住職 神木の話
私、住職の神木と申します。
お寺といえば、髪の伸びる人形が持ち込まれるとかお祓いをお願いされるとかを皆様は想像されるかもしれませんが、そんなことないですからね。
次から次に問題を持ち込まれても対応できませんしね。
じゃあ、そういった話がなにもないかと問われますと……ちゃんとあるんですよ。偶にですがね。
聞きます?
ちょっと前にね、高校生の男の子が二人うちの寺に来たんですよ。
二人は見てほしいものがあるとカバンから1枚の写真を出しました。
その写真はどこかの山の前で撮ったようで、山道への入口で二人と、あと三人の計五人で写っていました。
でもね、全員体が透けてるんですよ。
後ろの木と雑草が透けて見えちゃってるんです。
最初、私もアプリなんかで加工した偽物の心霊写真かと思ったんですけど、彼らの様子は演技に見えないし、撮ったというデジカメのデータの方を見せてもらったら、ちゃんと写っているんですよ。
で。どういう経緯でこれを撮ったか聞いてみたんです。
彼らの通う学校には選択授業のなかでも課外学習あるんですって。
例えば美術を取っている生徒たちは美術館巡りをする、音楽を選択している生徒たちは音楽会に参加する、みたいな感じでね。
彼らは歴史、しかも郷土に根付いたものを調べていたらしいんです。
初めは歴史上の人物とか建物とかを調べる話が出たらしいのですが、せっかくなら先輩たちと違う事がしたいと盛り上がり、とある地区の歴史を調べることになった。
ちょうど歴史上の人物が戦で逃げ延び隠れていた村があるとの話がある地区で、その選択授業に出てる子達はすぐその話に飛びついた。
先生も乗り気でトントン拍子にそこの村に行くことが決まった。
もちろん授業なので事前に下調べをして、村側にもアポイントメントを取って、いざ当日。
村には朝から電車とバスを乗り継ぎ、お昼前には付いた。
長いこと乗り物に乗ったことで、気分の悪くなってしまう子もいたが無事に到着し、村役場へ。
役場の人も親切にこの地に伝わる伝承みたいなのをまとめたプリントを用意してくれていた。
小さいが資料館もあるとのことで、案内してもらい話を聞いた。
ぶっちゃけ、素人同然の役場の人の話に、本物かどうかわからない、みみずののたくったような字の手紙なんて興醒めもいいところだった。
しかし、そこは授業。
先生もいるし、折角の好意を無駄にしないよう、生徒たちはまじめな顔で話を聞いた。
それに若者がやってくることのない過疎地だからなのか、近所のじじばばが入れ代わり立ち代わり窓から中を覗いていたので、ザボれない。
役に立ったのか立たなかったのかわからない話が終わり、資料館を出たときだった。
「お山には行きましたか?」
さっき窓から中を覗いていたおじいさんが話しかけてきた。
山?と首を傾げると、おじいさんが「歴史上の人物が超えてきた山で、途中にある社で身を隠していたらしい。まだ社は残っているし一目見ていったらどうだ」と言うことだった。
行って社を見て帰ってくるのに一時間もあればいけるらしい。
とりあえず老人に礼を言い、山の入口まで移動した。
スマホで調べると確かに山の天辺あたりに建物があった。
それに山の反対側は町で、来る時は山の周りをぐるりと回ってきたため時間がとてもかかったが、山を超えればそれよりうんと短い時間で帰れそうではあった。
先生がどうする?と聞いてくる。
生徒は全部で一五人。山と丘の間ぐらいとは言え、山道を歩くのは危険だと先生は言ったが、ちゃんと社までは道が作ってあり、それほどの危険を感じなかった。
しかし、歩きに不安な女子もいたため、二グループに別れることになった。
山を超えるグループがこの写真に写っている五人と写真を撮った教師だった。
生徒は男三人、女が二人、教師(男)が一人。
バスで帰る派が多いな!なんて、ちょっとバカにしながら、冒険気分で山を登った。
くだらないことを喋りながら歩いていけば、部活で鍛えているのであっという間に社までたどり着いた。
しかし、社の扉には不釣り合いな太い鎖がぐるぐるに巻き付けられ、南京錠がいくつもつけられていた。
なんだなんだと錠前を眺めて、中に入れないんだね、なんて話をしていたら、一人の女子が社の扉の隙間から中を覗いていた。
「ねぇ!なんかあるよ?箱かな?!」
そんな事を言われたら気になってみんなで代るがわる中を覗いた。
確かに箱があった。でも、暗くてよく見えないし、箱の色も黒っぽくてよくわからなかった。
最後に覗いたもう一人の女子がスマホのライトを隙間から当てながら器用に中を覗こうとしたその時だった。
急にカラスが頭の上で一斉に鳴いたのだ。
驚いて空を見上げると、何十羽というカラスが鳴きながらグルグルと自分たちの上を回り始めた。
異常な光景にパニックになりながら、我先にと山を降りた。
もちろん、村側ではなく町側に、である。
下り坂ということもあり、転びそうになりながらも全速力で降りたため、三十分もかからなかった戸いうが、ずっとカラスが頭の上で鳴きながら回っていたという。
町に降りると出口には見知らぬ人が数人いて、「なんで山に入ったんだ!」と怒っていた。
そして近くの神社に連れて行かれてお祓いをされた。カラスはいなくなった。
その後、理由を説明するとその人たちはため息をついて顔を見合わせた。
こちらも理由を問うとあの山は入っては行けない山なんだそうだ。
昔は姥捨山として使っていたり、処刑場みたいな感じだったらしい。
そのうち山は、人の血を求めて「食べる」ようになった。
食べられないように山には入っては行けないというルールができた。
しかし、むら側の人間は定期的に山に人を送り、食べさせているらしい。
あの箱が、社が何だったのか、なんのために村は旅人を山に食わせていたのかは、教えてもらえなかった。
聞いてしまったら、カラスがまた戻ってくるのではないかと思い、聞けなかった。
それなのにこんな写真が出てきて怖くなったらしいです。
どうにかしてほしいと写真を置いて彼らは帰っていきました。
写真はお経を上げてお焚き上げしてしまったので皆さんには見せれませんが、みなさんも山に入る時は入っていい山かどうか確認してから登ってくださいね。
「入ってはいけない山」
三題噺「歴史上」「鎖」「アポイントメント」
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