大丈夫だって…」

「大丈夫なら、お前は…、葵は、そんな顔しない」


今にも泣きそうな顔の彼女…、葵の顔が、じわじわと歪んでいく。

その目尻にいっぱい涙を溜めたかと思うと、彼女は俺の胸ぐらを軽く叩いた。


「ばかっ、ばかぁっ…!

わたし、わたし、ずっとたっちゃんのこと、好きで…!

ずっと、ずっと、命懸けで助けてくれた君に、見合う人になろうってがんばって…!

やっと、恋人になれるって思ったのに…!

呼び出しといて、居なくなって…っ!!」

「うん。ごめん」

「たっちゃんのせいで、ご飯が美味しくなかった…!

たっちゃんが夢に出てくるたび、虚しくなって、悲しくなって、目が覚めた…っ!

全部、全部、たっちゃんが急に居なくなったせい…!!」

「うん」


ぽか、ぽか、と俺の胸ぐらを殴る彼女の腰に手を回し、優しく抱きしめる。

それに耐えきれなくなったのか、彼女は拳を布団に下ろし、肩を振るわせた。

伝えるなら、今しかない。

俺は腹を括り、彼女に告げた。


「一年越しでごめんだけど…。

ずっと好きでした。俺と、付き合ってくださ…」


い、と言おうとした途端。

俺の体が、布団の中へと沈んだ。


「うん。知ってる。私も好きだよ」

「あ、あの…、葵、さん?」


いつの間にか、胸元をはだけさせた彼女が俺の上に跨る。

色っぽいのは色っぽいんだが、なんでだろうか。そこはかとなく恐怖を感じる。

例えるなら、ライオンに押さえつけられたウサギみたいな気分だ。

そんなことを思っているうちにも、彼女は次々と服を脱ぎ、下着姿を晒す。

童貞を殺しにくるシチュエーションだが、その全身から放たれる威圧が半端ない。

俺、これから殺されるんじゃなかろうか。

そう思ってしまう程度には、彼女の瞳が爛々と怪しい輝きを放っている。

ごくっ、と生唾を飲み込むや否や、彼女は俺のズボンに手をかけた。


「ちょっ、ストップ!何してんの!?」

「子作りしようかと」

「俺、了承してない!」

「大丈夫。婚姻届は用意してる。

あとはたっちゃんのサインと印鑑だけだよ」

「性急すぎるって!!

俺らまだ二十歳だからな!?」

「子供は7人がいいな」

「頼むから聞いて!?!?」


お袋、よかったな。孫ができそうだぞ。

洒落にならないことを思いつつ、俺は迫ろうとする葵と格闘を繰り広げる。

結局。その攻防は、葵が疲れて眠るまで続いた。

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