第10話 ハーミットクラブ攻略戦(前編)

「えぇー、ここ渡らないといけないのかよ。」


眼前に広がる景色に、唖然とする。


ただでさえ厄介な水の階層である4階層だったが、先に進むにつれてどんどんと水かさが増し、今では足元のほとんどが水に沈み、水面に見えるわずかな岩場に飛び移りながら移動する必要が出てきた。


〈うわ、えぐいな。こんなの何処からモンスターが出てくるかわからないじゃないか。〉


おかん〈パーティーであっても、この地形には苦戦するの。前後左右、どのタイミングで仕掛けられても不思議はない。〉


〈その上、岩場にも限りがアルから、固まって動けないアル。人数だよりの探索者はこの階層で積むことも多いアル〉


〈そういや聞いたことがあるな。5,10,15と5階層ずつくらいで、探索者のレベルが激変するって。〉


おかん〈んー、正確ではないけど、確かに数階層ずつ攻略が難しい階層が出てくるから、突破できる探索者のレベルに差が開くのはあってるかも。〉


〈ただ、5階層ずつって言うのは誤りアル。ダンジョンの難易度上昇は完全にランダム、階層が進むほど難易度が上がるのだけは統一アルが、5階層ずつとかは無いから、どの階層でも油断禁物アル。〉


コメントによると、やはりこの4階層が登龍門となるようだ。


確かに、足場の少ないこんなところで襲われたらひとたまりもないだろう。


(とはいえ、避けて通れる地形でもないし、覚悟を決めていくしかないよな。)


リスクが高い地形ではあるが、奥の階層に行くには避けて通れない道である。


着地点となりそうな岩場に狙いを定めて、水面に向かって飛び出した。


「まあ、いきなり仕掛けてはこないか・・・」


1つ2つと岩場を飛び移っていくが、モンスターによる襲撃は無い。


しかし、これで360度どこもかしこも水辺となった。

何処から攻撃が来てもおかしくないだろう。


”コポポ”


「!!」


”ビュドオオオ!!”


小さな水音の後に、背後からハーミットクラブの水砲が放たれた。


先ほどまでいた岩場のそばから発射されたことから、頭上を通り過ぎて、死角に入るタイミングを待っていたのだろう。


”パンッ”


空中での迎撃ではあったが、スポットブーストを利用した移動で体制と着地点を変える。


「あっぶn、”コポポ”クッッソ!」


ギリギリ水砲を躱し、別の岩場に着地したのもつかの間、左右の水面から水音が鳴る。


”ビュドオオオ!!””ビュドオオオ!!”


ハーミットクラブの水砲が両隣から同時に放たれる。


何とか次の岩場に飛び移るが、不安定な足場で少なくとも3体のモンスターに囲まれている現状は、中々にシビアなものである。


「このっ!くらえ!!」


ベルトから針を取り出し、左右にいたハーミットクラブへ投擲する。


狙いは関節部分、装甲のスキマだ。


”ガキッ”


〈うおおおお、ドンピシャに当てやがった!〉


〈いや、不安定な体制であてたのはすごいけどこれじゃだめだ!〉


おかん〈威力が足りないわ!装甲を貫けてない!!〉


〈なんで風によるブーストをしなかったアルか!!狙いをつけるためにしても、威力が無さ過ぎアル!!〉


ピンポイントで針が命中するが、あくまで関節部に挟まっただけ。

ハーミットクラブにダメージは入っていない。


・・・が。


「・・・・これでいいんだよ。・・・・死ね。」


”パンッ””パンッ”


関節部に挟まった針が爆ぜる、装甲の間に挟まり動きを止めていた針が、風の爆発に押されて


”ぶちっぃぃぃぃ!””ぶちっぃぃぃぃ!”


””ぎぃぃぃぃ!!””


ハーミットクラブの前足を吹き飛ばした。


・・・・

・・・

・・


岩場を飛び移りながら、先に進んでいく。


2体のハーミットクラブにはトドメは刺さずに、その場を離れることを優先した。


移動速度が遅いことは最初の戦闘でわかっていたので、後方の1体も移動を優先し置き去りにしてきたのだ。


〈なに?何がおこったの?〉


〈ハーミットクラブに刺さってた針が爆発した?〉


〈いや、今の音って風によるブースト時の奴だよな?〉


「釘を打つみたいにしたら、コンクリートだって貫けるんだろう?」


周辺に注意しながら、おそらくついてこれていないだろうリスナーに向かって話しかける。


「普段俺は、手元で風を爆発させて投擲の威力を上げていた。」


投擲時のブーストも体を動かすスポットブーストも、基本は同じ原理だ。


風を使って、体を押すか針を押すかの差でしかない。


「じゃあ、風で押すタイミングを変えてやれば、相手に着弾した後に押してやれば、ハンマーで釘を打つのと同じことができるんじゃないかと思ったんだ。」


今回のもスポットブーストの応用である。今度は風で押すタイミングをずらした、それだけのことである。


〈・・・いや、釘打ちの話題は出したけど、ほんとにやってくるか普通。〉


おかん〈タイミングをずらしただけ・・・か、言われてみると単純だけど、良く思いつくわね。〉


〈俺らのコメントからとんでもないこと思いつくよなこのガキ。〉


〈・・・イヤ、いやいやいやおかしいアル!そんなの不可能アル!〉


〈・・・?なんか、オタ中国があらぶってるけどなんなん?〉


〈いや、お前のネーミングセンスこそなんなんだよ。〉


リスナーたちの反応が気になるが、現状でスマホを確認するのは自殺行為なため、周辺の索敵を続ける。


「おっ、ようやく地面が見えてきたな。」


岩場を飛び移っていくと、ようやく向こう岸が見え始めた。


目算で後50メートルほどだろうか?


10個ほどの岩場を超えれば、この不安定な足場から解放されそうだ。


・・・・とはいえ。


”コポポ”

”コポポ”

”コポポ”

”コポ”


「そう簡単にいかせては貰えなさそうだな。」


先ほどより多くの水音が鳴る。


地面までもう少し、50メートルの攻防戦が開始された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る