タクシードライバー 栗本の話

 タクシードライバーの栗本です。

 さて、最近はタクシーで心霊スポット巡り、なんて企画が流行っているなんてのがあるらしいんですが、聞いたことありますか?

 どこかの会社がやり始めたみたいでね。

 それもあってかお客さんに「怖い話ないですか?」って聞かれることも増えましたよ。

 でも、今のところ私はそんな経験なくてですね。


 同僚のTさんもこちら側の人間だったのに、つい先日こんな事があったんだと顔を真っ青にして教えてくれました。



 Tさんは夕方に乗せた客を市街地からちょっと離れた所まで乗せて、さぁ帰ろうとしている所だった。

 帰り道喉が乾いたなぁと水筒のお茶を飲もうと思ったが、中身が空だった。

 どうしようかと考えていたら、少し先にコンビニの看板が見える。

 そこでペットボトルの飲み物でも買って帰ろう、と思った時だった。

 道端に男性が立っていたのだ。

 こちらを認識すると、すっと手を上げたので、『あー、お客さんか。どこまでかわからないけど、まぁ、飲み物は後からかな』なんて思いながら、車を寄せた。

 乗り込んできた男性は、「〇〇トンネルまで」と少し離れたトンネルの名前を告げた。

 男性はずっと下を向いていて、こちらが話しかけても特に反応がない。

 いつもなら天気の話から最近あった面白い話など、雑談をするのだがそんな空気ではなかった。

 乗車中、話したくないってお客さんもいるので、空気を読んで黙ることにした。

 こちらが話しかけても反応を返さないお客はいるから、そのまま黙って運転することにした。

 沈黙が続けば続くほど、もう後ろには誰もいなくてシートが濡れているとか、急に襲いかかって来るなんてことないよね?なんて妄想が膨らむ。

 そんなことを考えていると「すみません」と男性のか細い声が聞こえた。

 Tさんはびっくりして、声を裏返しながら「どうしました?」と男性に聞いた。

「実は〇〇トンネルで彼女と待ち合わせをしてまして」と。

 なんだ、やっぱり心霊現象なんてそう簡単に起きないだろうと安心した矢先に、ふと指定されたトンネルの怖い話を思い出した。

 トンネルの入口に女が立ってるとか、入口で女を乗せたはずなのに気がつくといなかったとか。

 そんな話のあるトンネルで待ち合わせをするなんて、変わってるなぁとは思ったが、男性に言えるはずもなく車を走らせた。

 トンネルの入口に差し掛かるが、待ち合わせだという女性は見当たらない。

「もしかして、反対側か?」とトンネル内に進む。

 しんとした車内。エンジンの音だけが車内に響く。

 そういえば、男性はあれから一言も話をしていないなぁ、とバックミラーを確認すると男性の隣に髪の長い女が座っていた。

 乗せた覚えのない女は、男性の隣で男性と同じように下を向いていた。

 なぜ?と振り返りたかったが、運転中に脇見するわけにもいかない。

 ふたりとも一言も喋らないのも恐怖を増長させた。

 早く早くと焦る気持ちを抑えながらトンネルを抜けた。

 路肩に止めて振り返ろうとした瞬間だった。


『ありがとうございました』 


 そんな言葉が聞こえ気がして振り返ると、そこには誰も乗っていなかった。






「待ち合わせ」

 三題噺「ペットボトル」「空気」「妄想」

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